29.スウィントン魔法伯家の娘
「……婚約者。こちらのフィーネ様がでしょうか? それは大変な失礼を。まさか、こんな遠いところまで婚約者をお連れになるとは思いませんでしたので」
「察しているからこその特別扱いだと思っていた。まさか、そのほかの目的だと思われていたとは。不快でしかないな」
「お詫びを申し上げます」
慇懃に頭を下げたルカーシュ殿下だったけれど、レイナルド様はそれを見ても厳しい口調を緩めることはない。
「彼女は私の婚約者であり、稀な才能を持つ我が国になくてはならない宮廷錬金術師だ。今後の国家間の関係を盾にされたとしても、研究対象としてリトゥス王国においていくことはない」
「おっしゃることはごもっともでございます。――フィーネ様。とんだご無礼を。どうかお許しくださいませ」
ルカーシュ殿下が私に向き直り、謝罪をしてくる。『外見を愛でるための遊び相手』だと思っていた相手が『王太子の婚約者』だったのだから慌ててしまう気持ちはわからなくもない。
でも、そもそも私はレイナルド様の婚約者ではなくて……! 否定したい気持ちでいっぱいだけれど、今はそういう場合ではないのも痛いほどわかっていた。
レイナルド様がせっかく作ってくれた好機なんだもの。絶対にミア様を置いていくのは嫌。だから、魔法道具やポーションを生成したのも私だと理解してもらわないといけないと思う。
レイナルド様が説明はしてくれたけれど、私はバスケットから予備用に持ってきていたフラスコを取り出した。そこに、元となる石と魔力空気清浄機用の魔石をつくるのに必要な素材を入れた。
私が突然錬金術を扱いはじめたので、ルカーシュ殿下は不思議そうに首を傾げる。
「フィーネ様、何をなさるのでしょうか?」
「先ほどレシピを売ってほしいと仰っていた、魔力空気清浄機のポイントになる魔石を生成します。素材は見ての通りです。ここに魔力を注いでいきます。コツは純度を高めることだと思います。生成する時点で複雑な効果は付与しません」
そうして魔力を注ぐと、フラスコの中は細かな光で埋め尽くされていく。真ん中に転がっている石が透き通ったと思ったら、みるみるうちに翡翠色を帯びていく。
コン、と音がして魔石がフラスコの底に落ちた。光を帯びた翡翠色の魔石の完成だった。
それを手のひらに取り出した私は、ルカーシュ殿下に問いかける。
「こ、ここに鑑定スキルをお持ちのお方はいらっしゃいますか?」
「いいえ。……今日ここにはおりません」
ルカーシュ殿下の答えを聞いたレイナルド様が前に進み出る。
「では私が。鑑定スキルを持っている」
「……それは」
俄かに目を見開いたルカーシュ殿下が、レイナルド様に頷きを返した。鑑定スキルを持つ人間はとてもめずらしい。しかも、それが王族となると本当に稀なことになる。レイナルド様って本当にすごい人だと思います……!
あらためて感心する私の前、レイナルド様は魔石を摘んでじっと見た後、鑑定結果を言い渡す。
「純度100、風の魔力を帯びた魔石だ。浄化10、魔力含有値10。繰り返し使われる魔法道具に適性がある、非常に質の高いものだ」
「純度100」
レイナルド様の言葉を繰り返したルカーシュ殿下の声がうわずったのを聞いて、お腹に力を込める。誰かに頼るのではなく、しっかり自分で話さないといけないと思ったから。
「ルカーシュ殿下、これで私がこの魔法道具を開発したとおわかりいただけましたでしょうか。……道中でお見せしたポーションも、ミア様のものではありましたが、生成したのは私でした」
「なんと美しい魔石でしょうか。……こんなに綺麗なものを見たことがありません。どうして下界の人間のあなたがこれほどのものを」
また『下界』という言葉を聞いてしまって、違和感に包まれる。
けれど、ルカーシュ殿下の言葉からは「リトゥス王国にはこの魔石を作れる人間がいる」
という事実が推測できた。うまくやれば、きっと誰も残らなくてすむはず……!
私は顔を上げた。お伺いするなら、今しかないと思ったから。
「……私のフィーネという名前は……アルヴェール王国の王宮へ仕える上での仮の名前です。本当の名前は――フィオナ・アナスタシア・スウィントンと申します」
「フィオナ……スウィントン?」
私の名前を反芻したルカーシュ殿下の目が眇められた。明らかに何かを知っていそうな反応に鼓動が高まる。
「私はアルヴェール王国にかつて存在したスウィントン魔法伯家の娘です。このような外見をしておりますが、体が弱く早くに亡くなった母は私と同じ髪と瞳の色を持っていたと言います。その母の名前は“シルヴィア”と言うそうです」
「なんですって?」
お兄様に聞いていた“お母様”の名前を出すと、ルカーシュ殿下は顔色を変えた。と同時に、私の隣でガチャンと音がした。見ると、生成したばかりの魔力空気清浄機が床に転がっている。
「えっ……っ!?」
空気ばかりが漏れ出る、声にならない声。
――ミア様だった。