16.体力を回復するポーション
アルヴェール王国の辺境の街を抜けた私たちは、その少し先にある砦で一夜を明かした。
翌朝、同じ部屋に泊まっているミア様が朝食のパンを取りに行ってくださっている間に私は認識阻害ポーションを生成し、飲む。
認識阻害ポーションは、私が生成の経験値を積んだことで効く時間が長くなっている。けれど、さすがに永遠に効果が持続するわけではない。
ということで、この旅に入ってからの私は、ミア様と離れるタイミングを狙ってポーションを生成して飲むのが日課になっていた。
「そろそろ、ミア様にも私がフィオナだと話さないと」
できれば、リトゥス王国に到着する前に話してしまいたいのだけれど……。辛い過去を抱えるミア様に私がフィオナだと話したら、トラウマのようなものが蘇ってしまうんじゃないかなと心配で。
現に、前に王立アカデミーのことを回想したらしいミア様は悲痛な表情をされていた。それは、辛いことを思い出したからではなく、かつて自分を追い詰めた養家のお嬢様に『フィオナ』を重ねたことを後悔しているからのようで。
私はもうミア様のことは恨んでいないし、いい友人のようなものだと思っているのだけれど……。
「ほら、アンタの分もパンとカフェラテをもらってきてあげたわよ」
「!」
そんなことを考えたところで、宿舎の扉が開いてミア様が入ってきた。私はあわてて今生成したばかりの余分に作ったポーションの瓶をバッグにしまった。
ちなみに、このバッグも見た目の五倍ぐらいは荷物が入るようになっている魔法道具だ。一般に流通しているものは高級品なのだけれど、今回は国から支給された。自分で作ることもできるけれど、旅が終わったら研究の対象にしたい。ありがたいです……!
「ミア様、ありがとうございます。私もミア様にポーションを生成したので受け取ってください」
「は? 何でポーション?」
「今日からは馬車ではなくて船か徒歩での移動が多くなります。私たちは普段あまり体を動かすことがないので、疲れて動けなくなったら大変ですから。予防に」
「ふーん?」
私は、ミア様に細長い形をした小瓶を取り出して見せた。
これは、体力を回復する目的で作った初級ポーション。でも、あらゆる面において微弱な効果しかない一般的な初級ポーションに比べると全然違うはず。怪我や病気にはあまり効かないけれど、飲むと元気になるように多めの魔力を注いで作ったものだ。
以前、これを初級ポーションと称してお兄様に預けたら、裏ルートで流通に回してくれている商人がスウィントン魔法伯家に血相を変えてかけこんできたような……。
そして、一般の初級ポーションの50倍の価格がついてしまったことを知り、私はこのポーションを売りに出すのをやめた。
それ以来、これは初級ポーションとしては作らなくなった。でも何ポーションとしたらいいのかもわからないので、栄養ドリンクがわりにたまに飲んでいる。
ミア様は首を傾げつつポーションを受け取り、私はミア様からパンとカフェラテを受け取った。焼きたてのパンとあたたかいカフェラテの朝食で一息いれつつ、気を引き締める。
ここからはリトゥス王国の王城がある場所までは一週間ほどかかる。地図で見ると、距離としてはそんなに遠くないのだけれど、水路を挟む上に道が険しいのだ。
リトゥス王国がどの国とも正式に国交を持つことがなく、秘密のヴェールに包まれた国でい続けられる理由はそういうところにあるのだと思う。
タンタンタンタン。石畳の階段を降り、私とミア様は集合場所に向かう。
周囲には同じように集合場所へと向かう使節団の人たちのほかに、この砦を守る騎士がたくさんいらっしゃる。
活気がありながらも、どこか特別な緊張感に包まれている砦から外を見ると、その先には湖が広がっていて、その遥か遠くの対岸上にうっすらと山脈が連なっていた。あの中に、リトゥス王国の王城があるのだ。
不安が三割、ドキドキわくわくした気持ちが七割。山脈を見つめて気持ちを新たにした私は、ミア様にお願いをする。
「ミア様。この後湖を渡ったら、『空飛ぶ板』の出番になります。その時は皆様にお配りするのを手伝っていただいてもよろしいでしょうか……!」
「まぁ……いいけど……私がここに遣わされたのは、アンタの手伝いをしろってことだろうし」
「ありがとうございます……あっ、あの、積荷を運ぶのをお手伝いします……!」
答えつつ、騎士の人たちが荷馬車から大量の『空飛ぶ板』を船に乗せかえ始めたので私もそれに加わったのだった。