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24.シンデレラのお出かけ⑤

「えっと、あの、あの、あの……」


 どうしよう。言い訳が何も見つからない。


 ううん。私はフィーネだって言って押し切って、部屋に戻ればいい。今は夜。暗いから見間違いで済ませられる。それなのに足が動かない。


 クライド様も驚いて固まっている。


 また気が遠くなりかけた私は、とにかくこの場から逃げようと何とか足を動かす。


「待て」


 そこを、クライド様が引き留めてくる。手首を掴まれてしまった私は、また動けなくなった。


「あー……腕掴んじゃってごめんね。レイナルドに怒られるな、これは。いや……うん。どっち相手にしても怒られるわ、これは」

「あの……ももももも申し訳……」

「まずは、フィオナ嬢・フィーネちゃん。どっちで呼べばいいのかな?」

「…………」


 ぶるぶると震える私を見て、クライド様は確信した様子だった。


「やっぱり、フィオナ・アナスタシア・スウィントン嬢なんだ。ぜんっぜん、意味がわかんないんだけど」


 冷水を浴びせられたように、動けない。ただ口をはくはくとさせる私に、クライド様はさっきまでの軽い口調が嘘みたいに重々しく続けた。


「ていうか、俺の職務的にもどういうことなのか知る必要があるんだよね。……レイナルドに危険なものを近づけるわけにはいかない。当然、わかるでしょ?」


 私は無言で頷く。クライド様の仰る通りだった。


「どういうことなのか聞かせてくれない?」

「あ……あああああの」


 もうこうなったら話すしかない。幸い、私が顔と名前を偽っているのは、一歩外に出るためのお守りのようなもので。


 スウィントン魔法伯家がコートネイ子爵家の遠縁にあたるのは事実。本当のことを知られても、私以外の人が困ることは何ひとつない。


 ただ、顔と名前を偽っていることが知られたら薬草園で働くことはできなくなる。けれど、これは私の精神的な弱さが招いてしまったこと。仕方がない。


 決意を固めて顔を上げた私と目が合った瞬間、クライド様は透き通った琥珀色の瞳を揺らし、何かを思い出したように息を吐いた。


「あ、ごめん。今めちゃくちゃ反省してるわ」

「?」

「ついさっき、レイナルドにフィーネちゃんいじめんなって言われたばかりだった」

「あ、ああ……あの」

「いいよ、話すのはゆっくりで。苦手なんだよね? 俺みたいなの」


 そんなことはなくて。レイナルド様もクライド様も、私を気遣ってくれる優しい人。外の世界を怖がっている私のほうが悪いのに。


 けれど、今はクライド様のお言葉に甘えて、ひとつひとつ説明することにした。



 王立アカデミーで婚約破棄された後、スウィントン魔法伯家に引きこもるようになったこと。


 家の没落が決まって、自立するために王宮へ勤めに出されることになったこと。


 アカデミーの知り合いがいてはすぐに気絶しそうなので、声と顔と名前を変えていること。


 レイナルド様と仲良くなったのは誓ってわざとではなくて、薬草園で働くうちにいつの間にか気にかけてくださるようになったこと。これに関してはクライド様は「あーあーだよねだよね」と同意してくださった。


 そして、芋づる式に私が錬金術を使うことも話すことになってしまった。



 ひととおり話を聞いた後で、クライド様は私を見つめてくる。気を遣ってくださっているのは伝わるけれど、どこか厳しい姿勢は崩れない。


「ふーん。フィオナ嬢のことを考えれば、不自然なとこはないね」

「あ、あの……申し訳……」

「できれば、レイナルドに正体を明かしてもらいたいのが本音かな? 顔と名前を変えていたことだって、王太子殿下のさじ加減で何とかなるよ、余裕。王宮勤めを辞める必要もない」

「あ……あああああの……」


 本当に、正体を明かすべきというのはクライド様が仰る通りで。


 けれど、私はレイナルド様がフィオナに少し特別な感情を持っていたかもしれない……ことを知っている。ううん、それ自体が思い上がりの可能性もあるのだけれど。私とレイナルド様は王立アカデミーでほとんどお話しした記憶がないのだから。


