【書籍3巻発売記念SS】五年目の記念日
幸せな日常のお話です。
レイナルド様と私が結婚式を挙げてから、五年ほどが経ったある日のこと。
私は薬草園の端っこにあるアトリエで認識阻害ポーションを作っていた。
「これで出来上がり……!」
目の前のフラスコの中でキラキラと光る液体を見つめながら、わくわくする。認識阻害ポーションを生成するのは本当に久しぶりのことで。
これを毎日作って飲んでいたあの頃が懐かしいな。
そんなことを考えていると、アトリエの扉が開いてレイナルド様とクライド様が入ってきた。
「フィオナ、準備はできた?」
「はい! こちらに」
「ありがとう」
「……あっ!?」
認識阻害ポーションを小さなグラスに入れて出すと、レイナルド様は一瞬も躊躇うことなく一気に飲み干してしまった。
自慢ではないけれど、私が生成するポーションはおいしくない。言葉を選ばずにいうと、ひどい味で。だから私でさえ飲むのに気合いを入れないといけないことがあるのに、少しも躊躇わないレイナルド様はすごいと思います……!
「少し変わった味、ってぐらいだよ」
「……うっ……そうは思えません……っ」
爽やかにポーションを飲み干したレイナルド様を眺めながら、私も認識阻害ポーションを少しずつ飲んだ。やっぱりおいしくないけれど、この味のおかげでこの世界に魔法は戻りつつあることを思うと文句は言えないかな。うん。
「フィオナ、行こうか」
私がポーションを飲んだのを確認したレイナルド様が手を差し出してくる。私がその手を取ってアトリエを後にすると、後ろからクライド様の声が聞こえた。
「二人とも、よーく気をつけてよ〜? 時間までに戻らなかったらすぐに迎えに行くから」
「わかってるよ。……行こう、フィオナ」
「はい、レイナルド様」
そうして私たちは二人だけで馬車に乗り、王城を出たのだった。
今日は、私たちが五年前に結婚式を挙げた日で。ちょうどレイナルド様が公務のお休みを取れたということで、二人きりのデートを楽しむために城下町へとやってきた。
「フィオナが作った認識阻害ポーションはすごいな。誰にも気づかれない」
「王妃陛下もお気に入りのポーションですから……!」
賑やかな王都の街で、レイナルド様からポーションへのお褒めの言葉をいただいてうれしくなる。
今日、久しぶりに認識阻害ポーションを生成したのはこのお出かけのため。王太子としてどんどん評判を上げているレイナルド様の立場上、お忍びでの外出はなかなか叶わない。
だから、揃って認識阻害ポーションを飲んでみることにしたのだ。目論見は当たり、私たち二人は誰にも気づかれることなく街を楽しんでいた。
「認識阻害ポーションを自分に使うとか考えたこともなかったけど、これはいいね」
「今日だけでなく、またこうしてお出かけがしたいです……!」
「ああ。今度はみんなで」
柔らかなレイナルド様の言葉に笑みを返したところで、お腹が鳴った。
「!」
あわててお腹を押さえる。そういえば、ポーションを作るのに夢中で朝食を食べていなかった……! 私の仕草にすべてを察したらしいレイナルド様がとあるお店を指差す。
「フィオナはまた研究に夢中になって朝食を食べ損ねたんだろう? 早めのランチにしようか」
「はい」
「フィオナ」
「はい?」
「どんなに研究が楽しくても、食事はきちんととること」
「はっ、はい……!」
まるで出会ったばかりの頃のようなことを言われて、赤くなってしまう。あの頃の私は、食事よりも研究の方が楽しかったうえに、食べること自体にもあまり興味がなくて。
でも今はおいしいものが大好きです……! これは本当に、いろいろなところへ連れ出してくれたレイナルド様のおかげだと思う。
レイナルド様がランチのお店に選んだのは、前にも来たことがあるレストランだった。あの頃と同じように若者に人気があって、まだお昼前だというのに賑わっている。
「ここは」
「懐かしいだろう?」
「……はい」
ここは、初めてレイナルド様から食事に誘われた日に訪れたレストラン。
あの日、私は見知らぬ恋人同士が別れ話から婚約破棄の話題になったことにショックを受けて、気を失ってしまったんだっけ。
