26.晩餐会の夜②
「アルヴェール王国、アドラム男爵が娘、ミアと申します。ただいまより、この冬アルヴェール王国を冬風邪の流行から救った『魔力空気清浄機』の生成をご覧いただきます」
自分で仰るだけあって、ミア様は本当にさすがだと思う。スラスラと自己紹介をして、滞ることなく手順通りに生成を進めていく。
この余興の主役はミア様だから、私の役割は素材を取り出して渡し、見守るだけ。それなのに、手が震えている自分が情けなくてこぶしをぎゅっと握る。
「これが『魔力空気清浄機』の設計図です。我が国のレイナルド殿下のほか、私とそこの助手も研究に加わって書き上げたものです。尚、この魔法道具に使うレシピはアルヴェール王国内で流通しているものですので、ある程度のレベル以上の錬金術師なら問題なく生成が可能です」
ミア様が微笑んで説明すると、大広間にはどよめきが起こった。アルヴェール王国から来ている使節団の人たちにとっては当たり前のことなので、リトゥス王国側の方々が驚いたのだと思う。
ルカーシュ殿下は『空飛ぶ板』を褒めてくださったけれど、ほかの皆さんにとって、アルヴェール王国は錬金術においてリトゥス王国よりも遅れている存在でしかない。
「どうしてそんなことを」
「宮廷錬金術師が開発したレシピを、十分な利益をあげる前に一般に流通させるなんて」
そんな声が上がる。皆さんの質問はもっともなことだった。
そこで、挙手をしてくださったのはレイナルド様だった。
「この魔法道具は、人の命を守るものだ。自分の技術や研究結果を無償で提供し、誰かの大切な人を救いたいという、とある錬金術師の願いのもとに生まれた」
「なるほど。アルヴェール王国には、素晴らしいお考えをお持ちの錬金術師がいらっしゃるようだ。うらやましいです」
表情が読めない笑顔でにこやかに口を挟んだルカーシュ殿下に、レイナルド様は笑みを返す。
「もとは、そういう考えを授けてくれた人を救うためのものだったのかもしれないな。自分だけでなく誰かのための研究は素晴らしい結果をもたらす」
「…………」
ルカーシュ殿下が言葉に詰まると、さっきまでの、錬金術においては明らかに格下の国を冷やかすような微妙な空気が消えていく。良いものや考えを素直に肯定する雰囲気は、錬金術師独特のもので。ここの方々は、本当に錬金術がお好きな人が多いのだとわかる。
同時に、レイナルド様の言葉で記憶の中のお父様とお母様が蘇り、鼻の奥がツンとした。私の考えに共感して、後押しをしてくださる人の存在がうれしい。
「ではこれから魔力を注ぎまぁす」
作業台の上に設計図と砂を置いたミア様は魔力を込める。
瞬時に砂が巻き上がって、ぐるぐると竜巻のような形をつくる。魔力と砂が反応し、キラキラ輝いてとてもきれい……!
ミア様は宮廷錬金術師としては普通だけれど、魔力量は多い方だ。それは小さな『魔力空気清浄機』の生成には十分なもので、むしろ魔力が多めに出ていることで生成が幻想的に見えた。
「綺麗だな」
「アルヴェール王国の錬金術も大したものだ」
どこからかそんな声が聞こえてくる中、四角い形をした『魔力空気清浄機』が出来上がった。
「し、仕上げに、魔石をっ……入れます」
声がひっくり返ってしまって真っ赤になりながら、私は辞書のようにも見えるその箱の上部を開けて、この魔法道具の要でもある魔石を入れた。
砂と設計図は誰でも準備できるけれど、この魔石だけはどうしても難しくてレシピを流通させていない。
去年は『指定された素材さえ集めれば誰でも生成できる魔力空気清浄機』だったけれど、今年は『誰でも一から生成できる』に改良できたらいいな。
ともあれ、『魔力空気清浄機』は無事に完成したのだった。
そして、今日のパフォーマンスはここからが見どころでもある。私はバスケットからビンを取り出すと、ミア様に手渡す。ミア様は微笑んでその瓶の蓋を開けた。
「せっかく完成しましたので、効果を確認したいと思いまぁす。見ていてくださいね」
これは、さっきお借りしたアトリエで生成した『簡単な毒』だ。摂取すると数秒以内に風邪のような反応を引き起こすけれど、命に関わることはない。
この魔法道具の効果を示すのにぴったりだった。