 察しのいいクライド様は、私が言葉に詰まった理由をすぐに理解したようだった。


「あ。無理か。俺とレイナルドの会話聞いてたよね? そーいえば、フィオナ嬢の話もした気がするな。名前は出してないけど」

「あの……レイナルド様が……わた、『フィオナ』を特別気にかけてくださっていたのって……本当なのでしょうか。私、あの日倒れた後の記憶がなくて」

「えーなにレイナルドそんなことも喋ってるの? 君たちほんとに仲良すぎん?」

「いえ、『フィオナ』のことを直接聞いたわけでは。……あ、あの、ハンカチを持っているのを見てしまって」


 私がそう告げると、クライド様は自分の頭をぐしゃぐしゃと掻きむしった。


「あーもう。レイナルドもフィーネちゃん……っていうかフィオナ嬢? も、なんでそんなに回りくどいことになってんの? ほんと意味不明なんだけど」

「も……申し訳……」

「謝んなくていいよ、もう。でもね。俺さ、レイナルドの味方なんだよね、全面的に」

「そ、そそそそれは当然のことです。ですから、わ……私は」

「だからどうしようか迷ってる」


 え? 


 とっとと正体を明かしてレイナルド様の判断を仰ぐか、それができないなら王宮勤めを辞めるように言われると思っていた私は、目を瞬いた。


「レイナルドに危害が及ばないなら問題ない気がする。だって、いくら没落が決まっているとはいえスウィントン魔法伯家は永年魔法伯の地位を得た古くから続く名門じゃん? レイナルドの友人として不足はない」


「あの。私は……ここにいていいのでしょうか」


「俺と違って、レイナルドは誰にでも優しいわけじゃないからね。それなのにフィーネちゃんを認めて仲良くしてるってことは、フィオナ嬢は本当に頑張ってるんだね。そうやって立ち直ろうとしている人を折るのは俺の趣味じゃないっつーか」


 クライド様の仰る意味がよくわからない。ううん、わかるのだけれど、呑み込めない。だって。私は正体を知られてしまったのに、これまで通りここにいていいということ……?


 お兄様に心配をかけなくてすむし、ネイトさんと一緒に薬草園のお世話ができるし、錬金術工房のお手伝いや、そして、レイナルド様のアトリエに通うこともできる。


 そんな都合のいい話って、あるの。


 ぽかんとした私に、クライド様は吹き出すようにして笑った。


「ぷっ……フィオナ嬢って、全然イメージ違うね。もっとお淑やかでおっとりしたお嬢様だと思ってたよ? ……あ、違った。ここではフィーネちゃん、でいいんだよね」

「クライド様……ありがとうございます……」

「……ていうか、フィーネちゃんって工房付きのアシスタントでもあるんだっけ?」


 状況を受け止めきれない私は、何も言えずにこくりと頷いた。


「そしたら、やっぱり顔と名前を変えてて正解だったね。あそこにはミア嬢もいる」


 クライド様は「そっか、なんか納得できたわ」と呟いて続ける。


「フィーネちゃんが黙っていたいなら、協力したげるよ。俺のできる範囲で、になるけどね」

「!」


 つまり、それは。クライド様は自分の任務に背いて私が『フィオナ』だということを内緒にしてくれるということで。これって、かなり重大なことではないのだろうか。


「はいはーい、そんな顔しなーい」


 クライド様はそうおっしゃると寮の扉を開けてくれた。その場で軽く手を振って、これ以上踏み込まないと意思表示をしてくれている。


「おやすみ。頑張ってね、いろいろ」

「あの、あのっ……あ……ありがとうございます……」


 クライド様を巻き込んでしまったという焦りと、これまで通りここにいられる安心感と。言葉にできない感情が押し寄せて、私はただお礼を言うことしかできなかった。


この作品はレイナルドとフィーネ(フィオナ)のちょっとチートなお仕事と恋のお話です。


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