ぱりぱりのり
「ひだまり童話館」企画「ぱりぱりな話」参加作品です。
作中で、おばあちゃんとひいおばあちゃんが出てきます。
ややこしいので、おばあちゃんは全て平仮名、ひいおばあちゃんは曾祖母、または祖母など漢字で書いています。
久美が小学一年生の時、家族で温泉に旅行に行った。
とても楽しかったと言い、夏休みの絵日記にはそのことを描いた。
その絵日記の、真っ黒に塗りつぶされた絵を見た教師は衝撃を受け、お母さんは学校に呼び出されたのだった。
◇
久美はおばあちゃんの家に行くのが嫌いだ。
おばあちゃんのことは、優しいから嫌いじゃない。むしろ好きだと思う。だけど、おばあちゃんを見ていると、ものすごい不安になるのだ。
いつもおばあちゃんの家でお泊りする時に寝る部屋も、久美を不安にさせた。
畳の部屋の長押には、先祖の写真や絵が飾ってあって、布団で寝ている久美を見おろしている。それも怖い。
その日、久美が寝ていると襖がスーっと開いた。
「・・・?」
怖いとは思っていても、久美はちゃんと眠っていた。
だけど誰かが入ってきたらちょっと目が覚める。寝ぼけ眼で見ると、おばあちゃんだった。おばあちゃんは床の間の横にある小さな抽斗の中に何かを探しているみたいだ。
「おばあちゃん?」
「あら、久美ちゃん、起こしちゃった、ごめんね」
「暗いでしょ、電気つけて良いよ」
「いいのよ、大丈夫」
和室は真っ暗ではない。ほんのちょっと、外の月明りが入っている。だけど何かを探すには暗いはずだ。
久美は手を伸ばしてランプのスイッチを入れた。小さな明かりがポっとつく。
「あら、ありがとう」
「うん」
ごそごそ、とおばあちゃんが探している姿を見ていて、ふと違和感に気づいた。
「さかえおばあちゃん?」
おばあちゃんの名前を呼ぶと、おばあちゃんは久美に振り向いた。
「さかえおばあちゃんじゃなくて、ツヤ祖母ちゃんよ」
「ツヤ祖母ちゃん?」
誰だっけ?
「さかえおばあちゃんのお母さんよ」
「・・・え!? 曾祖母ちゃん?」
「そうよ」
その人はもう死んだ人ではないだろうか。
「ひくっ、ゆ、ゆ、ゆうれ」
「怖がらせちゃってごめんなさいね。どうしても祖父さんに見せたい写真があって、探してるのよぉ」
「写真?」
のんきな曾祖母ちゃんの喋り口調に、久美の恐怖はぽんと飛んでいった。
「そうなの。若いころの写真があったはずなのよ」
「昔も写真ってあったの?」
久美は恐怖よりも好奇心が勝ったようだ。布団の上に起きだすと、曾祖母ちゃんの方へとにじっていった。
「あったわよ。今のみたいんじゃないけど。祖母ちゃんね、すっごい美人って言われてたのよ」
「うん、わかる~」
「あら、わかる?」
「うん。だって、さかえおばあちゃんもすっごい美人だったもん。でもさ、ほっぺがだんだん落ちてきちゃって、しわしわになっちゃってさ、」
久美は言葉を切った。
「どうしたの? おばあちゃんに気を使わなくても良いのよ?」
ツヤ祖母ちゃんは優しく微笑んでいる。
「違うの、あのね。私、死ぬのが怖い。年取ってしわしわになって、頭が悪くなって、身体が動かなくなるんでしょ? さかえおばあちゃんも、時々変なこと言うし、ずっと足が痛いって言ってるし」
「久美ちゃんくらいの年頃の子は誰だって怖いものよ。年をとるのも死ぬのもね」
「そうなの? 私だけじゃないの?」
「みんな考えるのよ。年をとることは悪いことじゃないけど、できなくなることも多いからねえ。でも、祖母ちゃんは死んだことあるけど、そんなに怖くないわよ」
死んだことある、という言葉に久美は笑ってしまった。そういえば、目の前の曾祖母ちゃんは幽霊だ。年をとって死んだ人だ。それでも悲壮には見えない。
