32.空に浮かぶ王国
レイナルド様が私を婚約者だと紹介したことで、ルカーシュ殿下の私を見る目がさらに変わってしまった気がします……!
それに、「フィオナ王女」って何なのだろう。私は「フィオナ・アナスタシア・スウィントン」でしかなくて。
仮に、“お母様”がなにやら特別な存在だったらしい『シルヴィア王女』だったとしても、私は王女ではない。
アルヴェール王国の魔法伯家に生まれて、今は家が没落して親戚筋の名前を借りて王宮勤めをしている一人の薬草園メイドであり見習い錬金術師なのに……?
そして、気になることがもう一つ。それはミア様のご様子。私が本当の名前を明かした瞬間に声にならない悲鳴をあげてから、一言も話していない気がする。
あのミア様がこの塔の階段を上るのに文句を言わないはずがないのに、何も言わず、ずっと大人しいままなのだ。
「ミア嬢、具合でも悪い? 部屋に戻ってたら?」
「いいです! 私も行きますから。気にしないでください」
時折クライド様がこんな感じで声をかけてくださっているけれど、ずっと元気がなくて。私のせいかもしれない……。
さっき、あっさり本当の名前を明かしたのは、ルカーシュ殿下から必要な情報を聞き出したいという気持ちが大きかったから。
一年以上を一緒に過ごしてきて……きっと、私が誰なのかはミア様にとってたいしたことではない気がしていた。だから、明かしたのだけれど読み間違っていたみたい。
夜になったら部屋でお話ししよう、と思っていたのに、この塔に案内されてしまったため、まだミア様と『王立アカデミー』や『フィオナ』についてお話しできていなかった。
考え込みかけたところで、エレベーターの扉が開いた。
「皆さん、ここからはこの魔法道具でさらに上階へとまいります。お乗りください」
初めてのことに胸が弾むけれど、ミア様のことはやっぱり引っかかる。足が重いな、と思えば、私よりも先にエレベーターに乗り込んだ人物に目を瞠る。
「早く行きましょうよ。この先が気になるんでしょう?」
ミア様だった。
目を合わせてはくれないけれど、しっかり奥に乗り込んでいる。いつもなら「こんな意味不明の魔法道具に乗るとか本気?」ぐらいは言いそうなのに、びっくりです。
「ミア嬢もこの魔法道具が気になっているんですね。アルヴェール王国の宮廷錬金術師の皆さんは研究熱心だ」
この空気を察していないルカーシュ殿下だけが穏やかに仰い、エレベーターを起動させるスイッチに手をかける。カシャンと音がしてレバーが押し込まれた後、一気に魔力が増幅される気配がする。わぁ、すごい……!
不思議な浮遊感に包まれて数十秒ほど。エレベーターの扉が開くと、そこは塔の一番上だった。
とんでもなく高い場所に来てしまったことを直感する。その証拠に、私の視線の先には星が光る夜空しか見えなかった。
「ここは何だ……?」
「リトゥス王国の要となる場所です。先ほど、皆様がいらっしゃった王城は仮の姿。本当のリトゥス王国はこの先にあります」
怪訝そうなレイナルド様とそれに答えながら歩くルカーシュ殿下に続いて、エレベーターを降りる。
塔の最上階は思ったよりも広くて、石畳の床が広がっていた。頭上には空。ちょっとしたお庭のような雰囲気だけれど、どう考えてもおかしいものがあった。
「あの……あ、あれは何でしょうか……!? 」
塔の端、これ以上行ったら下に落ちてしまうという場所に、船がある。しかもその半分は空にせり出しているような形だ。
どう考えても、塔のてっぺんにこんなものがあって下に落ちずにこの状態を保てていることがおかしいです……!
ルカーシュ殿下は、慌てている私を見て楽しそうに笑う。
「この船は、空を移動する特別な乗り物なんですよ。よく見てください。この空の中に、王城があるのを」
「……!?」
えっ……!?
信じられない言葉に、塔の窓に手をかけてその先を見てみる。すると、ひときわ大きな雲の上に、普通なら空にあるはずがないものの影が見えた。
それは、今朝私たちが不思議な気分になりながら訪れたリトゥス王国の王城よりも、ずっと大きくて華やかな――お城、だった。