42.異国のドレス
国王陛下との謁見を終えた私たちは、夜に行われる夜会までの間、それぞれの客間でパーティーの支度をすることになった。
レイナルド様とクライド様は自分たちで準備をされるみたいだったけれど、ドレスを着る私とミア様はそういうわけにはいかなくて。
今は、客間に数人の女官の皆様を招き入れ、ドレス選びに夢中になっているところだった。……主にミア様が。
「ねえ、見て? このドレスちょっと露出が多いかしら! 肩も腕も脚も出ているんだけど、どう思うかしら」
「ええっ……と、もう少し慎みをもたれても、と」
「あんたには聞いてないわよ!」
ぺちん、と頭を叩かれた。意外に痛くないです。
でも、それなら誰の意見を聞いているの……? と首を傾げかけた私に、ミア様はほんの少し頬を赤らめて教えてくる。
「マックス様に決まっているじゃないの! この異国風のドレス、色っぽくて素敵だけどアルヴェール王国の殿方はどう思うかなって話。やっぱり大人しくアルヴェール王国風のドレスを選ぶべきかしら」
ミア様が手に持っているドレスは、上衣と下衣が別々になったタイプの異国のドレスだった。腕も肩も出ているうえに、お腹の部分が透けている。
下衣はロングスカートになっているけれど、薄い布を何枚も重ねた作りのようで、足首に近くなるほど透けていくデザインだ。
全体的に宝石や金糸の刺繍が施されていてとても綺麗なのだけれど……アルヴェール王国の淑女はなかなか着ないデザインでもある。ミア様は着こなせそうだけど、私は無理だと思う。
「マックス様の好みがわからないのですが、ミア様にはお似合いになると思います」
「そうかしら。そうよね!? じゃあこれにしよっと」
ルカーシュ殿下と結婚するという玉の輿の夢を諦めたミア様は、手堅くマックス様に結婚を申し込まれることを目標にしたみたい。
ちなみに、そのマックス様は私たちについてこの『空の上の王国』にやってきていた。
昨日まで、ミア様は元気がなかったのでマックス様にアピールすることはなかったけれど、今日はもうすっかり元気でいらっしゃる。今夜の夜会に着ていくドレス選びも、マックス様の好みが優先のようだった。
「まぁ、私はアルヴェール王国に戻ったら工房をクビになるけどね。工房をクビになっても、結婚したいと思わせるぐらい私を好きになってもらわなきゃ。三男だし、ワンチャンあると思うのよ」
「な、なるほど……」
適当に相槌を打ちつつ、私もドレスを手に取る。どれも見慣れないデザインで露出が多いものばかりです……! 素敵だけど、やっぱりいつものデザインがいいかもしれない……。
そう思って、女官の方々が準備してくださったアルヴェール王国風のドレスの方に向き直る。けれど、止められた。
「フィオナ王女。王女様には、ぜひリトゥス王国風のドレスをお召しいただきたく」
「国王陛下が楽しみになさっておいでです」
「シルヴィア王女も大変によくお似合いでしたから」
「…………!」
女官の皆様に強請るような瞳で頼まれると、嫌ですとは言えなくなってしまう。
ということで、私も仕方なくリトゥス王国風のドレスを着ることになってしまったのだった。もちろん、ミア様がお召しになるような華やかで身体のラインがはっきり出るものは到底無理で。
肩と腕は出ているものの、お腹は長いストールで隠せ、脚も見えないデザインのものにしてもらった。
このようなデザインの服を着る日が来るなんて思ってもみなかった。レイナルド様。どう思うかな……。
着替えを終えた私たちにはドレスにあったお化粧がほどこされ、あとは夜会までの空いた数時間を過ごすだけになった。
「焼き菓子とお茶をお持ちしました。それと、もしよろしければこちらもどうぞ」
そう言って女官の方が置いていってくださったのは、リトゥス語で書かれた何冊かの本。早速お菓子を食べ始めたミア様が本を手に取り、ペラペラとめくっている。
「うわっ。この本、ぜんっぜん読めない。なにこれ、リトゥス語?」
「……リトゥス語の中でも古い言語で書かれたものですね。内容は物語のように思いますが……きっと、私たちが好きそうな本を何冊かお持ちくださるのに間違ってしまったのではないでしょうか」
リトゥス王国では、古語とリトゥス語が混在しているように思える。図書館にある本も、実は半分が古語で書かれたものだったし、絵本『ベンヤミン・ボルストと魔法の国』も古語で書かれていた。
そういえば、ルヴェール王国で王妃陛下が集めていらっしゃった手記も古語で書かれていた。魔法に縁深い国だけあって、リトゥス語の古語はほぼ魔法書に載っている呪文と同じ作りをしている。
声に出して読んでしまったら魔法になってしまいそう。……気をつけないと。