14.もう一人の同行者
ぽつりと呟くと、レイナルド様は笑った。
「そうだね。俺もフィーネと一緒にリトゥス王国に行けるのが楽しみだな」
……えっ。
そういえば、すっかり忘れていたけれど、リトゥス王国への使節団に加わるのならレイナルド様と長期間で一緒に旅をすることになる。これまで、一緒にお出かけといえば街に出て食事に行くことぐらいで。
国からの重要な任務を背負いつつだとわかってはいるけれど、ほんの少しだけ気持ちが華やぐ。
「フィーネちゃん。レイナルドが行くってことは俺もだからね」
「クライド様も……?」
「そう。三人で旅行、楽しみだね〜?」
ニコニコ人好きのする笑みを浮かべたクライド様が、りんごのケーキにフォークを入れると、レイナルド様が面倒くさそうにコーヒーを口に運ぶ。
「確かに楽しみだが、お前は邪魔するなよ」
「なにそれ。仲間に入れてよ。冷たすぎん?」
口を尖らせたクライド様をレイナルド様は当然のように無視する。
「工房からはフィーネ一人じゃないんだよね?」
「はっ……はい。ですが、リトゥス王国に行くとなると、少なくとも二ヶ月間は王宮を空けることになります。工房もそこまで余裕があるわけではないので、行かせられてもあと一人だと」
そういえば、と私は今日ローナさんに言われたことを思い出して考えを巡らせた。
確かに工房は暇ではない。日によっては残業をしても終わらないほど忙しくなることもある。難しいポーションを王族や貴族に渡しても問題ないクオリティで生成できるのは経験を積んだ『宮廷錬金術師』なのだ。
けれど、リトゥス王国への使節団に同行希望を出しているのもそういう人たちになる。私のような見習いは、毎日の工房で学べることに精一杯で夢中だから。
最近は私も工房では上級ポーションの生成を任されることがあるから、宮廷錬金術師の皆さんと同じカウントをしてもらった気がする。となると、あと一人はどうなるのかな。
リトゥス王国への訪問の話に色めき立つ私たちだったけれど、ミア様は澄ましてため息をつく。
「……三人とも、旅行ではしゃぐなんて子どもですね。……で、あんたそのケーキいらないならちょうだいよ」
「えっ!? 待って……まだメモが」
「モタモタしてる方が悪いのよ!」
「あっ……待ってくださいっ……!?」
ミア様から死守して一口だけ食べたケーキは、こんがり焼けた見た目とは全然違って、中身のリンゴにしゃきしゃきした食感が残っていた。クッキー生地のタルト台にチーズクリームが意外な組み合わせだったけれど、りんごの甘酸っぱさと相性がいい。
見た目と全然違うお菓子を前に、このりんごのケーキはミア様みたいだなって思った。
◇
二ヶ月後。すっかり夏になったアルヴェール王国の王都ユーリスでは、リトゥス王国への出発式典が行われていた。
王宮前、国民が集うために造られた、だだっ広い広場に国王陛下の声が響く。
「現時点でリトゥス王国とは国交がない。しかし、この使節団は新たな一歩を踏み出すために差し向けるものだ。存分に成果を上げてもらいたい」
使節団の規模は100人ほど。ほとんどが使節として向かわれるレイナルド様をお守りする騎士だ。リトゥス王国への訪問を実現するために長期間にわたり尽力されてきたリズさん――王妃陛下、はやっぱりメンバーに選ばれなかった。
王妃陛下は国王陛下の後ろ、豪奢な椅子に腰掛けて私たちに穏やかな笑みを送っている。そして、私の隣には意外なお方がいらっしゃった。
「ねえ。なんで私がここにいるわけ?」
「な、なんででしょうね……?」
「とぼけるんじゃないわよ! あんたしか考えられないでしょう? 私が推薦されるわけないもの!」
こっ……怖い。
私の隣、首根っこを掴みそうな勢いで怒っていらっしゃるのはミア様だった。あのあと、なぜかミア様が同行メンバーとして選ばれてしまったのだ。ミア様は、私が推薦したせいではないかと疑っていらっしゃる。まさか新人なのに、そんな大胆な推薦はしないです……!
これはローナさんの采配だから、私にはどうしてこうなったのか想像もつかないけれど……。ミア様が派遣されることを知って、少しうれしいと思ったのは秘密。
レイナルド様はというと、私たちよりずっと前に整列していらっしゃる。隣にはクライド様。荷馬車には、私が特急で大量に生成した『空飛ぶ板』が積まれている。
山道に入るまでは馬車で向かい、そこから先はこの魔法道具が役立つことになる……はず。
ずっと離れた場所で“王太子殿下”らしく振舞うレイナルド様の後ろ姿を見ながら、念願のリトゥス王国への訪問に胸を弾ませていたのだった。