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39.国王陛下への謁見

 朝食の後、私たちは予定通り謁見の前に案内されることになった。


 仮のお城のものとは比べ物にならないほど広く長い回廊を歩いた私たちは、とんでもなく天井が高い部屋の前にいた。


 巨大な扉は開け放たれていて、廊下から部屋の中にかけて真っ赤な絨毯が敷かれている。絨毯の先、部屋の奥には数段の階段が続き、玉座があった。そこには国王陛下が座っているのがわかった。


「ねえ。国王陛下に会うときってどうしたらいいの? 私経験ないんだけど」

「……っ。その……っ」


 隣にいるミア様が私の腕をひじでガシガシ突いてくる。痛いし、私だってこれまでの人生でそんな機会はなかったからどうしたらいいのか全然わからない。


 礼儀作法は習ったけれど、国王陛下に謁見する機会なんて絶対にあるはずがなかったんだもの……!


 すっかり挙動不審になっている私とミア様だったけれど、私たちの前に並んでいるレイナルド様とクライド様はやっぱりさすがだった。


 涼しい顔で振り向いて、落ち着かせてくださる。


「俺が話すから大丈夫だ。フィーネは聞かれたことにだけゆっくり答えればいい。フィーネは他国の王族とやり取りするのに十分な教養が身についている」

「え〜。レイナルド殿下、私には何かないんですか?」

「ミア嬢にはない」

「この差。嫌になっちゃうわ」


 こんなときでも、レイナルド様のミア様への対応は清々しいほどに一貫していて変わらない。緊張していたはずが、少し安心してしまった。


 二人の会話で緊張が少しほぐれたところで、私たちが謁見する順番が来たのだった。



「――アルヴェール王国より使節としてまいりました、レイナルド・クリス・ファルネーゼと申します。この度は拝顔の栄に浴しまして恐悦至極に存じます」


「顔を上げよ」


 レイナルド様に続き礼をとって固まっていた私は、国王陛下の言葉に恐る恐る顔を上げた。


 金髪に碧眼、中年と呼ぶにはまだ若く見える男の人がそこにいる。サラサラした髪の上には王冠を被り、異国の王族の装束を身に纏っている。声よりもずっと優しそうに見えるお顔は、どこかハロルドお兄様に似ている気がした。


 やはりこのお方は――そう思った瞬間、国王陛下はレイナルド様の挨拶には答えず、ぽつりと呟いた。


「――シルヴィア」


 それは、私の“お母様”らしき方のお名前で。高貴な方との会話は、先方の許可がないと進められないのが決まりだ。私は、国王陛下の次の言葉を待つしかない。


「俄には信じがたかったが……自分の目が信じられん。そこのフィオナ王女はシルヴィアそっくりだ」


 そこへ、ルカーシュ殿下が説明に入る。


「フィオナ王女は錬金術が大変に得意で、下界の方とは思えないほどの魔法道具やポーションを開発していらっしゃるようです。アルヴェール王国では宮廷錬金術師としてお仕事されているほか、我々としては魔力量も素晴らしいと見ております。シルヴィア王女の才能を引き継いでいるのは確実かと」

「なるほど。だからすぐにここへ連れてきたのだな。……いい判断だ」


 二人の会話を聞いていると、背筋を冷たいものが走っていく。まるで、私をリトゥス王国の人間だとでもするような言い方に危機感が募る。冷たいものが冷や汗だとわかったのは、レイナルド様が口を開いてからだった。


「フィオナ――いえ、こちらのフィーネ嬢は私の婚約者でありアルヴェール王国では次期王太子妃となる者です。自分の出自を知るために貴国へまいりましたが、血縁の方にお会いできた上に結婚の報告ができるとは。この上ない幸運に神へ感謝をしております」


 ……はい???


 ふざけているわけではないのはわかるけれど、あまりにもスラスラとレイナルド様の口から出まかせが滑り出たので、私は息が止まりそうになってしまった。


 三秒でこの空気に慣れたらしいミア様が「あれ半分本気よ」と隣から小声で言ってくる。今は冗談はやめてください……!


 レイナルド様の言葉に、国王陛下はにやりと笑ってから、姿勢を崩して脚を組む。


「アルヴェール王国の次期王太子妃か。さすが、私の姪でありシルヴィアの娘だな。才能も美貌も何もかも持っている」

「その『シルヴィア王女』の話を伺えますか。彼女はそれを知るためにここへまいりました」


 レイナルド様の凛とした声が謁見の間に響く。一瞬で空気をこちら側に戻してくださったことに感動してしまう。


「いいだろう。その前に、王女フィオナ。声を聞かせてほしい」


 国王陛下から突然指名されて心臓が跳ねた。


 けれど、私は“お母様”の秘密を知り魔法が消えた理由を探るために、危険を冒してまでここへ来たのだ。怯えて、なんの話もできずに帰るわけにはいかない。


 私の前でレイナルド様が心配してくださっているのが伝わってくる。それはそう。出会った頃は意見が言えなくて気絶するような弱い人間だったし、ポーションを使わなくても外に出られるようになったのもここ一年ほどのことで。


 でも私はもう弱くない。そう信じて口を開いた。


「フィオナ・アナスタシア・スウィントンと申します」

「おお。声まで同じだ……!」

「私はアルヴェール王国で没落した魔法伯家の娘で、王宮に出仕しています。レイナルド殿下とはそこで出会いました。彼と一緒に生きていくために……自分のことを知りたくてここまでまいりました」


 私の前で、レイナルド様が大きく息を吸ったのがわかる。きっと、話を合わせているのだとレイナルド様は思っているはず。


 けれど、私にとってこの言葉には嘘偽りは一つもない。だから、声は震えなかった。


「私の産みの母――“シルヴィア”は私が生まれて程なくして亡くなったと言います。父も母の病気を治すための薬を探し求めて旅立ち、戻ることはなかったと。……両親について知っていることがあれば、ぜひ教えていただきたくお願い申し上げます」


 まっすぐに、リトゥス国王を見つめる。ハロルドお兄様の三十年後はこんな雰囲気になるのかもしれないと思ってしまうような風格に、親近感をもたすにはいられない。


 けれど、絵本『ベンヤミン・ボルストと魔法の国』が頭をよぎる。こころを許してはいけないのも事実だった。


 眩しそうに微笑んだまま、じっと私を凝視していた国王陛下がふっと息を漏らした。


「さすが母娘だな。聡明そうな話し方まで我が妹のシルヴィアそっくりだ。いいだろう。この国の歴史の中で最も慕われている王女について話をしよう。ルカーシュ、別室を準備しろ」

「御意」


 ルカーシュ殿下のお返事で、私たちは別室へと案内されることになったのだった。


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