45.特別な国の夜会①
それから少しして、私たちは夜会が催される大広間へと向かった。
「わぁ、すごいですね……!」
リトゥス王国は文化が違うだけあって、王城の大広間も変わった作りになっていた。高い天井はあるものの、壁はなく回廊に囲まれた大広間はとても風通しがいい。
そこからは星が瞬き始めた藍色の空が見え、アルヴェール王国の王城に飾られているシャンデリアなんかよりもずっと華やかで贅沢な装飾に見えた。
ほぼ外にも思える立地を生かして、回廊の周辺には花が植えられ、会場内には大きな噴水もある。そこに異国の正装をした方々がいらっしゃって、ドレスの華やかさも相まってとても煌びやかだった。
私とミア様は二人でこの会場の入り口から中の様子を窺っている。レイナルド様とクライド様はいない。国王陛下のところへ帰宅を申し入れに行っているようだった。
「レイナルド様とクライド様、遅いわね。プランA、どうなったのかしら」
「謁見時の様子を踏まえると、プランAがうまく行く気もしますよね……!」
「だといいけどね」
そんな話をしていると、私たちの護衛をするにあたり大広間周辺の安全を確認しに行っていたマックス様が話しかけてくる。
「フィーネ様。先ほどルカーシュ殿下にお会いして世間話をしていたところ、突然殿下が『フィオナ王女』と話がしたいと言い出しまして。この大広間から繋がっている庭園にある四阿でお待ちになっています」
「ルカーシュ殿下が……?」
全く心当たりがなくて、私は目を瞬いた。突然話をしたいと言い出すなんて、そんなことあるのかな。しかも、ルカーシュ殿下は私がレイナルド様の婚約者だと思っていらっしゃるはずだ。
王族の方が、他国の王太子の婚約者を一人で呼び出すなんて、どう考えてもおかしな話だった。
レイナルド様に相談したいけれど、今はいない。どうしようかと思っていたら、ミア様が不思議そうにしてマックス様に問いかける。
「マックス様。ルカーシュ殿下とはどんなお話をされたのでしょうか? 私たちがあの作戦を実行している最中だとご存じですよね?」
あの作戦というのは、もちろんリトゥス王国脱出作戦のこと。マックス様はどんと胸を叩いて自信たっぷりに答える。
「もちろんです。ですから、私は悟られないようにルカーシュ殿下に出くわした後も適当な世間話を」
「……それって、何の話をしたのでしょうか?」
突然ミア様の目がじとっとしたものになる。どうしたのですか……! マックス様もたじたじになりながら応じる
「その……ですので、フィーネ様に関する世間話です。リトゥス王国での共通の話題として適当かと」
「具体的に、どんなですかぁ?」
「道中、倒れたときに飲んだポーションが想像を絶する不味さだったことです。初めはミア嬢が生成されたものと思い込んでおりましたが、途中でフィーネ様によるものだと知りましたので、その話を」
「ふぅん」
ミア様とマックス様の会話を聞きながら、何とも言えない違和感に包まれる。
つまり、ルカーシュ殿下はその直後に私と二人で話がしたいと言い出し、四阿に呼び出したことになる。
なぜか、ひどい味に仕上がってしまう私のポーション。レイナルド様の助言によって少しずつレベルが上がってはいるけれど、いまだに『味2』のポーション。
私の『味2』のポーションが、リトゥス王国の研究において重要な役割を果たしたりヒントになる可能性はない……?
ふと、晩餐会の会場でミア様だけをリトゥス王国に留めようとしたルカーシュ殿下のお顔が思い浮かんで、身震いがした。
「――フィオナ王女」
急に声をかけられて、ビクッと全身が反応する。
「ルカーシュ殿下……」
「リトゥス王国風のドレスがとてもよくお似合いでいらっしゃる。早く夜会で皆に紹介したい。あなたがあのシルヴィア王女の忘れ形見だと」
にこやかに話しかけてきたルカーシュ殿下は、いつもと変わらない様子で。けれど、私の頭の中には警鐘が鳴り響いていた。きっと、これは本能的なものだと思う。何か危険が迫っている感じがして、足が動かない。
「ちょうど今、ルカーシュ殿下が私をお呼びだと聞いたばかりなんです。……すぐに伺えずに申し訳ありません」
「いいえ。待ちきれずにこちらまで来てしまった私が悪いのです。実は、あまり人に聞かれたくない話がありましてね。どうか落ち着ける場所で話をさせていただきたい」
いつものように上品で落ち着いた言葉選びをされているルカーシュ殿下だけれど、どこか慌てているような声音に不信感が募る。
――ついて行ったらいけない気がする。
そう思った私は、震えそうになる脚に力を入れて立ち、両手でぐっとお腹を抑えた。せっかくレイナルド様が立ち回ってくださっているのに、私が余計な動きをして迷惑をかけるわけにはいかないから。私は大丈夫。
レイナルド様や、お兄様や、ミア様や、たくさんの人たちのおかげで強くなったんだもの。
「ルカーシュ殿下。私はレイナルド様の婚約者です。たとえ同じ王族で血縁にあたる方でも、このような場で二人きりになることはできません……! もし大事なお話があるのでしたら、この場で伺います……っ!」
私の言葉にルカーシュ殿下は少し面食らった様子だった。けれど、相当急いでいるのか、小声になって本題を告げてくる。
「……フィオナ王女が生成するポーションがとんでもなくひどい味になるという話を伺いました。それは本当ですか?」