28.晩餐会の夜④
「えっと、でも?」
本格的に困り始めたミア様を見て、私は唇を噛む。
もともとこうなってしまったのは、湖を渡った翌日にミア様が『特別なポーションを作ったのは自分だ』と言い出したのを止めなかったせい。
その理由は、リトゥス王国に入って自由に動けなくなるのを恐れたから。言い出したのはミア様ではあるけれど、私にもメリットが大きかったので喜んで見守ってしまった。
それが、まさかこんなことになるなんて。疲れていても憎まれ口を叩きながら図書館に付き合ってくださったミア様。特別な使節団に入りながらも、そこで結婚相手を見つけようとするたくましいミア様。私を『錬金術オタク』だと言いながらも、サポートしてくれるようになったミア様。
前に、アレルギーの発作を起こしたミア様に『特効薬』の名前で流通する上級ポーションを飲んでいただいたことがある。あのときは、『王立アカデミーでフィオナの立場を奪おうとした』ミア様への気持ちはよくわからなくて。
とにかく体調を治してもらいたくて、無我夢中で、必死だった。でも今は。きちんと友人だと言える……と思う。
何としても、ルカーシュ殿下に渡したくないです……!
リトゥス王国の方々は『魔力空気清浄機』へ驚くほど興味を示していらっしゃった。それなら、このレシピと魔石の作り方を置いていくことがこの交渉の落とし所になる気がする。
私はルカーシュ殿下に向き直り、ゆっくり息を吐いてから伝える。
「殿下。この魔法道具に使われている魔石を生成したのは私です。ミア様は最後に生成を行ってくださっただけです」
「そ、そうですの! この国に残ってもあんまりお役には立ちませんわ!」
ミア様も大きな声で援護射撃をしてくださる。玉の輿ではなく、研究対象として一人だけ残されるのは嫌ですよね……!
ルカーシュ殿下は『魔力空気清浄機』、私、ミア様を順番に見てから怪訝そうな目を向けてくる。
「……本当に? もしかして、道中の特別なポーションの生成者もそうなのでしょうか?」
「はい。私が作りました」
「なぜ嘘を?」
「…………」
さすがにミア様の婚活に協力するためとは言えなくて、言葉に詰まってしまう。すると、ルカーシュ殿下は憐れむように微笑んだ。
「あなたは、ミア嬢を庇っているのではないですか?」
「え?」
「ミア嬢のようにただの錬金術師なら、この使節団からひとり切り離しておいていくという判断がなされるかもしれません。だが、あなたは違うでしょう?」
「……」
言葉の意味を理解するのに少し時間がかかってしまった私に、ルカーシュ殿下は意味深に微笑んだ。
「アルヴェール王国では珍しい外見を持つあなたは、王族の皆さんがそばに置いておきたい特別な存在だ。あなたを私が引き留めようとしても、アルヴェール王国が許さない。それを見越して、ミア嬢を庇っているんですね」
まさか、自分で作ったと明かしても信じてもらえないなんて想像していなかった。そういえば、私はずっとルカーシュ殿下にずっと頼りないと思われていたような……。
それは置いておいても、まるで私を鑑賞用とでも言うような表現に、どろりとした冷たい感情が胸を流れた。こんな風に言われたのは初めてのことだったから。
きっと、リトゥス王国の王族の方は自分たちの見た目に特別な意識を持っているのだと思う。同じ色を持ちながらも瞳の中に光がない私のことを、紛い物ぐらいにしか思っていないのが伝わってきて、戸惑ってしまう。
ミア様は私を「恋人と勘違いされているみたい」と言っていたけれど、違った。愛玩用の人間として側に置かれていると見られていたんだ。
初対面のときに私の外見に興味を示したルカーシュ殿下があっさり引き下がったのも、そのせいなのだと思う。レイナルド様が特別に気にかけているように見えたから、気を遣われたということ……。
でも、こんなことで困惑している場合ではない。なんとか円満にミア様が一緒に帰れるようにしないと……!
空気を変えるきっかけを作ってくださったのはレイナルド様だった。
「彼女は私の婚約者だ。その彼女を侮辱することは私を侮辱していることにもなるんだが、その認識は?」
……はい?
とんでもない言葉なのに、あまりにも王子様っぽくきっぱりと言い切っていらっしゃるので、あれっそうだったかなって思ってしまった。ううん、絶対に違うのだけれど。
とにかく、予想もしなかった方向の話題にぽかんと口を開けた私の視界に映ったのは、完璧な王太子殿下の笑みを浮かべたレイナルド様。
――けれど、瞳はものすごく怒っているように見えた。