52.世界に魔法が戻るまで②
涙を拭いて落ち着いた私は、眠っていたこの一週間の間に起きたことを聞いた。
リトゥス王国で水龍を召喚したすぐ後、待機していた使節団の皆さんと合流して山を降りたこと。
気を失っていた私は『空飛ぶ板』を複数組み合わせたものに寝かせられてここまで連れてこられたということ。
驚いたことに、一緒に開発したミア様が先頭に立って板を組み、魔力の補充をしてくださったということ。
意外にも『空の上の王国』から追手は全くないことも聞いて安心した。これは、リトゥス国王が私を無事に国へ返すと言ってくださったことや、レイナルド様が瀕死の怪我を負ったことが関係あるのではないかなと思った。
リトゥス王国には魔法が残っているけれど、どんな強力な魔法ですら下界では発動しない。下界に下りて国を出てしまったら、小さなリトゥス王国ではアルヴェール王国に勝ち目はないのだから。
一通り話を聞いたところで、レイナルド様が提案してくださる。
「フィーネ。フィーネが魔法を使ったところを見たのは俺たちを含めて『空の上』へ行ったごく一部の者だけだ。もしフィーネが平穏な暮らしを望むのなら、公にはしないように取り計らうよ。王妃陛下にすら、絶対に言わない。フィーネが望むのなら」
「レイナルド様……」
あまりにも力強くそして頼もしい申し出がうれしすぎて、また鼻の奥がつんとしてくる。けれど。リトゥス王国を訪問して、ルカーシュ殿下のお話を聞いて、私はとあることを決意したのだ。
「――レイナルド様。私は、世界に魔法を取り戻したいと思っています」
「そうだね。だから、こんなにボロボロになるまで頑張った」
「私はリトゥス王国を訪問してたくさんのヒントを得ました。王都に戻ったら、魔法を取り戻すための研究を始めます」
私の言葉を聞いたレイナルド様は、ベッドサイドの棚の上に置いてあったバスケットを取り出してくださった。その中には『ベンヤミン・ボルストと魔法の国』の絵本が入っている。
ベッドの上で絵本をゆっくりとめくる。小さい頃から大好きだったこの物語は、“お母様”の故郷と私を繋ぎ、そしてお母様を救うために危険を冒してまで『空の上の国』を訪問した“お父様”の勇気を思い出させるような物語で。
出会ったばかりのとき、ルカーシュ殿下は『まれにこの特徴的な色を持つ人間が我が国の外に出ることがある』と仰っていた。
『ベンヤミン・ボルストと魔法の国』は昔からあるおとぎ話だけれど、それは、かつて誰かが経験した恋物語や冒険をもとにしたものなのかもしれない。
もしかして、シルヴィア王女――“お母様”もこの物語に憧れたことがあったのではないかな。 そうして“お父様”と出会い恋に落ちた。私の記憶にはないけれど、大切な二人。
そんなことを思えば、二人のことが少しだけわかった気がした。
「……二百年前の特別な魔法のせいで、世界中の精霊たちは魔力を受け取ることができなくなっています。私にできるのは、リトゥス王国の方々が『異質』と判断した私自身の魔力を使い、精霊に生じている障害を取り除きあるべき姿に戻していくことです」
「それをどうやって戻すの? リトゥス王国の宮廷魔法師が世界中の精霊にかけた魔法を取り消す魔法を生み出す? 俺もできる限り手伝うけど、いくらフィーネでも難しいんじゃないかな」
レイナルド様の気遣うような言葉に、私は頷く。
「もちろんその通りです。ですが、私は錬金術師です。特別な魔法や呪文を研究しなくても、ポーションや魔法道具を使ってあるべき姿に近づけることができるのではと思っています……!」
決意を固めた私の心は、新しい魔法道具へと向かっていた。リトゥス王国では、これまでに見ることがなかったたくさんの世界を知った。そうして、私の世界も変わった。
今度は、私が世界を変える番。
まだまだ頼りない私がこんな風に考えるのは思い上がりかもしれないけれど、この『下界』で私だけが魔法を使えるのには絶対に意味があると思う。
それを信じて、進みたい。