12.魔法道具の改良②
それから数週間。私はレイナルド様のアドバイス通り、設計図を何十枚も描いて、その分だけ試作品を作った。
一応、図書館に行って『制限をかけた魔力回路』を魔法道具に取り入れる場合に役に立つ文献がないか調べてはみたけれど、そもそも空飛ぶ絨毯のようにより大きな動力を必要とし続ける魔法道具は一般的ではない。
ローナさんの研究が評価されているのも、そこが素晴らしかったからで。ほとんど参考になるデータがないので、とにかく作って試してみるしかなかった。
ゼロから空飛ぶ絨毯を作り出したローナさんは本当にすごいです……!
ローナさんを尊敬しながら、この特別な魔法道具の改良を任せてもらえたことが私はすごくうれしかった。そして、ついに納得がいく試作品が完成したのだ。
「改良版の空飛ぶ絨毯、完成しました……!」
宮廷錬金術師が集まった工房。皆の前に緊張して立つ私の手には、ぴかぴかした一枚の黒い板が抱えられていた。早速、ローナさんの最終チェックが始まる。
「へえ。思っていたよりも小さいのね。工房で脚立として使っている従来品に比べたら、半分ぐらいの大きさかしら?」
「はい……! たくさんの魔力を溜め込めるように加工した魔石を搭載し、かつコントロールしやすくするにはサイズを変えるのが手っ取り早かったもので」
「時間がない中、賢明な判断だと思うわ。素材が布ではなく板になったのも安定感を増すために変えたのね?」
「はい……! でも、これは複数枚を組み合わせて使うこともできるので、大きな荷物の運搬にも問題なく役立ちます」
私とローナさんのやり取りを聞いていた工房の皆さんから「へえ」「やるじゃん」という声が聞こえてくる。
私から『空飛ぶ板』というちょっと味気ない魔法道具に改良されてしまった『元・絨毯』を受け取ったローナさんは、板をひっくり返したり角度を変えてみたり。
それからパチンとスイッチを入れて起動させると、感心したように微笑む。
「なるほど。これは魔力がなくても起動できるようになっているのね」
「はい。今後、一般に流通させることも考えてこうしました。その分、魔石がたくさん必要にはなるのですが」
「使節団に関しては問題ないわね。同行するのは魔力が豊富な貴族階級の人間ばかりだわ。この工房からも複数人が行く予定だし」
ローナさんの言葉に心臓がどきりと跳ねた。この『空飛ぶ板』は使節団のためにつくった。けれど、私も“お母様”の故郷かもしれない国に行ってみたい。何としても、成果を上げたいです……!
「へえ。本当にコントロールしやすいわね。これなら、足場が悪いところで人が乗ることになっても問題ないわ。まるで、魔法で飛んでいるみたい」
「ありがとうございます」
ローナさんからお褒めの言葉をいただいて「なんとかクリアできそうかな」と思っていた私だったけれど、これで終わりではなかった。最後の難関が降りかかってきてしまう。
「レシピとサンプルになる生成用の素材はある?」
「は、はい、素材の例はこちらに。設計図も揃えてあります」
「ありがとう」
ローナさんは作業台のうえの素材をちらりと見て微笑む。
「じゃあ、私がこの素材で魔力を注いで生成してみるわね」
「えっ」
驚いて固まった私に、ローナさんは笑顔のまま続けた。
「使節団で使うのなら、たくさんないといけないもの。そうでしょう?」
「……はっ、はい」
私が固まってしまったのには理由がある。たぶん、ローナさんが生成してはこの『空飛ぶ板』は完成しないと思う。なぜなら、この魔法道具は、『私が生成するとなぜか質が上がる』という不思議な性質に頼ったものだからだ。
そして当然、この国で一、二を争う錬金術師のローナさんがそのことをわかっていないはずがなかった。
青くなっている私の前で、ローナさんが手元に素材を集めて魔力を注いでいく。生成用の白い砂が巻き上がってぐるぐると回った。何の疑いもなく、試作品と同じものが出来上がると思っている工房の皆は緊張感なく見守っている。
私だけがハラハラとしていた。そしてその心配は現実のものになる。
「あら? 私が作ったものだと安定感がイマイチね」
出来上がった『空飛ぶ板』にスイッチを入れて起動させたローナさんが首を傾げたのを見て、工房に動揺が広がる。
「どういうことだよ」
「つまり、ローナさんが生成に失敗したってこと……?」
「見習い錬金術師ならまだしも、ありえないだろう」
そんな声が聞こえてきて、手の指先が冷たくなる。これはローナさんが作り出した『空飛ぶ絨毯』を改良したものなのに。私しか生成できない魔法道具にするなんて、本来の目的を叶えていないのだから。
時間をかけて、私が提出した試作品と自分で生成したばかりの『空飛ぶ板』を見比べたローナさんは、にっこりと微笑んだ。
「フィーネさん。大体のことはわかったわ。もう少し設計図に手を加えて、誰が生成しても……少なくとも、この工房を仕切っているレベルの錬金術師たちが試作品レベルのものをつくれるようにしなきゃね」
「……はい」
「いい? みんな、今の見ていたわよね。リトゥス王国への派遣メンバーにはまずフィーネさんを推薦しようと思うのだけど、異論はないわね?」
「……はい?」
どういうことですか。
つい数秒前に絶望しながら返事したのとは全く気持ちでローナさんを見上げると、ローナさんは悪戯っぽく笑ってみせたのだった。