27.晩餐会の夜③
ミア様が瓶を開けてすぐ、近くのテーブルに座っていた騎士の人がゴホゴホと咳をし始めた。すかさず、ミア様は『魔力空気清浄機』の起動スイッチを入れてそのテーブルに置く。
本当は私が自分の体にこの『簡単な毒』を使うべきだった。
けれど、生成してすぐに検証をしたいとミア様に相談したとき『魔法道具を作った私たちの体で効果を実験しても説得力がないわよ?』と言われてしまった。
確かにそれはその通りで。それに、私が準備した毒はごく弱いもので、綺麗な空気に触れると分解される。『魔力空気清浄機』が正常に作動すれば一瞬で咳が消えるはずだったため、居合わせた方に実験台になっていただきました。申し訳ないです……!
もちろん、万一の時のために上級ポーションも準備しました……!
けれど私たちの狙い通り、ものの数秒で咳はおさまり、同じテーブルについている皆さんには異常は現れなかった。よかったです。
「……すごい」
どこからともなく声が上がる。それは次第に拍手が混ざり、最後は拍手喝采になった。まさか『魔力空気清浄機』がこんなに反響を呼ぶとは思っていなかったので、驚いてしまう。
「まさか、こんなに反響があるなんて……っ」
「本当よね。この反応なら玉の輿に乗れるかしら」
ミア様の言い方が本気すぎて冗談に聞こえません!
でももしかして、リトゥス王国も季節性の風邪の流行で困ることがあったりするのかな。
そんなことを考えていると、じっと見守っていたルカーシュ殿下が興奮した様子でミア様に駆け寄ってくる。
「素晴らしい魔法道具ですね。我が国では、国民の健康問題が長年の問題になっていまして。これは、非常に有益な研究結果になりそうだ。ぜひ、この『魔力空気清浄機』のレシピを売っていただきたい」
いきなりのレシピを売ってほしいという申し出に、戸惑った。どう考えてもリトゥス王国はアルヴェール王国よりも錬金術が進んでいるはずなのに。私の疑問に答えるように、ルカーシュ殿下は教えてくださる。
「我が国では国民の体調不良に応えるため、高品質なポーションがたくさん流通しています。その分、環境を整える方の開発に手が回っていないのです」
「あの……なっ、長年悩まされている国民の健康問題とは……?」
「そこまで大袈裟なものではないのですがね」
私の問いに、ルカーシュ殿下は真意がわからない笑顔ではぐらかす。
それを見た瞬間、“お母様”がずっとポーションを飲み続けていたという話や、古い手記に残されていた『×』が描かれた絵が思い浮かんだ。やっぱり、何か関係あるのではないのかな……。
けれど、レシピを売ってほしいというルカーシュ殿下の申し出にはどう答えよう。レシピがあっても魔石がないとこの魔法道具は完成しない。
しかも、これも『空飛ぶ板』と同じように、私が生成する純度100の魔石に効果を頼ってしまっているところがあるのだ。リトゥス王国の方なら、レシピをお教えすれば同じように魔石を生成して加工できるかもしれない。
そんなことを考えているうちに、私の隣で舞い上がっていたミア様がルカーシュ殿下に進言した。
「この魔法道具は、設計図よりも魔石の方が特別なんですの。アルヴェール王国ではその魔石のレシピは誰にも教えていなくって……ていうのか普通の人にはできないのアレ?」
「! ミ……ミア様!」
話しすぎていることに気がついてミア様をあわてて制止したけれど、もう遅かった。
「……レシピを流通させているのに、魔石の生成や加工方法は秘密なのですか」
ルカーシュ殿下からの問いに、私は目を泳がせた。
「秘密というわけではなく……その、少し難しいので不良品にならないようこちらで完成したものを流通させました」
「なるほど」
リトゥス王国とは正式な国交がない。手に入れたいものに対してどんな対応をしてくる国なのかわかっていない以上、そつなく型通りに対応するべきだと思う。
さっきまで穏やかだったルカーシュ殿下の目が鋭くなった気がする。
これはただの勘に過ぎないのだけれど……なぜかすごく嫌な予感がする。けれど、私の気持ちとは反対にルカーシュ殿下はミア様に話しかける
「……その特別な魔石を作れるのはミア嬢、あなたなんですね?」
「あ……っ、ハイ! 宮廷錬金術師ですからもちろん」
「素晴らしい。あなたにはもっと詳しく話が聞きたいですね。この後お時間をいただけますか? ぜひ、この国への滞在を延長していただいてもっとお話がしたい」
「まぁ私が……!」
もともと玉の輿志望のミア様は瞳を輝かせた。
でも、私は素直に喜べない。
一見、ルカーシュ殿下の申し出はミア様の意に沿ったもののように思えるけれど、穏やかに優しく話しているように見えて、その内容はこちらの判断を狭めるものにしか思えなかったから。
今回の使節団の目的は、いつか国交を持てるようにするための足場づくり。お互いの国の間に条約を結べるほど信頼関係はない。そんなところに、ミア様を置いていくわけにはいかないと思う。
それに、この国にはどうしても違和感がある。誰もいない図書館のピカピカの本。城塞都市なのに、アルヴェール王国の王都とほとんど変わらない街並み。――今になって思えば、まるで、『一般的な街』を模倣して作ったようにさえ感じる。
まだ到着したばかりなのにこうなのだから、一人でここに残ることはよくない気がした。
私と同じ考えに行き着いたらしいレイナルド様が、ルカーシュ殿下の申し出が冗談ではないことを確認していらっしゃる。
「まさか本当に彼女をここに留めるつもりか。ミア嬢は錬金術師である前に我が国の国民だ。そう簡単に許可を出すわけにはいかない」
「外とほとんど関わりを持たない我が国が、どうやって他国の知識や技術を取り入れ進化してきたか予測がつかないわけではないでしょう。……外からお招きした方を一時的に留めおくことが一番の方法なんです。もちろん、そんなに長期間お借りするわけではありませんよ」
レイナルド様とルカーシュ殿下の緊張感張り詰めるやり取りから状況を把握したらしいミア様のお顔が少し青くなった。そうして小声で聞いてくる。
「ねえ。玉の輿とかの話じゃないのこれ?」
「少なくとも、今の会話を聞く限りここに残っても玉の輿には乗れないかと……」
「!? あんたはっきり言いすぎよ。それなら残らない。錬金術師としては見習いなのはきっとすぐにバレると思うし」
「……」
ミア様が『残らない』と言えば済む話ならまだいい。問題は、そうでない場合のことで。余興が終わった大広間には、いつの間にかさっきまでの賑やかさが戻っていた。
皆は余興が終わったので和やかに歓談に戻りはじめていて、ピリピリとした空気が漂っているのはこの高座の周辺だけ。それも、真剣さを理解しているのはレイナルド様とクライド様、ミア様ぐらいしかいないように思える。
ルカーシュ殿下がミア様に手を伸ばす。
「ミア嬢。今からでも、この城の中を案内しましょう。あなたは我が国にふさわしい技術を持っている。ぜひ、力を貸していただきたい」
(以下、別作品についてのおしらせです)
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