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40.王女シルヴィア

 数十年前のリトゥス王国。


 世界で消えたと言われている魔法がなぜか残存し空に浮かんでいる王国に、一人の王女が誕生した。


 シルヴィアという名前が付けられた彼女は、王族の証である金色の髪と光を閉じ込めた碧い瞳を持ち、とても美しい王女として幼少の頃から慕われていたのだという。


 王女シルヴィアは聡明で美しく、優しく、賢かった。そして豊富な魔力を持ちリトゥス王国で最も才能ある魔法使いだった。


 リトゥス王国には魔法が残っているものの、数千年前のように自在に操れるわけではない。しかも、魔法のしくみも従来のものに比べて少し特殊だった。


 魔力を受け取った精霊が魔法を起こすのは変わらないが、代償が必要になるのだ。


 王族になると魔力量も増え、扱える魔法の種類も増える。しかしその分代償も大きい。


 魔法を発動させるたび、周囲に魔力の燃えかすのようなものが発生し魔法使いの命を脅かす。それを解消する特別なポーションが日常的に使用されていた。


 当時も、空の上の王国は維持されているものの、そのほかの魔法は簡単なものしか発動しなかった。加えて健康被害への懸念もあり、魔法は魔法道具と組み合わせることが主流になっていた。


 けれど、そんな中シルヴィアは高位魔法を操り、新しい雲を作って人々の暮らしを豊かにし、皆の病や怪我を治した。


 その姿は聖女のようだといわれ、その頃から数十年が経った今でも伝説として語り継がれるほどに人気がある。


 十八歳になったシルヴィアは、とある男に出会う。その男はアルヴェール王国の『スウィントン魔法伯家』の出身で、錬金術や各国の事情に大変詳しかった。


 外の情報に飢えていたリトゥス王国は、例のごとく男を国に留めた。そして、非常に優秀だったその男を『本当の王城』へと案内し、男は王女シルヴィアに出会うことになった。


 すぐに恋に落ちた二人だったが、それを知ったシルヴィアの父にあたる当時の国王陛下は激怒。二人を引き離そうとした。比類ない能力を持つ王女が王国以外の人間と結婚して、他国の血の入った子孫を残すことを許さなかったのである。


 王女シルヴィアと男は悩んだ末に駆け落ちした。そして、アルヴェール王国で平民として暮らし、二人の間には男の子と女の子が生まれた。


 身を隠し、決して裕福ではないもののささやかで幸せな暮らし。


 けれど、幸せは長くは続かなかった。リトゥス王国の『空』で生まれ育ち大量の魔力を有するシルヴィアの体は『下界』に適応できなかったからである。


 シルヴィアの健康問題はすぐに深刻化し、二人目の子どもを産んだ頃には危篤状態に陥っていた。治す方法はただ一つ、『空』へ戻し特別なポーションを飲むこと。


 けれど、その時点でもうシルヴィアにはリトゥス王国に行くだけの体力がもう残っていなかった。瀕死の妻を救うため、男は一人で王国へと乗り込んだ。


 まずはその特別なポーションを飲ませて体力を回復させてから『空』へ帰そうとしたのだ。しかし、男はその薬を持ち帰ることはなかった。道中、事故死したからである。





 ――謁見の間から場所を移した応接間で、聞かされた話はこうだった。


 国王陛下やレイナルド様と同じテーブルにつき、話を聞き終えた私の手は震えていた。


 だって、これは間違いなく“お父様”と“お母様”に関するお話で。“お母様”の体が弱かったことなどとも話が一致していて、気が動転しそうなのをなんとか耐えるしかない。


「王女、フィオナ。これまでの話で気になることは? シルヴィアのことを聞きにきたのだろう。話せることはなんでも教えてやろう」


 リトゥス国王の言葉に、私はおずおずと口を開いた。


「シルヴィア王女の健康問題について質問があります。大量の魔力を有する体が『下界』に適応できなかったと仰いましたが、同じように私の魔力量も多いほうです。きっと“お母様”の遺伝なのだと思いますが、下界で暮らしていて体調に異常をきたしたことはありません」

「それは下界で生まれ育ったからだろう。シルヴィアは違った。空の上で生まれ育ち、精霊との関わりも密接だった。そのせいで、王国を出た瞬間から体が蝕まれた」

「……お答え、ありがとうございます」


 正直なところ、全然わからない。それは、リトゥス国王が一番重要なところ――『リトゥス王国にだけ魔法が残った経緯』を意図的に隠しているからだ。


 それに、ものすごく気になることがある。


 どうしてこの話が最後まで残っているんだろう。“お父様”はリトゥス王国に向かう途中で事故死したんじゃないの? 


