50.帰還へ④
空中の雨がひとかたまりになって、水龍の姿になる。
空から地面に向けて稲妻が走ったと思えば、水龍の咆哮が地面を揺らした。
「これは……⁉︎」
「魔法か⁉︎」
「しかも上級魔法では」
リトゥス王国の方々が狼狽しているけれど、ここには驚いていない人は一人もいないはずだった。地上で使える魔法なんて、この世界に存在しないはずなのだから。
《攻撃せよ》
水龍を使った戦いのやり方なんてわからない。けれど、『ベンヤミン・ボルストと魔法の国』で描かれていたように魔力を込めて手を挙げると、水龍は応えてくれた。
氷の息を吐きながら急降下し、ルカーシュ殿下へと一直線に向かっていく。
「どういうことだ……くそっ!」
これまで丁寧な言葉遣いを貫いてきたルカーシュ殿下が毒づいた後、少し離れていた場所に落ちていた剣を拾い切り掛かってくる。
……そっか。水龍から逃げることよりも、私を殺すことの方を選択するんだ。
私が作る『味2』のポーションは、精霊に不具合が起きたままにしておきたい方々にとって脅威ということの現れでもあった。
逃げなきゃ。でも、水龍を出してしまった私はもう体力が持たない。足が鉛のように重い。
その瞬間、ガチッと剣がぶつかり合う音がした。
見ると、レイナルド様が私とルカーシュ殿下の間に入っていた。ぶつけ合った剣ごと突き放せば、そこへ水龍の氷の息が届いてルカーシュ殿下を飲み込む。
一瞬で凍ったルカーシュ殿下は悲鳴を上げる時間すらなく、水龍の口の中へと消えていった。
「ルカーシュ殿下……!」
「フィオナ王女の魔法にやられたのか……!?」
「まさかそんな」
騒然とするリトゥス王国の兵士たちに、レイナルド様が怒りを感じさせる声色で冷淡に告げる。
「ルカーシュ殿下の言動はすべて、リトゥス王国の国王陛下の意志と異なるもののようだ。指揮官を失った今、その命に従って何になる。お前たちは国王に反旗を翻したことになるが、その覚悟はあるのか」
「…………」
「彼女が死ななければいけない理由は。リトゥス国王が考える通り、精霊の状態をあるべき姿に戻し、地上に魔法が戻ることは貴国にとってもメリットが大きい。よく考えろ」
レイナルド様の言葉に、戦っていたリトゥス王国の兵士の皆さんが剣を下ろす。
そうして、この先は絶対に通さない、と立ちはだかっていた城門への道を開けるのが見えた。よかった。ここを通してくれるみたい……。
ホッとすると、身体から力が抜けた。レイナルド様に一刻も早く上級ポーションをお渡ししないと、と思うのに意識が遠ざかっていく。
「フィーネ!」
レイナルド様が私を抱きしめたのがわかる。自分も大怪我をしているのに、私のことよりも自分の怪我を心配してください……!
そう思ったところで、私の意識は途切れたのだった。