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33.『味1』に違いないホットワイン

 私が薬草園に勤めるようになって少しの時間が経ち、朝晩は寒さを感じる季節になった。


「フィーネ、どうぞ」

「あ……ありがとうございます……」


 私はレイナルド様が手渡してくださった湯気の上るカップを受け取る。今は一日の終わり、アトリエで過ごすのんびりした時間だった。


 レイナルド様が淹れてくださったのは、香り豊かなホットワイン。クライド様は作業机に肘をついて船を漕いでいる。


 レイナルド様はクライド様に「そんなに疲れているなら一緒に来るな」と話していたけれど、二人のやりとりを見るのはとても楽しい。


「あ……と、とてもいい香りがします」

「さっきフィーネが採取してきてくれたハーブやスパイスを使ったんだ」


 ホットワインが作れる王太子殿下ってどうなんだろうと思いつつ、おいしそうな匂いには勝てずふうふうと一口飲んでみる。


「お、おいしいです! お酒なのにとても飲みやすいです」

「よかった。熱いから気を付けて飲んでね」


 酸味のきいた爽やかな甘さに、スパイスの香り。一日働いた身体がほぐれていく、優しい味だった。


 こうやって私を気遣ってくれるレイナルド様は、本当にいつものレイナルド様で。ついこの前、『フィオナ』とのお茶会で頬を染めていた人と同じだとはどうしても思えない。


『レイナルド殿下』のほうが王位継承者としては優秀なのだろうけれど、私はこっちのレイナルド様のほうがずっと好きだなぁと思う。


 ちなみに、このアトリエでの調理担当はレイナルド様で変わらない。


 レストランで食事に行った後も私が作る上級ポーションの味は1だったらしい。でも「1の中でも悪くはない1」なのだそうで、食べることに興味を持てばレベルアップできるというのは間違いじゃないみたい。


「あの……ほ、ホットワインを作るのは……ポーションの生成に似ていますよね」

「まぁ、フィーネにしてみればそうかもしれないね」

「わ……わわわ私も作ってみてもいいですか……」

「フィーネが?」


 目を丸くしたレイナルド様に、私はこくりと頷く。


 いつもいろいろな食べ物を持ってきていただいて、飲み物を入れていただくのは申し訳ない。味1になるかもしれないけれど、少しずついろいろなことを覚えたかった。


「ももももちろん、責任をもって自分で飲みますから……!」

「え。俺にはくれないの? フィーネが作るホットワイン」


 私はぶんぶんと頷きまくる。レイナルド様が体調を崩されては大変なので、全部飲み干す決意だった。



 このホットワインはフルーツの果汁をたっぷり使っているらしい。私はアトリエ端のキッチンでオレンジを絞る。それを、レイナルド様が隣で見守ってくれる。


「……フィーネの手は白くてきれいだね」

「も……もも申し訳ございません……」

「血筋で手って似るものなのかな」

「!」


 私はぎくりと肩を震わせた。さっきまでリラックスしていたのに、俄かに全身が緊張して冷や汗が出てくる。


 今、レイナルド様はこの前エスコートした『フィオナ』の手を思い浮かべている気がする。私の認識阻害ポーションは顔のつくりを違うものに見せる効果しかない。


 普段なら『フィーネ』の手は少し荒れているはずだったけれど、フィオナに化ける(というのもどうかと思うけれど)ためにキレイに治してしまった。


 どうしよう、と青くなった私の後ろのほうからクライド様が「ぶふぉっ」と噴き出すのが聞こえた。


「レイナルド、今のけっこー気持ち悪いよ? さいてー」

「クライドは寝てろ」

「えー無理。だってフィーネちゃんがホットワインを作ってくれるんでしょ? 俺も飲みたいなぁ」

「お前の分はない。眠いならさっさと部屋へ戻れ。今は勤務時間外だろ」


 クライド様に助けていただいた。レイナルド様に見えないように軽く頭を下げると、クライド様はニッと笑う。


 レイナルド様はいつも優しいけれど、最近はことさらに機嫌がいい。その理由が『フィオナ』だとわかる私は、黙々と赤ワインを小さな鍋にいれて温めていく。そこに絞ったオレンジの果汁とクローブやカルダモン、シナモンを加えた。


「フィーネ、火傷しないでね」

「だだだ……大丈夫です、さすがに……」


 レイナルド様は、『フィオナ』を貴族令嬢、『フィーネ』は小さな子どもとでも思っているのかもしれない。


 複雑な感情を抱えながら、私はスライスアーモンドとレーズンを入れたグラスにホットワインを注ぐ。


「できました……!」


 まるでポーションができあがったかのような達成感。


 もしかして、加熱中に魔力を込めたら錬金術で何かが完成するのかもしれない。こんなレシピ、王立アカデミーでも王立図書館の錬金術の本にも載ってなかった。今度やってみよう。研究ノートはどこだったかな……。


「フィーネ。またなんか楽しそうなこと考えてるね?」

「ご……ごごごごめんなさい」


 そうだった今は夜のお茶の時間だった。


 レイナルド様とクライド様がグラスを三つ準備してくださっていたので、私が作ったホットワインはきちんと三人に分配されてしまった。


 ……どうしよう。飲む前に「鑑定してください」ってお願いするべきかな………。


 そんなことを考えていると、レイナルド様はホットワインを口に運んでしまった。


「あ! ああああぁぁぁ待って……待ってください、私が自分で味見を……」

「ん、おいしいよ。ちゃんとホットワイン。オレンジの香りとスパイスで飲みやすい」

「ほ、ほほ本当ですか……!」


 レイナルド様が褒めてくださったので、気を良くした私は一緒に飲んでみる。ふうふう吹いて、ひとくち、ごくり。


「……!」


 まずい。酸っぱくて妙な香りがする。どうしようもないぐらいおいしくない。


 あの材料でこんな味になるのはどうしてなの? というか、これはレイナルド様には飲ませていけない代物で。


 至急回収しないと、と視線を上げた私が見たものは空っぽになった二つのグラスだった。


「フィーネ、ごちそうさま」

「少しだけすっぱいけど、フィーネちゃんが作ったと思えば悪くないよね。大人の味って感じ」


 ななななんということ。


「あの……ふふ、ふ……お二人が体調を崩されたら大変なので、今すぐに上級ポーションを作ります……!」

「ていうか上級ポーションが必要なホットワインてなに。フィーネちゃんはほんとかわいいね」

「く、くくくクライド様、私は真面目に……!」


 あっ、でも上級ポーションこそ『味1』なのだった。詰んだ。


「フィーネ、飲まないならフィーネの分ももらっていい?」

「……! だだだ、だだだだだだ」

「だだだ、だだだだだだ?」

「だ……だめです! 私も口をつけましたので!」


 すっかり真っ赤になってしまった私に、レイナルド様は優しい視線を送りながらニコニコ微笑んでいる。


 このアトリエで過ごす早朝と夕方は、私を元気にしてくれる素敵な時間。



 明日はレイナルド殿下の手配でジュリア様・ドロシー様と一年ぶりに会う日。


 二人に会うことも緊張するけれど、『フィオナ』に向けられるレイナルド様の眩しそうな表情を想像するだけで、なぜかせつなくて、ドキドキした。


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