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チョコレートマーケット(後編)

 次にレイナルド様が案内してくださったのは、ホットチョコレートのお店だった。チョコレート色の屋根がかわいい屋台を前に、教えてくださる。


「ここのホットチョコレートはいろんなアレンジがあって珍しいんだ。フィーネはどれにする?」

「わぁ……!」


 メニューには様々な種類のホットチョコレートがのっていた。


 マシュマロとチョコレートソースがけや、ホイップクリームとマーマレードジャムのせ。ホットチョコレート自体にイチゴの果肉を混ぜてあるもの、お酒を選んで足せるメニュまであって、迷ってしまう。


「俺はビターチョコレートのシンプルなホットチョコレートにしようかな」

「すごく迷いますが……では、私はマシュマロのせにします……!」


 注文すると、店員さんがなめらかなホットチョコレートが入った大鍋からドリンクカップに注いでくれる。ふわりと漂ってくる芳醇な香りで幸せな気持ちになります……!


 店員さんがトッピングをしてくれている間、レイナルド様は私の耳に唇を寄せ、こっそり教えてくれた。


「実は俺、あの大鍋のホットチョコレートの中に串に刺したイチゴやマシュマロをくぐらせて食べたいと思ったことがあるよ。子どものころだけど」

「ま、まさか、レイナルド様がそんなことをお考えに!?」

「もちろんやったことはないけどね」

「でも……とても楽しそうな案ですね」


 距離感に少しドキドキしたけれど、悪戯っぽい笑みを浮かべるレイナルド様につられてつい笑ってしまう。


 私はアカデミーへ入学した後のレイナルド様しか知らない。屋台の大鍋のホットチョコレートにお菓子をつけて食べたいだなんて、きっと本当に小さな頃の話なのだろう。


 これまで知らなかったレイナルド様の一面に、くすぐったい気持ちになる。


 そんなことを考えているうちにホットチョコレートができたみたい。人懐っこい笑顔の店員さんがカップをふたつ渡してくれた。


「できたよ。熱いから気をつけな」

「ありがとうございます」


 さっそくできたてのホットチョコレートを二人で飲んでみる。ごくり。


 わあ。濃厚な甘さが体の隅々を満たしてあたたまります……! 


 寒さなんてどこかへいってしまいそうなおいしさにほっこりした私は、すっかり油断してふにゃっと微笑んだ。


「レイナルド様、あたたまりますね」

「うん。あれ……フィーネ、口の端にマシュマロがついてる」

「!? お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。今拭きます」

「もう少し右かな。ううん、もっと下」

「とれましたか……?」

「ううん、まだ」


 あわててハンカチで拭こうとしたけれど、なかなか取れなくて焦ってしまう。困ったようにこちらを眺めていたレイナルド様は、遠慮がちに私の唇の端へと指を伸ばした。


「……ここ」

「!?」


 唇の端と頬の、ぎりぎりの境目。一瞬だけ自分のものではない熱がふれた。


 マシュマロのカケラをレイナルド様が自分の指で拭ってくださったのだ。そのことに気がついて心臓が跳ねる。


「仲がいいねえ」

「!?」


 と同時に、屋台の店員さんに冷やかすような言葉をかけられて私は目を丸くした。


「こっ、これで指を拭いてください!」


 慌ててレイナルド様にハンカチを差し出し、マシュマロがついた指を拭いてもらう。自分の顔が赤くなっているのがわかって、レイナルド様と目が合わせられません……!


 それをレイナルド様もわかってくださっているようだった。申し訳なさそうに告げてくる。


「……ごめん」

「い、いいいえ、あの、ありがとうございます。今のは、私が悪いんです」


 なんだか不思議な緊張感。すごく楽しいはずなのに、次の言葉が出てこない。


 そのまま無言でホットチョコレートを飲み終わると、レイナルド様が「これ返してくるね」と言って私の手からカップをもっていってくださった。


 アトリエで私を甘やかしてくださるのと同じ後ろ姿にホッとしたけれど、でも、まだ顔が熱い。




 私たちはそのままチョコレートマーケットで一日を楽しんだ。


 ホットチョコレートを飲んだときのドキドキした空気はすぐに消えて、お菓子を食べたり、特別なオブジェや音楽のパレードを見たりして過ごしたのだった。



 楽しかった一日が終わると空は薄暗くなっていた。チョコレートマーケットには色とりどりの明かりが灯りはじめ、次第に幻想的な光景に変わっていく。


「とっても綺麗ですね」

「ああ」


 帰りの馬車を待つ間、イルミネーションをぼうっと見つめていると、レイナルド様がふと仰った。


「……今日はいろいろなチョコレートを食べたけど、昨日のフィーネのチョコレートが一番おいしかったかな」

「……!?」


 ちょっと待っていただけますか。


 私はレイナルド様の顔を凝視したまま固まった。そして、レイナルド様の言葉を頭の中で繰り返す。


 フィーネのチョコレートが一番おいしかった……


 フィーネのチョコレートが一番おいしかった……。


 フィーネの、って私のチョコレート……?


 つまり、レイナルド様は私が研究用に残しておいた()を召し上がったということ……!?


 やっと状況を把握して青くなった私に、レイナルド様はキラッキラの微笑みを向けてくる。


「昨日、夕方にクライドと一緒にアトリエへ行ったんだ。そうしたら、ガラスドームの中にチョコレートがあったんだ」


 ガトーショコラが焦げて縮んだ結果できた炭を、レイナルド様は燃料ではなくチョコレートだと認識してくださったようです。


「まさか、それを?」

「食べたよ。おいしかった」

「!?!?」

「すごいね。一人でお菓子を作ろうとするなんて。クライドも喜んで食べたよ。コーヒーに合うねって言いながら」

「……!?」


 コーヒーに合うとかいう次元ではないと思います!


 レイナルド様もクライド様もお優しい方。きっと、私が作ったから一生懸命食べてくださった気がする。こんなことになるのなら、研究用にとっておいたりせずに処分すればよかったです……!


 まさかあれを召し上がっただなんて。申し訳なさで消えてしまいたい。


 けれどなんとか気持ちを切り替えた私は、こぶしを握りレイナルド様に向き直る。


「レイナルド様、今度リベンジをさせてくださいますか?」

「いいけど、何の?」

「チョコレートの日の、です! 今日いろいろおいしいものを食べて学びましたから……!」


 思わず声のボリュームを上げれば、レイナルド様はびっくりするほど穏やかに微笑んでくださった。


「またフィーネが俺のためにチョコレートを作ってくれるんだ? 楽しみだな」

「!」


 その言葉は、社交辞令やお世辞だとは到底思えなくて。


 チョコレートみたいな甘いまなざしに、さっきホットチョコレートを飲んだときのやり取りを思い出してしまった私は、また赤くなったのだった。





 おしまい


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