25.晩餐会の夜①
それから数時間後、私とミア様は呼びにきてくださった女官の方の案内で宴が行われる大広間へと向かった。
アルヴェール王国でパーティーや宴というと、王宮の大広間で開かれる夜会を指すことが多い。けれど、リトゥス王国では違うみたいだった。
会場は大広間だけれど、豪奢な長テーブルがずらりと並ぶ光景はものすごく壮観で。宴の会場に到着した私は、思わずぽかんと口を開けてしまう。
「立食形式の夜会なのかと思いましたが、晩餐会なのですね……」
「はい。ミア様とフィーネ様には合図の後で、第二王子殿下がお座りになっている中央高座のテーブル前にご移動いただきます。そこで余興を」
「かっ……かしこまりました」
女官さんの説明に声が震えた。返事をしなかったミア様をちらりとみてみる。少しだけ顔を引き攣らせているけれど、意外なことにそこまで動揺はしていないみたい。
「フン。見てなさいよ? 完璧なパフォーマンスをしてルカーシュ殿下のお目に留まるんだから!」
「あの……ま、マックス様はどうなさるのですか?」
「ルカーシュ殿下が落ちなかったときの保険よ」
「……」
ミア様の玉の輿を実現させるためにも錬金術の成功を祈りつつ、席に着く。
大丈夫。商業ギルドを通じてレシピを流通させ、この冬は多くの錬金術師が生成した『魔力空気清浄機』だもの。素材も設計図も完璧なものを準備したし、失敗することなんてないはず。
大広間ではワインやシードルが配られ、テーブルの上にはチーズや前菜が並んでいる。格調高い雰囲気のお皿に、ぴかぴかに磨き上げられた銀食器。こんな本格的な晩餐会に招待されるのは初めてで、新鮮です……!
少しして、ルカーシュ殿下のエスコートでレイナルド様が入場してくるのが見えた。会場内にわっと拍手が起こり、管弦楽の演奏がはじまる。
長い宴の時間の、始まりだった。
ルカーシュ殿下の挨拶で始まった晩餐会は賑やかだけれどとてもお行儀の良いものだった。私たちに準備された席の周りは、アルヴェール王国の使節団の人々ばかり。慣れない場に緊張して足が震えそうだったけれど、ほんの少し落ち着く。
「今回の遠征、宮廷錬金術師工房で作られたあの板がすごく役に立ってるよ」
「荷物を自力で運ぶ必要がないから、体力を温存できたよな」
「あと、すごい味のポーションも評判だよ」
「……あ、ありがとうございます……!」
すごい味のポーションに関しては本当に申し訳ないです。
旅をするようになって三週間と少し。使節団の皆様とはだんだん打ち解けて、慣れないながらも他愛ない話ができるようになってきた。
普段は工房や薬草園にこもって仕事をしている私は、自分が作ったものがどんなふうに役立っているのかやどんな感想を持たれているのか、全然直に触れることがなくて。
食事をしながら皆さんの意見を聞くというありがたい機会に恵まれて、とても幸せだと思う。ミア様が間に入ってくれていることも、なにより心強かった。
アカデミー時代の『フィオナ』はうまく関係を築けなかったけれど、今はびっくりするほど皆様とお話ができる。もちろん、ミア様自体とも。
そうしている間に、私とミア様のところには女官さんがやってきて肩をとんとんと叩き、教えてくださる。
「まもなく、余興のお時間になります。ご準備いただいてもよろしいでしょうか」
「はっ……はい……!」
私とミア様は素材の入ったバスケットを持ち、中央の高座まで移動した。
すぐ側の主賓席ではレイナルド様やクライド様がルカーシュ殿下とにこやかに歓談をされていて、私たちが近くに来たことに気がついて、軽く手を振ってくださる。
礼で応じようと思ったのだけれど、体がうまく動かない。今さら緊張してきてしまったみたいです……!
考えてみたら、私はこんなにたくさんの人の前に出るのははじめてのことで。一年前だったら、間違いなく気絶していたと思う。どうしよう。息を吸って、ゆっくり吐く。吐く。吐く……。
そんな私の様子をレイナルド様は心配そうに見ていらっしゃる。あまりにも頼りない姿に不安になったのか、立ち上がろうとしているのが見えた。
人前に出るのに、自国の王太子殿下に助けていただかないといけないなんて恥ずかしすぎる。そう思って、何とか顔を上げて前を向く。ミア様は、挙動不審な私の様子に気がついたらしい。
「アンタ、何やってんのよ?」
「その、深呼吸を」
「吐きすぎよ? それ以上吐いたら気絶するわよ」
「申し訳ありま」
「バカじゃないの? 謝るんじゃないわよ、全く」
ミア様は不機嫌そうに睨んで続けた。
「アンタはこういう場面が苦手なんでしょ。知ってるわ。華やかに皆から羨望の眼差しを集めるのは、私に任せておきなさいよ」
「ミア様……」
こ、心強いです……!
やっと息ができるようになってきたところで、ルカーシュ殿下が晩餐会の会場内に私たちを紹介する。
「皆さん。これから余興をお楽しみいただきましょう。これからご紹介するのは、アルヴェール王国からお越しいただいた優秀な錬金術師のミア嬢とフィーネ嬢です」
私たちは言葉のままにぺこりと頭を下げた。会場内に拍手が湧き上がり、温かい空気にホッとする。
「これから、彼女たちの錬金術をご覧いただきます。リトゥス王国は錬金術が盛んな国であり、他国の追随を許しません。ですが、下界ではどんな風に技術が進化しているのか興味があります」
「……」
「なんか、感じ悪くない? 言い方に棘があるっていうか」
ルカーシュ殿下の言葉は確かに本当のことで。
ミア様は『下界』をそのまま……侮辱に近い言葉に取ったようだったけれど、ルカーシュ殿下の言い方はあまりにもさらりとしていて自然だったので、何か他の意味があるのではないかと思ってしまう。
けれど、そういう違和感のことをお話しするのはこの晩餐会を無事に終えてからだ。私は“お母様”の手がかりを探しにリトゥス王国へ来たけれど、それ以前に工房の代表でもある。
ローナさんの顔を潰すようなことは、絶対にしたくなかった。