21.意外な依頼
「ここがリトゥス王国の王都……!」
石造りの巨大な外壁を前に、私は目を瞬く。
「リトゥス王国の王都は城塞都市だと聞いていたが……これは見事だ」
「はい。あの手記にあったものと同じです」
「フィーネ、魔力の気配を感じない?」
「いいえ。残念ですが普通です……あっ、レイナルド様は鑑定スキルでこの城門の中を見られないでしょうか……!」
「鑑定スキルは透視とは違うんだ。ごめん」
「あっ……私こそ、早く中を知りたすぎて、ついわかりきったことをお聞きしてしまいました……!」
苦笑するレイナルド様に向かい、私はあわあわと頭を下げた。
憧れの国を前にすっかり舞い上がっている私とレイナルド様の会話がおかしいのはわかる。クライド様が笑いながら私たちを見ていて、ミア様が遠くに見えたマックスさんに手を振っているのもわかる。
けれど、ドキドキが抑えきれません……! この先には一体どんな街が広がっているのかな。期待に胸を膨らませて門が開くのをじっと待つ。
ギギギ……と巨大な扉が開いて、見えてきたのは意外にも普通の街の光景だった。
堅牢な門の中には、アルヴェール王国の王都ユーリスと変わらない景色が広がっている。
よくある栄えている街の、よくある街並み。商店にレストラン、カフェ、技術者たちの工房。それらが、至って普通に平凡に並んでいる。
錬金術を扱う工房のようなものも見えたけれど、ショーウィンドーに陳列されているのは平凡な魔石や一般的な魔法道具ばかり。もちろん、魔法書のお店なんてない。
あれ……?
魔法が残っている可能性があるという噂だったから、肩透かしを食ったような気分で。ついさっきまで私と一緒にはしゃいでいたレイナルド様も同じみたいだった。
「これは……想像していたのと違うよね」
「はい。もしかして、裏路地に入れば魔法書のお店があったりするのでしょうか」
「フィーネ、だめ。裏路地は危ない」
慌てたようにレイナルド様に突っ込まれて、私は我に返った。そうでした……! 初めての街でとんでもないことを考えてしまったことを反省しつつ、落胆を隠しきれない。
やっぱりこの世界から魔法は消えてしまったのかな。でもそうなると、私だけが魔法を使えるのはどうして……?
悶々としながら王都の街を歩いた私たちは、王城に辿り着いていた。
王城も、こぢんまりとしているという印象を除けばアルヴェール王国と同じもので。案内された回廊でレイナルド様と一緒にぽかんと周囲を見回していると、ルカーシュ殿下が話しかけてくる。
「レイナルド殿下。改めまして、私はリトゥス王国の第二王子、ルカーシュ・バルトゥシュクと言います。ここまでの長旅、お疲れ様でした。今夜は宴の準備をしてあります。まずは客間にご案内しましょう。体を休めてから、どうぞ宴をお楽しみくださいませ」
「ありがとう」
「フィーネ様、ミア嬢はじめ女性の皆様にもお部屋を準備しております。こちらです」
ルカーシュさんが手で示した先には、数人の女官がたおやかに微笑んでいた。ここから宴が始まるまでは、レイナルド様やクライド様とは別行動になるのだろう。
「ありがとうございます」
礼で応じた私だったけれど、ルカーシュ殿下には意外なことを言われてしまった。
「ご相談なのですが、ミア嬢には宴で錬金術をご披露いただけないでしょうか」
「え?」
隣でミア様が思いっきり顔を引き攣らせている。けれどルカーシュ殿下は爽やかだ。
「我が国は、錬金術を宴の余興として楽しむという文化があります。簡単なもので結構ですので、何か生成を」
「わっ……私がですの? どっ……どうしましょうかしらねえ、フィーネさん?」
ミア様にびしびしと肘でつつかれる。痛いです。
でも、宴の余興に錬金術が選ばれることがあるなんて、なんて素敵なんだろう。確かに、砂が巻き上がってキラキラと光る光景はとっても綺麗ですよね……!
って違うそうではなかったです。
ルカーシュ殿下がミア様に興味を持たれているのは、きっと私の責任だ。そして、レイナルド様はクライド様と一緒にいろいろな方々に囲まれていて、助けを求められない。ここは私が自分で乗り越えないと……!
「せ……生成するときに砂が巻き上がる様子は私も大好きでございます。こちらのミアはアルヴェール王国の宮廷錬金術師工房から代表でまいりました。同じ工房で働くものとして、私もお手伝いをさせていただきたく存じます」
お腹に力を入れてルカーシュ殿下に応じれば、なんとか声が震えることはなかった。
「もちろんそれで構いませんよ。これから案内する客室棟には、錬金術に使える工房と図書館があります。もし練習をされるのでしたら、ぜひお使いくださいませ」
「! かしこまりました。お気遣いありがたく存じます」
よかった。どうにかなったみたい。しかも、到着してすぐに図書館に入る許可をいただけるなんて……! きっと、アルヴェール王国にはない本がたくさんある。
街も王城も至って普通のものだったけれど、何ともありがたい許可をいただけたことに心が弾む。
「ではご案内しましょう」
「ありがとうございます」
そうして、私はレイナルド様とクライド様にしばしの別れを告げ、別の棟の客間へと向かったのだった。