「でもねえ、やっぱりこのしわしわは嫌よね。乙女ですもの。だからね、若い時の写真を持って行って、祖父さんに見てもらいたいのよ。そうしたら祖父さんには、若い私が見えるは・ず」
お茶面な言い方をする曾祖母ちゃんだ。
「じゃあ、一緒に探してあげる」
久美は床の間の横にある抽斗を一段引っ張りだして、それを布団に置いた。
中にはおばあちゃんの大切な物と言われている、紙類がたくさん入っていた。
写真も何枚か入っていて、それを一枚一枚探してみる。だけど、ほとんどは久美のお父さんと叔父さんの子どもの頃の写真だった。久美の写真も、久美の従弟の写真もあった。
「もっと古い写真だよね」
「そうね、白黒よ」
「白黒かー」
それは面白い。どんな写真だろう。
そこへツヤ祖母ちゃんが向こうの抽斗を見ながら何かを見つけたようだ。
「あら、これ久美ちゃんの日記でしょ?」
久美が見ると、家族旅行のことを描いた絵日記だった。おばあちゃんの宝箱に入っているとは思わなかった。
「これ、良いわねえ。真っ黒に塗りつぶした絵日記、ふふふ。先生にはこのセンスがわからなかったみたいねえ」
「真っ黒に塗りつぶすのは、ジョーチョに問題があるんだって。不安の多い子どもはそういう絵を描くから気を付けてくださいってお母さん言われてた」
久美は肩をすくめながら答えた。曾祖母ちゃんは笑っている。
「知ってるわよ。でもねえ、一番の思い出だものねえ。やっぱり温泉旅行は味海苔よねえ」
「そうなの! わあ、やっぱり曾祖母ちゃんはわかってくれた!」
「当たり前じゃない。海苔はご馳走よ。良いわねえ、味海苔。白いご飯を巻いて、食べたいわねえ」
「美味しいもんねー」
久美はとても嬉しかった。
味海苔を食べた喜びをわかってもらえた。情緒に問題があるなんて評価されたけど、これだけは譲れない真っ黒の絵だったのだ。
久美は抽斗の中に小さな本があるのを見つけた。固い表紙の文庫本のようなものだ。
開いて見れば、それは古いアルバムだった。
「あっ、これじゃない?」
久美が見せると、曾祖母ちゃんはそれを覗きに来た。
「これこれ! 久美ちゃんありがとう。どら、そうねえ、最初の方は小さすぎるわね」
最初のページは赤ん坊の写真だった。年号を見ると今より100年以上前だ。
「これ、曾祖母ちゃん?」
「そうよ」
「ふうん」
赤ん坊は、今も昔も同じだな、と久美は思った。
次のページの曾祖母ちゃんは小学一年生くらいで、その次のページには4年生くらいの可愛らしい少女が写っていた。着物のようなものを着ている。
その次のページにはもう中学生くらいの曾祖母ちゃんが写っていた。白黒写真でも本当に美少女である。
そしてさらに次のページには、綺麗な振袖姿の曾祖母ちゃんがいた。
「これにしましょう。17歳くらいかしらね」
曾祖母ちゃんはその写真をアルバムから剥がした。古い紙がぱりぱりと音を立てる。
そして曾祖母ちゃんが、それを懐に入れると、曾祖母ちゃんの姿が変わった。
「わあ、17歳の曾祖母ちゃんだ! めっちゃ、可愛い~!」
「ね、可愛いでしょう? 久美ちゃんの17歳も楽しみにしてるわね」
「私の?」
「そうよ。あと数年後、また来るわね。では、さようなら」
ツヤ祖母ちゃんは、襖を開けて廊下に消えて行った。
曾祖母ちゃんがみていた抽斗は元通りになっている。
布団の上にはアルバムだけが開いていた。
「夢、じゃないみたい」
久美は大人になることが怖かったけれど、ツヤ祖母ちゃんはとっても素敵な人だった。年をとっても死んでも素敵な人。それがツヤ祖母ちゃんだ。ちょっとだけ、大人になるのも良いかもしれないと思えた。
アルバムのページには、乾いた糊の痕だけが茶色く残っているのだった。