いくら自分のトラウマと結びついている話題だったとはいえ、本当に情けない。私と同じことを考えているらしいレイナルド様は続ける。
「このお店には集客のためによからぬ薬草が使われていたのを覚えている?」
「はい。だからこそ人々が攻撃的になって言い争いになりやすかったんですよね」
「でも、当時のオーナーは逮捕されて、今は薬草に無関係だったシェフがオーナーを務めているそうだ。だから安心して」
「ふふふ。ありがとうございます」
レイナルド様の言葉にホッとしながら、ランチメニューをオーダーすることにする。今日は、あのときのようにクライド様はいない。二人きりで、あまりたくさんのメニューは頼めないからだ。
今日の日替わりランチはチーズがたっぷりかかったミートボールとライ麦パン。ミートボールにはチーズの他にトマトソースがたっぷりかかっていて、おいしそうな香りにまたお腹が鳴ってしまいそう。
「以前来た時にも食べたメニューですね」
「本当だ。初めてのデートと同じメニューが出てくるなんて、すごい偶然だね」
「!? ……デ、デート……」
「そう」
レイナルド様は全く動揺していないけれど、私はあのお出かけがデートだったことを知って驚いてしまう。あの時は、ただ私においしいものを教えるために連れ出してくれたのだと思っていたけれど、違ったのですね……!
思わぬ事実に赤くなってしまったのを隠すため、ミートボールにナイフを入れると、中から肉汁がじゅわりとあふれる。それをチーズに絡めて口へと運ぶ。ジューシーなお肉と濃厚なチーズの香りが口いっぱいに広がった。
「わぁ……おいしいです……! あの日と変わらないおいしさです」
「トマトソースの酸味もいいよね」
「はい! チーズとお肉の重さをさっぱり食べやすくしてくれますよね。それから、ハーブと一緒に煮込まれていてほんのり爽やかな風味がするのもいいです。いろいろな食材や調味料の組み合わせでおいしさが変わるのって、錬金術みたいで本当に面白いです。どうして昔の私は気がつかなかったんだろうって」
そこまで話したところで、レイナルド様がニコニコ微笑みながら私を見ていることに気がつく。以前だったらしまったと思っていたけれど、今はもうこれは日常の会話で。思わず笑ってしまう。
「いつもならフィオナが分析しながら食べるのは当たり前の光景なんだけど、懐かしいな」
「はい。私もそう思いました」
食事を終えると、デザートにはかわいらしいケーキが出てきた。いちごやメロンなどたくさんのフルーツで彩られた華やかなケーキの上には『5』の形をしたピンク色のろうそくがのっている。
「今日は結婚式から五年。幸せな毎日をありがとう、フィオナ」
「私こそありがとうございます。……幸せです」
食事を終えて馬車に乗り込んだ私たちは、認識阻害ポーションの効果を消すポーションを飲んだ。楽しいデートの時間は終わり、これから王城に帰るのだから。
馬車は王城への道を戻っていく。
「フィオナ、今日は楽しかったね」
「はい、とっても」
とはいいつつ。確かに二人きりの時間はとても楽しかったけれど、いつもの賑やかさが少し足りない気がして、最後には寂しくなってしまった。
そんな私の心の中を読んだのか、レイナルド様が笑みを向けてくださる。
「今度は皆で街へ行こうか」
「はい……!あのレストランに、ぜひ」
ちょうどそこで、馬車の扉が開いた。到着した王城のエントランスでは黒髪の男の子と金髪の女の子が待っていた。
その後ろで、疲れ果てて髪の毛がボサボサになったクライド様が見える。
「……おかえり。王子様と王女様、帰りを待ちきれないって聞かなくって」
「「――おとうさま、おかあさま!」」
クライド様が言い終わらないうちに、二人の子どもたちが抱きついてくる。それをレイナルド様が抱き上げた。
「こんなに長い時間、お留守番させてごめんな」
「ごこーむ じゃないのにどこにいっていたの?」
「くらいどとあそんで、たのしかったわ!」
「ふふっ。皆でお茶の時間にしましょうか?」
「「わーい!」」
「行こうか」
レイナルド様と子どもたちが王城の中へ入っていくのを見つめて、私はクライド様にお辞儀をする。
そうして、今日も温かく穏やかな時間が過ぎていくことに、感謝したのだった。