13.お祝いの食事会
その日の夕方、薬草園の先の柵をこえたところにある、カラフルな煉瓦造りのアトリエ。
「それで、宮廷錬金術師工房はフィーネを使節団の派遣メンバーとして推薦することにしたんだね。おめでとう」
「ありがとうございます……!」
「フィーネちゃん、おめでとう」
「まぁ、よかったんじゃない?」
キン、とグラスがぶつかり合う音がする。普段、貴族の会食では乾杯をするときにグラスはぶつけ合わないけれど、アトリエでの私たちの食事の風景は、街の若者のものとほぼ同じ。
たぶん、レイナルド様が意図的に形式ばった空気を避けているのだと思う。
ということで、私はレイナルド様、クライド様、ミア様の三人と一緒に夕食を食べていた。
今日のメニューはマカロニとひき肉のグラタンに、大きなソーセージ、キノコと野菜のマリネ。デザートにはホールのままのりんごケーキもあった。いつも通り、レイナルド様とクライド様が運んできてくださった。
お鍋とバスケットを運搬する王太子殿下と側近の伯爵家令息を見てミア様は固まっていた。これもいつも通りで。
いつのまにか私たちの中にミア様が加わっていることが楽しくて、私はコーヒーを淹れることを申し出た。けれど、皆に座らされてしまった。これもいつも通り。
乾杯のグラスを置いた私は、早速グラタンにフォークを入れる。こんがり焼けた表面にフォークを刺すと、チーズがとろりと伸びて中から赤ワインで煮込まれたひき肉の香りがする。おいしそう。
「……っ。ミルクで煮込まれたマカロニと、トマトとワインの風味のひき肉がすごく合います……! チーズのクセが強めなのもバランスが良くておいしいです……!」
「フィーネちゃんのその分析。いつもながらすごいね」
あはは、と笑うクライド様に一礼をしつつ、お行儀が悪いと思いながらも私はこっそりノートにメモを取る。味が強いもの同士を組み合わせてもおいしいことがあるなんて、びっくりだった。
「……何かメモとってる? でもあんたは参考にしないほうがいいわよ。これはプロの料理人の判断の結果、おいしくなったんだから。素人はアレンジ厳禁よ」
ミア様の容赦ない毒舌がアトリエに響いたけれど、レイナルド様もクライド様も否定はしない。けれど、ミア様の前からはグラタン皿とソーセージのお皿がすすっと遠ざかった。
「ああっ!?」
「フィーネをいじめるなら食べるな」
「ミア嬢は仲良くなればなるほどアカデミーの時の印象と違って面白すぎん?」
レイナルド様とクライド様に、ミア様は顔を引き攣らせた笑みを見せる。
「あら、クライド様、それならそのおもしれー女と結婚します? 私玉の輿志望なんです」
「うーん。それはずっと前から知ってるけど、ミア嬢だけは嫌かな?」
「残念です!」
ミア様は明らかに冗談で言っているし、クライド様の方も笑顔ながら本気で嫌がっている。でも、意外とお似合いの二人だと思うんだけれどな……。
そこまで考えた私は、レイナルド様の視線に気がつく。私が楽しくクライド様とミア様を見ていたことを喜ぶみたいな、穏やかで優しい視線。私が使節団に同行することになるのなら、アトリエでのこんな時間もしばらくは無くなってしまうのだと思う。寂しいな。
そろそろ今日の出来事に話を戻したい。
実は、ローナさんが皆の前で『空飛ぶ板』を生成して見せたのは、私を確実にリトゥス王国に派遣するために考えてくださったパフォーマンスだったのだそうだ。
特別な魔法道具を一から作り出す知識や技術はまだ足りないけれど、特別な魔力でカバーできるような才能があると皆の前で示し、納得させてくれた。
その結果、ローナさんの狙い通り私は満場一致で工房から派遣メンバーとして推薦してもらえることになった。
“お母様”の故郷かもしれない場所に行けるのはものすごくうれしいけれど、今日のことはそれ以上にうれしかった。
私はまだ見習いだし、アカデミーを卒業していないし、工房での勤続年数もない。それなのに、ローナさんがそこまで評価してくださっているとわかって、泣きそうです……!
「……私、リトゥス王国で絶対にたくさんのことを学んで、この国の未来を拓きたいです」