3.両親の秘密
お兄様から告げられた事実をしっかりと受け止めきれないまま、私は王城へ戻っていた。
スティナからのお土産は、レモンゼリーとイチゴのタルト。モーガン子爵家の厨房でつくられたお菓子で、お兄様の結婚式のデザートとして並んでいたのと同じものだ。
夕闇に包まれたアトリエで、私は灯りもつけずにゼリーとタルトを見つめる。
「だめ、どうしても頭の中が切り替わらない……」
この前、お兄様から告げられた事実はまさに青天の霹靂で。スウィントン魔法伯家の没落を告げられたときよりもずっとずっと大きな衝撃に、私の頭の中はあの日からずっと混乱し続けていた。
だって。記憶の中の、優しい両親が育ての親……? ううん、二人が私のお父様とお母様だということに変わりはない。血なんて繋がっていなくても、私の大切で大好きな両親だ。
でも、お兄様がそのことを一人で堪えていたことがどうしようもなく心に闇をつくる。私だけが何も知らずに温室の中でぬくぬくと育ってきたのだと思うと、申し訳なくていたたまれなかった。
お兄様の話によると、私たちきょうだいは0歳と4歳でスウィントン魔法伯家に引き取られたらしい。お兄様はそのあたりから記憶があって、生みの両親のことも覚えているのだと教えてくれた。
私が両親だと思っていた育ての両親は、父方の親戚ということだった。お兄様によると、私たちの事情をすべてわかったうえで受け入れてくれたのだという。
いつも優しくて、大好きだったお父様とお母様。二人はどんな思いで私たちを育ててくれていたのだろう。
そして、家族のことを思った後で気になるのは。
「“お母様”は私たちにそっくりな外見をしていたと言っていたわ……」
私とお兄様の髪の色はブロンド、瞳の色は碧。この国ではあまりいない色合いで、珍しいと言われることが多い。それは魔法を起こす精霊と特別な関係にあると言われる『リトゥス王国』では王族の証でもある。
もちろん、リトゥス王国と関係がなくても同じ特徴を持って生まれる人は稀にいる。私とお兄様はそのタイプだと思っていたのだけれど、お兄様によるとそうではないみたいで。
私たちきょうだいを産んでくださった“お母様”もブロンドに碧い瞳だったことを踏まえると、もはや偶然ではなく特別な人間だったのではないか、というのだ。
「お兄様は、“お母様”が特別なポーションを飲んでいたみたいだ、って。お母様の容態が悪化して、お父様はそれをなんとかするためにどこかへ行って戻ってこなかったと」
精霊と特別な関係にあるリトゥス王国には、謎が多い。他国とは国交を持たないため、リトゥス王国に行くのなら身の安全は保証されない。そして、実際にリトゥス王国に行った人からは多くの情報がもたらされることはなかった。
“特別な国ではない”。皆が口を揃えてそういうのだけれど、歴史書や魔法書に記されている彼らの功績を思えば、信じ難い事実だった。
「特別なポーション……たとえば、精霊と共存するリトゥス王国でしか生きられない体質を助けるもの、とか?」
リトゥス王国の立ち位置を思えば、なくはない気がする。魔法が大好きな私が本をいろいろ読んだ結果、リトゥス王国には絶対に何かがあるとは思っていた。ずっと前から。
できることなら……本当の両親のことも知りたい。けれど、これまでの人生のすべてをひっくり返すような事実に、どうしても身体が動かなかった。
ギイ。
ため息をついていると、アトリエの扉が開く音が聞こえた。レイナルド様かな。そう思った私はあわてて目を見開き口角に力を入れた。
程なくしてカチリと音がして、アトリエに明かりが灯る。
「……!?」
「あっ! も、申し訳……」
私が明かりをつけないでいたせいで、レイナルド様はこのアトリエに誰もいないと思っていたらしく驚いていらっしゃる。私も私で、考え込んでいたせいでそこまで思い至らなかった。
あわてて立ち上がり頭を下げると、レイナルド様は気遣わしげに微笑んだ。
「フィーネか。どうしたんだ、明かりもつけないで?」
「驚かせてしまってすみません。少し考え事をしていて」
「そっか」
レイナルド様はそれだけを言うと、手に持っていた資料本を作業台に置くとすぐに奥のミニキッチンへと移った。パチパチと音がして、お湯を沸かしている気配が伝わってくる。
レイナルド様は普通に振る舞ってくださっているけれど、外が暗くなっているのに明かりもつけず考え事をしていた私のおかしさを不思議に思わないようなお方ではない。絶対に気がついていると思う。
普通に振る舞ってくださる優しさに感謝していると、キッチンのほうからレイナルド様の声が飛んできた。
「コーヒーでいい?」
「! あっ……私もお土産があるんです」
カゴの中のレモンゼリーとイチゴのタルトを取り出して見せる。すると、レイナルド様は「じゃあ、夜のお茶にしようか」と笑ってくださったのだった。
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