 それなのに、なぜシルヴィア王女が子どもを二人産んだことや体調が悪化したことまで知っているのだろう。


 その答えは、“お父様”の事故死の事情にリトゥス王国が関わっているからでは……?


 “お父様”はポーションを求めて“リトゥス王国”にたどり着いたけれど、シルヴィアや子どもたちの情報を話した上で、ポーションを手に入れられず亡くなったのではないかな。


 ルカーシュ殿下が私の本当の名前を聞いて顔色を変え、すぐに『フィオナ王女』と呼び始めたことを思えば、私とお兄様の情報が知られていたのは間違いなかった。


 けれど、この件について質問はできないとも思う。


 今の私たちの大きな目標は『アルヴェール王国に無事に帰ること』なのだから。引っかかる部分があっても、聞き流さなければいけない。


 ……どんなに辛くても。


 考えていることが表情に出ないよう、なんとか堪える私の隣。レイナルド様も同じことを思っているようだった。国王陛下に淡々と問いかけている。


「国王陛下にお聞きしたいことがあります。いくら魔法が残っているとはいえ、この国が空に浮かんでいるのはあまりにも人知を超えているのではないでしょうか。特別な理由があるのでは? ――例えば、精霊の干渉など」


「アルヴェール王国の王太子よ、その通りだ。二百年前に世界から魔法が消えたとき、この国にだけ魔法が残ったが、ひどく歪んだものだった。精霊が罪を犯した我々に下した罰のようなものだ。魔法を我々だけが使える代わりに、下界では生きていけない。その魔法すら、ほとんどがこの空に浮かぶ国を維持するためにしか使えないのだ」


 国王陛下のリトゥス王国を説明する言葉は、これまでに想像してこなかったようなものばかり。魔法が残っているのに、不自由で生きていけないなんて。


 レイナルド様が魔法について確認する。


「つまり、人知を超えた魔法の力は空に浮かぶ王国を維持するためでしかないと?」

「その通りだ。しかも、魔法を使えるのは一部の王族だけなうえに、下界へ行くと使えなくなる。すべて、二百年前に始まったことだ。精霊たちがおかしくなってしまったんだ」

「……」


 核心を避けて伝えられる答えがもどかしい。そもそも、リトゥス王国が犯した罪って何なの……?


 二百年前に、いったい何があったのかな。


 聞けば聞くほど、たくさんの疑問が湧いてくる。けれど、ここで話は終わりのようだった。話の流れを把握したルカーシュ殿下が立ち上がり、私たちを部屋の出口へと案内しようとしている。


 この国の秘密に近付いているのだとわかった。


「ここは隠された場所です。とはいえ、これまでも非公式にここへ人が来ることはありました。ですが、この場所のことを口外することは絶対に許されません」

「……約束する。『空』のことは誰にも言わない。その代わりに、私たち使節団の人間を一人も残すことなく安全に国へ帰してほしい」


 レイナルド様の言葉を聞いていた国王陛下が穏やかに微笑む。


「心配しなくていい。正式な国交がない国とはいえ、アルヴェール王国の王太子殿下使節団として引き入れたのだ。ここに留めて帰さないという暴挙に出ることはあり得ないから安心するがいい。……それに、この国を隠したまま、外からの情報なしに存続していくのはそろそろ限界だとは思っていた。だから、長年断り続けていたアデール王妃からの申し入れを受けることにした」


 その表情に特別な含みは感じられない。きっと嘘はついていない……とは思う。


 そこへ、レイナルド様が問いかけた。


「最後に一つだけ教えていただきたい。二百年前に何があったのですか」


 質問を聞いた国王陛下は、さっきまで穏やかだった視線を厳しいものに変えたのだった。


「――残念だが、その問いには答えられない。知った人間は、この国から出せなくなるからだ」


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