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プロローグ・ヴェールに包まれた錬金術師

このプロローグは2024.2.26に掲載したものです。

書籍で加筆したプロローグの簡易版を、出版社様の許可をいただいて掲載しています。

「……この魔石の加工を?」


 商業ギルド員のジャン・ハンフリーは、目の前に転がされた濃いアメジストの魔石をつまみ、目を瞬いた。


 すると、目の前の青年は上品な笑みをこぼす。


「ああ。自分でやろうと思ったんだが、どうも難しくてね。誰かこの魔石を加工できる人間を紹介してほしい」

()()に難しいとはな。少なくとも、この商業ギルドですぐに紹介できる人間にそんな能力の持ち主はいないんじゃないか」


 昼間の商業ギルドは大変な賑わいを見せていた。


 ジャンは周囲の視線を感じながら、この特に高貴な友人――『レイ』を別室に案内しようと背後のボードを確認した。


(ひとつ、部屋が空いているな)


 しかし、ジャンの考えを察したらしい『レイ』は気安く首を振る。


「いや、いいんだ。これはそこまで難しい話じゃない」

「だが、この魔石を生成したのはレイだろう。普段レイの周囲にいる錬金術師にできなかったとなると、加工できる人間を探すのには相当時間がかかるぞ。ここは人目につく。まずは別室で錬金術師ギルドに提出する書類を作成したい」


「書類、書類、って。本当にここは面倒ばかりだな」

「それならその仕組みを何とかしてくれよ。マジで」


 ジャンの軽口にも、この高貴な友人は特に不満な表情を見せることはない。それどころか、肘をついてカウンターに身を乗り出し、不敵に笑った。


「特効薬」

「んあ……?」


「不定期で王宮に納入される上級ポーションがあるだろう。一部では特効薬と呼ばれているアレだ。その出所が知りたい」


「またその話か。勘弁してくれ。あの上級ポーションは本当に謎に包まれているんだ。幾人もの商人を介して流通しているところを見ると、生成者は本気で出所を隠したいんだろう。無理に追及して納入されなくなったら、困るのはそっちじゃないか?」


「だが、特効薬を生成できるほどの腕前の錬金術師なら、この魔石の加工もできるかもしれない」


 レイは端正な顔立ちには不釣り合いに、目を輝かせている。それを見て諦めたジャンは、ため息をついてから手続き用の書類と魔石を入れるための箱を差し出した。


「……とにかく。この書類を書いて、加工してほしい魔石を全部箱に入れてくれ。何とかなるように手配する」

「恩に着る」


 目の前の青年は、心底うれしそうに微笑んでからペンを取ったのだった。





 アルヴェール王国の王都・ユーリス。


 その中心から外れた場所に、森に囲まれた屋敷が立っていた。


 歴史を感じさせる石造りの屋敷と、色鮮やかな花々、エントランスへ続く不揃いな石畳の道。まるでおとぎ話の世界の庭に漂う草木と土の匂いは、ここが王都とは思えないほどに色濃い。


 片隅にはアンティークな雰囲気をまとったアトリエと温室。この屋敷には、まるで誰かを守るための魔法がかけられたような、そんな不思議な空間がある。


「フィオナ、私だ」


 その家の当主、ハロルド・ウィル・スウィントンはアトリエの扉を叩いた。ほどなくして、ゆっくりと年季を感じさせる木の扉が開く。


 おどおどと中から顔を覗かせたのは、ハロルドの妹、フィオナ・アナスタシア・スウィントンだった。


「お兄様。もうそんな時間でしょうか……?」

「ああ。そろそろ裏ルートの商人が来る。頼まれた魔石の加工はできているか? 難しいようなら、また三十日後に来てもらうが」


「それは問題ありませんわ。きちんと出来ております。……ただ、とても難しい加工でした」

「フィオナにもそんなことがあるのか」


 ハロルドは驚きで目を丸くした。フィオナは特別な錬金術師だ。本当のところなら宮廷錬金術師として登用され、さらに偉大な功績を上げて勲章を賜ってもおかしくないほどの能力を持っている。


