46.特別な国の夜会②
――とんでもなくひどい味。
事実だけれど、一応は主観的な感想の範囲でもあるので私は答えをごまかすことにした。ルカーシュ殿下が何を仰りたいのかわからないうちは、できるだけ情報を渡したくない。
「……あまりおいしくないとおっしゃる方もいらっしゃいます。ルカーシュ殿下も、湖畔からリトゥス王国の王都に向かう途中でマックス様がポーションを飲まれているところ居合わせましたよね……? あれぐらいの感じです……っ」
「実は、ポーションの効果に興味津々だったので、飲まれた方が味にどんな反応をされていたのか覚えていないのですよ。そもそも、とんでもなく不味いポーションなどほぼ存在しませんし」
確かにそれは本当にその通りだと思う。いつか、レイナルド様も「味が7以下のポーションはあまり見たことがない」ぐらいのことを仰っていたような……。
「私が生成するポーションが不味いことは、何か問題になるのでしょうか……?」
勇気を出して問いかけると、ルカーシュ殿下は少し迷った後で教えてくださった。
「問題になどなりません。むしろ、このリトゥス王国を救う可能性すらある」
「私の不味いポーションがですか……?」
「はい。二百年前のことです。当時、」
ルカーシュ殿下がそこまで話したところで、レイナルド様の声がした。
「そんなに顔を近づけて、何のお話ですか」
微笑みを浮かべてはいるけれど、目が全然笑っていない。“婚約者”にちょっかいを出そうとしているように見える人間を牽制しているようにも見えるけれど、きっと違う。
これは、『二百年前にあったこと』を話そうとしているルカーシュ殿下への怒りだ。
二百年前、魔法が消えたきっかけとなる出来事を知ってしまっては、私たちが無事にアルヴェール王国へ帰ることは叶わなくなるだろう。レイナルド様は、無理にその状況を作ろうとしたルカーシュ殿下に腹を立てているのだ。
そして、同時にプランBの成功もありえないことを悟る。『生成するポーションがひどい味になる』ことを知ってしまったルカーシュ殿下は、私を国に帰したくないと思っていると伝わってくる。
レイナルド様もそれはわかっているようだった。目一杯圧力をかけるように、私の腰に手を回した。想像よりもずっと強い力で抱き寄せられた後、そして、アルヴェール王国の王城で呼ばれている名前で私を呼ぶ。
「フィーネは私の婚約者だ。いくらリトゥス王国にとって大切な王女の娘だと言っても、あまり近づかれては困るんだが」
「……!」
息を呑んだのは、私ではなくルカーシュ殿下だった。もちろん私もびっくりしたのだけれど、安心の方が優った。レイナルド様がそばにいてくださる安心感で、さっきまでほぼ震えていた足の裏に地面の感覚が戻る。
「これは、大変失礼いたしました。では夜会が終わりましたら、改めて機会を設けましょう。国王陛下や我が国の重鎮も同席させていただきたい」
「……なるほど。承知した」
レイナルド様の答えを聞いたルカーシュ殿下は軽く会釈をすると、大広間に消えていく。
頭上に見える空は、完全に日が落ちている。昨夜のように星が瞬き、その間を闇が埋め尽くしていた。
ルカーシュ殿下を見送りながら、レイナルド様が囁く。視線をこちらに向けていないので、周囲の人たちには会話をしているとできるだけ悟られたくないのだとわかった。
「二人とも、このまま目立たないようにして船の乗り場へ向かうんだ。俺たちもすぐに合流する」
「……!」
それはプランCを実行するという合図でもあって、緊張が走る。きっと、レイナルド様と国王陛下との話し合いは決裂したのだ。
もしかして、レイナルド様がリトゥス国王のところへ行く前に、ルカーシュ殿下はすでに私が生成するポーションの味についてお話ししていた可能性がある。
いち早く反応したのはマックス様ではなくミア様だった。
「わかりましたぁ。私たち、お化粧を直してきますね! 行きましょう、フィーネ様!」
ふふふっ、と無邪気に笑うミア様の姿は、王立アカデミーでよく目にしていた『誰にでも好かれる愛らしい男爵令嬢ミア様』そのままで。
あえて、無邪気な令嬢らしく振る舞っているのがわかって、とっても心強い。今日ばかりは、レイナルド様もミア様に頷いているようだった。
鈴を転がすようにかわいらしく微笑むミア様に手を引かれている私がまさか脱走中だなんて、この夜会の会場にいる人たちには絶対にわからないと思う。
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