4.誤解です……!
いつものようにレイナルド様がコーヒーを淹れてくださる間に、私はキッチンの棚からお皿を取り出した。その間に聞いてみる。
「レイナルド様、鑑定スキルで見ると、私が生成するポーションと私が作る料理の『味』は同じようなレベルなのでしょうか……?」
「うーん。ものによるかな」
普段、レイナルド様はポーションに関しては偽りなくはっきりとした鑑定結果をくださる。でも、私が作るお菓子や飲み物については、きちんと評価を聞いたことがないような……?
現に、いまも答えをなんとなくはぐらかされてしまった。こういうところがレイナルド様の優しさなのだろうと思うけれど、つまりやっぱりものによっては『味2』ってこと……!?
こちらについてはしっかりと現実を受け止めている私に、レイナルド様は教えてくださる。
「でも、確かに違う感じはするかな。料理の方については、食べることに興味がなかった人が作るもの、って感じで。フィーネがおいしいものに興味を持ち始めたら劇的に変化したし」
そうなのですね……?
これまでに聞いたことがなかった情報に、私は目を瞬いた。そっか。私の料理の方は少しずつ上達しているみたい。ポーションの味の改善のほうが亀の歩みなのは悲しすぎるところだけれど。
レイナルド様とお話ししているうちに、さっきまでの混乱で埋め尽くされていた心が少しずつ落ち着いてきた。アトリエの中にはコーヒーの香ばしい香りが漂い始めて、慣れた感覚にさらに平穏が戻る。
木のトレイにレイナルド様が淹れてくださったコーヒーと、私がスティナの街から持ってきたゼリーとレモンタルトを並べ、作業台に置いた。
すると、レイナルド様が聞いてくる。
「これ、フィーネのお兄さんの結婚式で出ていたデザート?」
「はい。よくわかりますね……!」
「うん。……やっぱり。味が同じだ」
タルトを口に運んだレイナルド様を見て、私もさっくりとフォークを入れる。クッキー生地のタルト台に、カスタードクリームと生クリームが二層になっていて、食感までおいしい。
ミルクの優しい風味に甘酸っぱいイチゴの香りが爽やかで、確かに結婚式の夜に食べたものと同じだった。
「おいしいですね。モーガン子爵家のパティシエが作ってくださったものです」
「ああ。もしかして、スティナの街でハロルド殿に会ってきた?」
「……はい」
さっきまでの悩みがまた頭の中に戻ってきた。けれど、さっきまでのように心が闇に落ちていかない。レイナルド様の独特の雰囲気が、私を繋ぎ止めてくれている。
この前、私はレイナルド様の想いを知ってしまった。私がフィオナでもフィーネでも、どちらでも認めて、変わらない好意を向けてくださると。
あの時は信じられなかったし、今でもそのことを思い出すと頭の中がパンクしそうになる。けれどレイナルド様はいつでも味方でいてくださると思うだけで、出生に関わる秘密を知り足元がおぼつかない感覚に陥っていたのが救われる気がした。
うん、大丈夫。
私は強くなったんだもの。育ての両親とは別に本当の両親がいることだって、きちんと受け止められる。そして、気になっていることを調べるのだ。
――もしかしたらその答えは、魔法が失われたこの世界を変えることに繋がるのかもしれないのだから。
そう決心した私だったけれど、レイナルド様からとんでもない質問が飛んできた。
「それで、フィーネは何を悩んでいるの?」
「あっ、その」
明かりもつけずにアトリエにこもっていたせいで、レイナルド様はそんなふうに判断したのだと思う。まずは説明を、と思ったところで、レイナルド様の語気が強まる。
いつも穏やかな印象の目に怒りの感情が浮かんでいてどきりとする。それでいて完璧な笑顔なのに、有無を言わせない強い口調だ。
「――フィーネにそんな暗い顔をさせたのは誰?」
……決心するのが数分ばかり遅かったようです。
すっかりレイナルド様は誤解しているみたいだった。