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17.リトゥス王国からの使者

 はりきっていたのに、湖を渡るのに半日以上もかかってしまった。砦からはあんなにしっかり見えていた山脈だけれど、それはお天気が良かったおかげみたい。


 自分の役目の合間を見て私たちのところに来てくださったレイナルド様は、日が落ちそうな空を見上げて心配そうにしている。


「今日はここで野宿をすることになるけど……フィーネ、大丈夫?」

「もちろん大丈夫です……!」


 魔法が出てくる物語に、野宿はつきものですから……! と心の中で答えつつ、私はにっこりと微笑んだ。


 なぜなら、いま目の前には、子どもの頃から繰り返し読んでいた魔法の冒険物語の中にあるような光景が広がっている。


 湖から少し離れた、山への入り口にもなる森の前の広場。樹々に吊るされたランタンの灯りが使節団のキャンプ地を明るく照らす中、次々に天幕が張られていく。


 一部では火が焚かれ、簡易型のかまどが準備されて鍋がかけられている。少しずつ漂ってくるお米が炊ける匂い。見るだけでわくわくしてしまう、魔法がある世界の物語の光景だった。


 なぜか目を輝かせている私に、レイナルド様は少し驚いているようだ。


「……フィーネ、何かわくわくしてない? 意外だな」

「あの、魔法が出てくるファンタジー小説が好きで」

「あ、それはわかる。ベンヤミン・ボルストと魔法の国、とか最高だよね」

「……! 私も好きです! 空に浮かぶ魔法の島のお話ですよね。古くに書かれた、おとぎ話に近いお話ですが……魔法の描写がすごくリアルで」


 子どもの頃に夢中になった物語をレイナルド様もお好きだったことを知ってうれしくなってしまう。つい、言葉が止まらなくなりそうだったところで、私たちの間に知らない声が響いた。


「魔法の描写がすごくリアル、とは。面白いことをおっしゃる」


 それは、私たちよりも少し年上ぐらいの青年だった。


 サラサラの金髪に、碧い瞳。身につけている服装は少し異国情緒を感じさせるものの、明らかに高貴な人が着るものだ。後ろにはたくさんのお付きの人たちを従えていて、少し物々しい雰囲気がある。


 この方は……誰……?


 固まった私の前にレイナルド様が進み出るのと同時に、突然話しかけてきた青年は名乗る。


「リトゥス王国から出迎えにまいりました、ルカーシュ・バルトゥシェクと申します」


 にこやかで友好的な雰囲気だけれどどこか近づきがたい空気を纏った彼に、レイナルド様は距離を置いて応じる。


「ルカーシュ殿。アルヴェール王国の使者、レイナルド・クリス・ファルネーゼだ。よろしく」

「アルヴェール王国の王太子、レイナルド殿下ですね。お噂はかねがね」


 レイナルド様は自分の身分を名乗っていないのに、このルカーシュさんはこちらのことをよく知っているみたい。


 それに、このルカーシュ様の外見はリトゥス王国の王族に多いとされる特徴と同じだ。年齢が近いこともあって、ハロルドお兄様と見間違ってしまいそう。……でも、つまりこの方はリトゥス王国の王族ということになる。


 リトゥス王国については、本当に情報がないので、出迎えに来てくれることも聞いていなかった私たちは戸惑うばかり。レイナルド様も同じようだった。


「……出迎えに来ていただけるとは」

「正式な国交はありませんが、非公式には手紙のやり取りをしていますから。今日こちらに渡られるということでしたので、案内をさせていただきます。証拠に、こちらは国王陛下の紋章入りの書簡です」

「理解した。ありがとう、ルカーシュ殿」


 レイナルド様と笑顔で挨拶を終えたルカーシュ様は、なぜか私の方に向き直る。


「……それで、魔法の描写がすごくリアル、とは面白い発言ですね。一体どういう意味でしょうか、お嬢さん?」


 ……お嬢さん、って私のことですよね。いきなり初対面の高貴な人に話しかけられた私は、目を瞬いで、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「……創作された物語のお話にございます。その物語の描写が、私が普段思い描く『魔法』のイメージ通りでしたのでそのように表現を」

「なるほど。二百年も前に消えたと言われている魔法をイメージとして思い描けるとは、想像力が豊かなお方だ。素晴らしい」

「……お言葉、恐悦至極に存じます」


 この前、王立図書館の小さな部屋で王妃陛下に同じ言葉を伝えた。けれど、あのときとは違って心から喜べない。なんだかものすごく嫌な感じがする……。


 ルカーシュ様は優しく微笑んでいて、敵意なんて欠片すらも見えないのに。ルカーシュ様は困惑している私をじっと見つめた後、聞いてくる。


「あなたのその外見は下界では特徴的だと言われませんか?」

「はい、その……貴国の王族の方々がお持ちになるものと同じと知ってはおりますが……」


 緊張して話していたら、息を吸わずに話していたみたいで息苦しくなってきた。言葉に詰まりそうになった私を見かねて、レイナルド様が間に入ってくださる。


「彼女の髪の色も瞳の色も、アルヴェール王国では稀に誕生するれっきとした普通の色だ。特別な意味はない」


「そうですか。大変失礼いたしました。まれにこの特徴的な色を持つ人間が我が国の外に出ることがあるんですよ。私どもは、他国との正式な国交を持っておりませんので、万一外に出られてしまうと探す手立てがありません。もしかしてあなたはそういった者の子孫なのではと思ってしまいました。不快に思われましたら申し訳ございません」


「……いえ、そんな……私はフィーネ・アナ・コートネイと申します。アルヴェール王国では錬金術師見習いとして働いております」

「フィーネさんですか。そんなに怯えなくても大丈夫です。どうぞよろしくお願いいたします」


 ……頼りないと思われてしまったかな……!


 にこやかに挨拶を交わすと、ルカーシュ様は意味深な視線を私から外してくださったのだった。


 でも、ルカーシュ殿下の言葉を総合的に考えると……。過去、リトゥス王国では王国の意図しない形で王族が国外に出るような出来事があったということで。


 そうなると、私の“お母様”はやっぱりリトゥス王国の王族だったのでは、という推測は当たっている可能性があると思う。


 加えて、とある言葉選びが少しだけ引っかかる。さっき、ルカーシュ様はアルヴェール王国のことを『下界』とおっしゃった。リトゥス王国は山の上にあるから……? でもそれだけで『下界』なんて言い方をするかな。


 たくさんの違和感をもとに、私は会話を続けるレイナルド様とルカーシュ殿下に頭を下げ、キャンプ設営のお手伝いへと向かったのだった。


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