6.秘密の小さな部屋
「フィーネはいつも新鮮な経験をくれるよね」
「……私は……」
頬が熱い。そして、もう何と答えたらいいのかわからない。けれど、レイナルド様のほうも私に答えは期待していないみたいだった。
「さて。向こうの部屋に資料がまとめてあるんだ。フィーネは初めて案内する部屋だよ」
びっくりするような言葉を告げてきたのに、もうさっきまでと同じ表情に戻っていらっしゃる。そうして、私の手を取ってエスコートしてくれようとする。
私が自分のペースでいられるように気遣ってくださっているんだと思う。
「……その、私も、いずれはフィオナとして過ごしたいと思っています」
「そっか」
「アカデミーでの情けない記憶は、ここで全部幸せなものに変わりましたから、大丈夫です」
「フィーネが頑張るのは応援するけど、ゆっくりでいいんだよ」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですから」
私の弱い部分をよく知っていらっしゃるレイナルド様は、過保護だ。でも本当に、この王宮で私が『フィオナ』としての姿を見られたくないのは、ミア様ぐらいだと思う。
それも別に怖いからではなくて。
ミア様は、アカデミーで『フィオナ』に悪いことをしてしまったとひどく反省しているみたいだった。そして、『フィーネ』である私のことはなぜか助けてくださっている。
ミア様は『フィーネ』の私にかつて自分が傷つけたアカデミーの友人『フィオナ』への懺悔をしたりすることもあるので、私の本当の姿を知られてしまうのは少し気まずいのだ。
……でも、そろそろお話ししたいとは思っています!
そんなことを考えているうちに、王立図書館の五階、魔法書の書架が並ぶ先、一番奥の扉の前に到着した。扉のすき間からは明かりが漏れていて、非常用の灯りしかついていないこちら側にぼわりと広がって見える。
「どなたかいらっしゃるのでしょうか?」
「大丈夫。きっと、ポーションの効き目が切れていても大丈夫な相手で、フィーネがフィオナだと知っている人だから」
そう言ってレイナルド様は扉を開けた。そこには、私がお話ししたことがある中で一番高貴で、一番魅力的な方がいらっしゃった。
「リズさ……、いえ、王妃陛下……!」
「あら。かわいいお客様ね」
扉の先には小部屋があった。小部屋とはいっても、アトリエの大きさの半分ぐらいはある。
四方を書架に囲まれ、中央には重厚な書き物机が置いてある部屋だ。けれど、不思議と閉塞感はない。どうしてかな、と周囲を見回すと、天井がガラスになっていることに気がついた。
そこには艶のあるインクを広げたような夜空が広がり、星が瞬いていた。きれい。
きっと、ここは王妃陛下の研究室……とまではいかなくても、秘密の部屋なのだと思う。出入り口は特定の魔石が鍵になっていて、それを持っている人間でないと開けられないみたいだった。
自分が『フィオナ』の外見に戻っていることを思い出した私は、淑女の礼でご挨拶することにした。
この前お茶に呼んでくださったとき、王妃陛下は私の出自をご存じで、受け入れた上で招待してくださったようだった。けれど、実際にこの姿でお会いするのは初めてなのだ。
「薬草園メイドで、宮廷錬金術師見習いのフィーネです。フィーネは通名で……本当の名前はフィオナと申します」
「この前のお茶、楽しかったわね。また招待してもいい?」
「! も、もちろん……ありがたきお言葉、恐悦至極に存じます」
「やだわ。そんなふうにかしこまるのは無しよ。……それで、ここに来たということはリトゥス王国についてあなたも調べ物?」
「はい。……その。リトゥス王国の王族や、王国の人々について知りたくて」
「あら。ちょうどよかったわ。最近、彼らの体についての資料をずっと集めていたのよ。そちらの棚にある本を調べるといいわ」
……彼らの体について?
“お母様”が特別なポーションを飲んでいたということが気になっていた私は、たくさんの本が積み上がったその棚の一冊を手に取ったのだった。