33.魔法の船
「あれは……」
「リトゥス王国の王都トゥリク。その中央に位置する王城ですよ。この国は、空の上にある国なんです」
「……っ!?」
信じられなくて、言葉に詰まる。
そんなことってあるの……!? だって、空の上にお城や街を作るなんてどう考えても錬金術では無理だし、人知を超えた力だと思う。……それこそ、魔法がなければできない。
呆然としている私だったけれど、レイナルド様は冷静で。私の隣から塔の下を覗き込むと、温度を感じさせない声音で呟く。
「確かに、ここは雲の上だ。エレベーターを使っている間に相当上空まで来てしまったのだろう。街が見えない」
「うっわ。何だよこれ」
「はっ……!?」
レイナルド様に続いて、クライド様とミア様が驚いているのが聞こえてくる。護衛として同行した数人の騎士の皆さんも絶句していた。それを耳にしながら、私の意識は自然に広い空へと向いていた。
高い雲の上、漆黒の夜空に浮かぶ異国の王城。アルヴェール王国のお城とは違い、丸くぽってりした屋根のお城は見慣れないデザインで、目が離せなくなりそう。
よく見ると、王城がある雲の他にもたくさんの雲があちこちに浮いていて、そこには集落があるみたいだった。その雲の間を行き来するように、船が走っている。ひとつではなくて、いくつもいくつも。それらは星のように輝いていて、とても美しい。
ここには確かに、大勢の人が暮らしている。私たちがさっきまでいた『下界』の違和感を払拭するものだ。
……そっか。ルカーシュ殿下が何度か思わず漏らしていた『下界』ってそういうこと。リトゥス王国の人たちを優れたものとしているわけではなくて、その言葉のまま『下界』のことを言っていたんだ……。
「お気に召していただけましたか? あなたのお母上はこのように素晴らしい国で生まれ、暮らしていらっしゃったのです」
ルカーシュ殿下の説明はきちんと聞こえるのに、あまりにも情報が多すぎて何と言っていいのかわからない。そんな困惑を察したのか、レイナルド様が私の代わりに答えてくださった。
「どうして彼女がその『シルヴィア王女』の娘だと断定できる? 王族の血を引いているのは確かかもしれないが、ほかの誰かの末裔の可能性もあるだろう。貴殿も初めて会ったときに言っていた。――『まれにこの特徴的な色を持つ人間が我が国の外に出ることがある』『他国との正式な国交を持っていないから、万一外に出られてしまうと探す手立てがない』と」
「我が国には、シルヴィア王女が下界の男と結婚し二人の子どもを産んだという記録があるのです。詳しくは、王城で説明しましょう」
そう仰ると、ルカーシュ殿下は塔の天辺に接岸していた船を指差す。それは、私たちが海や湖で見るのと同じもので。けれど一点だけ、違うことがある。
「も……ものすごい量の魔力を感じます……」
本当に、恐ろしいほどに膨大な魔力が船から溢れ出ている気がする。今までに接したことがない規模に、好奇心よりも畏怖の念が勝つ。これは何なのだろう。
「これは、魔法道具と魔法を組み合わせて作られている乗り物です。船自体は魔法道具ですが、エネルギーになるのは魔力。そして魔法を使って魔力を増幅させ、走らせる仕組みになっています」
「魔法が……!?」
「はい。魔法は失われたと言われていますが、ここには確かに精霊が存在します。下界ではあり得ない『魔法』を発生させてくれるのです」
私が求めていたものに一瞬でたどり着いてしまった。驚きと感動と困惑と、いろいろな感情がごちゃ混ぜになって、ルカーシュ殿下の言葉を飲み込むのに精一杯。
そして、今はそんな場合ではないと思いつつも、初めて見る種類の魔法道具に心が弾んでしまう。もしかして、王城に行けば“お母様”のことだけではなく『世界から魔法が消えた秘密』までわかるかもしれない。
そんなことを考えている間に、クライド様とミア様が船に乗り込んでいく。
「へえ。風が気持ちいいな。星が近くて、女の子を口説くのにもってこいじゃない?」
「……誰かお金持ちの殿方に口説かれたいですね」
「お。ミア嬢、元気になった?」
「別に、最初から普通ですわよ?」
ミア様、着いてきてくれるんだ……。
ほっとしたところで、レイナルド様が私に手を差し出してくる。
「フィーネ。乗れる?」
「はい、もちろんです……!」
レイナルド様の手を取り、私は夜空に浮かぶ船に乗ったのだった。