 けれど、今はある事情によってこうして実家の庭の片隅にあるアトリエに引きこもり、大好きな魔法や錬金術の研究だけをして過ごしていた。


 ハロルドからの問いに、フィオナは笑みで応じる。


「ええ。この魔石は生成する段階ですでに複雑な機能が組み込まれていました。まるで、宮廷錬金術師のように高い技術を持った人間に加工を依頼することを前提としたような魔石です」

「なるほど。その予定が、何らかの理由でここに流れ着いた、と」


 ハロルドはアトリエ内の作業机に置かれた籠に視線をやった。その中には尖った蓋が特徴の小瓶が何本か入っている。それはフィオナだけが生成し出所がばれないルートで流通させている上級ポーションだった。


 もちろん、普通の上級ポーションであれば作れる人間は他にもいる。


 けれどフィオナが生成する上級ポーションは特に効果が高く、別名『特効薬』とも呼ばれていた。希少価値が高いそれは王宮でも珍重され、生成者が不明ということも相まって不思議な秘薬として名高い。

 

「今回の依頼で改めて思いました。錬金術って本当に面白い、って」

「魔力量や技術はもちろんのこと、知識も相当に問われるからな。フィオナにはぴったりの遊びだ」


「ふふふ。こんな私に……好きに研究をさせてくださるお兄様には、心から感謝しています」

「私がそれを許さなくても、周囲がフィオナを放っておかなくなる日がいずれ来るだろう」

「……」


 穏やかな空気が流れていたアトリエ内に、なんとも言えない沈黙が満ちた。


 向かい合う二人の外見はとてもよく似ている。


 金糸のように滑らかなブロンドヘアに、息を呑むほどに透き通った碧い瞳。知的な印象を与える眉目秀麗な兄と、大人しいものの令嬢らしく繊細で可愛らしくも美しくもある妹。


 それが、二人に対する周囲の評価だった。


 十三歳で両親を亡くした二人は、手を取り合ってこの歴史あるスウィントン魔法伯家を守ってきた。


――少なくともハロルドはそう思っている。


「見ていてください、お兄様」


 気を取り直したように言うと、フィオナは手のひらの上に濃いアメジスト色の魔石をのせた。すると魔石はキラキラと光り出しわずかに浮かび上がる。魔力が込められたしるしだった。

 

中心を作れ(ケントゥルム)


 フィオナが呪文を唱えると、手のひらの上でわずかに浮いていた魔石はフィオナの顔の高さまで浮遊し、眩いばかりの光を放ち始めた。


「これは……!」


 ハロルドがあっけに取られている間に、小石ほどの大きさの魔石の真ん中には白っぽい塊ができた。


「魔力を蓄えるために、こんな風にして魔法で核をつくりました。このままですと、魔力を溜めておくのがとても難しかったので」

「なるほど……しかし、加工に魔法を使ったのはまずいのではないか」


「大丈夫ですわ。魔力を蓄えるための核があるとはわからないように仕上げていますから。何よりも、この世界に魔法は存在しないことになっています。気がつく人なんて、いないと思います」


「それもそうだな」

「ですが……こんなに複雑な効果を持たせて生成された魔石を初めて見ましたわ。そのせいで随分と難航しました。本当に、一体誰が生成されたものなのでしょうか」


 加工が終わった魔石を日に透かして眺め、首を傾げたフィオナの頭をハロルドはポンと優しく撫でた。


「案外、知っている人間かもしれないな」





 この王都の端にあるスウィントン魔法伯家。


 国からは魔法伯を賜ってはいるものの、この世界に魔法は存在しない。その理由は、数百年前に魔法を引き起こす精霊が消え去ったからだと言われている。


 魔力を持った人間は変わらず潤沢に生まれてくるものの、その使い道は魔力そのものを使う錬金術だけ。


 けれど、なぜか魔法を起こせる人間がここにひとり。美しい外見に似つかわしくない自信なげな表情をした、内気な伯爵令嬢である。


 その名を、フィオナという。


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