43.作戦会議①
コンコン。
夜会の準備が整った私たちの部屋の窓が叩かれた。見ると、そこではクライド様がひらひらと手を振っていらっしゃった。いくらテラスで行き来できるようになっている部屋とはいえ、びっくりしてしまう。
「クライド様、何かあったのでしょうか……?」
「ごめんね。大事な話があるんだ。騎士を一人見張りに行かせるから、フィーネちゃんとミア嬢はテラスに来られる?」
「はい」
いつもの気安い口調だけれど、どこか張り詰めたような響きにどきりとする。
女官の方々が入ってこないように部屋の入り口に見張りで立ってくださる騎士の方と引き替えでテラスに出ると、正装姿のレイナルド様がいらっしゃった。
「今日、これからのことを話したかったんだ」
テラスには、私とレイナルド様、クライド様、ミア様の四人だけ。声を潜めたレイナルド様に、私とミア様は一歩近づいた。
「夜会での立ち回りについてでしょうか?」
「それも含まれる。今日、俺たちは下界に降りて使節団を率い、リトゥス王国を出たい」
「! 今日、でしょうか……?」
思いもよらない言葉に、息を呑む。
だって、このテラスの向こうに広がっている空はもう夕暮れで。真っ赤な空が深い紫色と混ざり、ところどころに星が見え始めている光景はとんでもなく綺麗だった。
つまり、もう夜になるのに空を飛ぶ船に乗って帰るということ……? 夜会はどうするの……?
私とミア様は戸惑いしかなかったけれど、レイナルド様とクライド様の中ではもう決まったことのようだった。さらに説明をしてくださる。
「ああ。今なら、国王陛下は俺たちを下に帰してくれると思う。だが、フィーネの存在がこの国の貴族に知られてしまったらそれは厳しくなるんじゃないかと思っている。だから、今日帰る必要があるんだ」
「国王陛下が帰っていいと仰ってくださっても厳しくなるのですか……?」
もともと、明後日には帰るつもりだったのだ。意味がわからずに問いを返すと、レイナルド様は真剣な表情をする。
「フィーネはシルヴィア王女に驚くほど似ているようだ。そこまで国民に慕われていた王女の娘が、母親にそっくりな容姿で現れた。しかも、カリスマ的存在だったシルヴィア王女の能力を受け継いでいるらしいとなった場合、皆はどう動くと思う?」
「……何としてでも、リトゥス王国に留めたいと」
具体的な想像をすると、背筋が寒くなった。事態を把握した私に、レイナルド様は淡々とした口調で告げる。
「その通りだ。この先のアルヴェール王国との関係を考えた国王陛下がすんなり帰してやるつもりでいたとしても、有力貴族の意見に押されて厳しい判断を迫られる可能性が高い。俺は、フィーネをここに置いていくのは絶対に嫌だ」
「レイナルド様……」
自分の身に何が起きようとしているのかを理解して青くなる。そこへ、クライド様が割り込んでくる。
「大丈夫だよ。そうならないようにレイナルドがいるんだから。知ってるでしょ? 錬金術の話になるとバカになるけど、普段は完全無欠の王太子殿下だって」
「はい。信じています」
こくりと頷けば、レイナルド様とクライド様は顔を見合わせて笑った。
「そのドレス、フィーネのために作られたようなドレスだ」
「……!?」
帰国に関わる真面目な話をしていたはずなのに、突然信じられない方向に話が飛んだので私は目を瞬くしかない。こんなときに私のドレス姿を褒めるレイナルド様、どういうことですか……!
「この空の上に着て、異国風のドレスを纏った人たちを見たとき、フィーネに似合いそうだなと思ったんだ。繊細だけどどこか大胆で美しくて……着たところが見てみたいと思っていた。……フィーネの産みの母上――“シルヴィア王女”も美しい人だったんだろうな」
レイナルド様の言葉の真意を汲み取って、じんとする。レイナルド様は“お母様”のことを『あらゆる人々から愛され尊敬されたシルヴィア王女』としてではなく、私の母親として想いを馳せてくださっていたんだ。
……そんなところがレイナルド様らしいし、とってもうれしい。
そして、ここに来てから、“シルヴィア王女のように美しい”と言われていたけれど、私自身のことについて言われたのは初めてだった。
「そんなことを仰るのはレイナルド様ぐらいです」
「フィーネちゃん、違うよ。俺もかわいいフィーネちゃんを褒めたいんだけど、勝手にそんなことするとレイナルドが怒るから」
「黙れ」
ふざけた表情を見せたクライド様に、レイナルド様が本気で嫌そうな顔をした。そしてミア様といえば「ねえ、マックス様はどこ?」と退屈そうにしている。
危険が迫っているかもしれないのに、こうして落ち着いていられることに感謝したかった。もし私一人だったら、怖くなって、あわてて、何もできなかっただろうから。
少しだけ空気が和んだ私たちは、帰るための作戦会議をすることにした。