5.月あかりの図書館
ということで、私は時間をかけて両親のことをお話しした。レイナルド様は驚きながらも全部聞いてくださった。急に他人の出生の秘密を話されたら、誰だって戸惑うはず。
それなのに、真剣に最後まで聞いてくれるところが、とんでもなくレイナルド様らしいと思う。
「……フィーネのご両親に、そんなことが」
「はい。これまで私が両親だと思っていた両親は、育ててくださっていた二人ということでした。でも大丈夫です。お父様もお母様もお兄様も皆、大好きな人たちには変わりありませんから。……ただ、私が真実を知っただけです」
「そっか」
「だ、大丈夫です、本当に」
「本当?」
「本当です、本当に!」
膝の上で手をグーに握りしめて強く頷く私を、レイナルド様はちょっと疑いの目で見ている……気がする。
けれど、大丈夫と繰り返すのは自分に言い聞かせる意味もあるのだ。……だって、私は一歩先に進みたいから。そうして続ける。
「気になっているのは、私の産みの母のことなんです。兄によると、母はリトゥス王国の王族だったのではと」
「ハロルド殿がそう考えるようになったのは、フィーネたちきょうだいの外見か」
私と同じように魔法のことに詳しいレイナルド様は、すぐにわかってくださった。
「はい。兄もこれまでずっと沈黙を貫き秘密にしてきたことなのだそうなのですが、母もブロンドに碧い瞳をしていたそうなんです。親子三人、というのは普通は考えられなくて」
「確かに、偶然の域を超えているな。ちょうど、リトゥス王国のことについては、いま猛烈に調べている人間がいるんだ。そのおかげで資料も揃ってる。――フィーネ、これからまだ時間ある?」
「……はい?」
まさか、話してすぐにこんな展開になるなんて思っていなくて。首を傾げつつ頷くと、レイナルド様は微笑んで私の手を取ったのだった。
心からさっきまでの重苦しさが消えて、少しだけ鼓動が速くなったのは……秘密。
レイナルド様が私を連れてやってきたのは、夜の王立図書館だった。
昼間は多くの人たちで賑わうそこは、誰もいないみたいでとても静か。非常用の魔石の光だけがぼうっと館内を照らしている。
「夜、たまにここにくることがあるんだけど」
「夜中にですか⁉︎」
「ああ。調べたいことがあると、朝まで待てなくて」
「それは……わかります」
「あはは。だよね」
一瞬びっくりしてしまったものの、私も身に覚えがありすぎた。私の反応に、レイナルド様は声をあげて笑っている。
コツコツと大理石の床を歩く。非常用の灯りしかないこの図書館は、天井のステンドグラスから月の光が差し込んでとても幻想的だった。
「明かりをつけられなくはないんだけど、つけたい?」
「! いいえ。すごく美しくて、私も今夜の図書館が大好きになりました」
「フィーネならそういうと思った」
レイナルド様に導かれながら、階段を上っていく。予想通り、五階の奥の魔法書が置いてある区域まできたところで、レイナルド様は私の顔を見てハッとした。
「……フィオナ嬢になってる」
「あっ。そ、そうでした! 認識阻害ポーションが切れる時間でした……!」
認識阻害ポーションは改良の末、効き目がどんどん長くなっている。けれど、今日は朝早めにポーションを飲んだことと、図書館にやってきて夜遅くなってしまったことから、効き目がきれてしまったみたい。
私はあわてて両手で頬を触った。とはいっても、手触りで見え方の違いがわかるはずがないのだけれど。そんな私に、レイナルド様は何気なくおっしゃる。
「フィオナ嬢として会うのは、スティナの街で踊ったとき以来かな」
「……はい」
「あのとき、誘うのに結構勇気が必要だったんだよ」
「そ……っ、そうだったのですか……!」
あのとき、レイナルド様はもう私と『フィオナ』が同一人物だと知っていた。それは、どう接したらいいかわからなくなりますよね……!
くすくすと笑うレイナルド様の本音に申し訳なく思っていると。
「好きな人をダンスに誘う機会なんて、これまでの人生になかったから」
そんなふうに告げられてしまえば、私は真っ赤になって目を瞬くしかない。