【第一幕】皇国潜入篇 第四節
リリス視点です。
【魔王リリス】
小休憩を終え、再び作戦会議を続行する。
聞きたいことは山ほどあるのだ。
知りたい情報は全部聞き出したい。だけどそれをしてしまうと例え猶予が一ヶ月あったとしても足りやしないだろう。だけど現実に私たちに残されている猶予は1日と半分だけだ。
ここは必要最小限に質問を止める必要がある。
休憩を終える頃にはアイリスの表情も大分柔らかくなってきていたので安心する。
よし!ここからまた気を引き締めていこう。
気を取り直して聞き取りを再開する。
「アイリスと戦った時、私貴女のお腹斬っちゃったよね?大丈夫なの?」
アイリスが平気そうにしていたから今まで聞けていなかったが、実はすごい気になっていた。
今もまだ手には彼女の肉を断った感触が生々しく残っているのだ。え、普通の人ってお腹斬られたら死ぬよね?なんだか自信がなくなってきた。
「大丈夫。実はあれが聖剣の力」
そう言って勇者は腰に下げていた装飾が煌びやかな剣を手渡してきた。
「それが聖剣。使っている人の傷とか癒してくれるから便利」
そう教えてくれた。
確かに便利な性能だ。
私と戦った時も瞬時に傷口が塞がっていたところを見るにその性能は確かなのだろう。
そんな便利な武器が誰にでも扱えるわけないだろうし、きっと量産も無理だろう。
そもそも国宝級の武器を量産とかされたらそれはもう戦争ではなくただの蹂躙だ。
「危険はないの?」
ここまで性能が良いと使用者に相応のリスクを強いる可能性が高い、そう思って聞いてみたが。
「ん、大丈夫」
アイリスは少し強がったような顔を見せてなんでもないとだけ言う。
なんでも無いわけがない。だけどこれもいつか話してくれるつもりなのだろう。
それがアイリスが決めたことなのだとしたら今だけは彼女の決意を尊重しよう。
「わかった。今はそう言うことにしといてあげる」
「ん、ありがと」
困ったように微笑むアイリスは反則級に輝いていた。
あー、もう。次だ!次!
軽く咳払いをし質問を重ねる。
「えっと…じゃ次に聞きたいことだけど、皇国には何をしに潜入するの?」
潜入するとは聞いたが具体的に何をしに行くのか聞いていなかったことを思い出したので聞いてみる。
「皇国は私の位置を把握してるって話したと思う」
「うん。大まかにアイリスの居場所がわかるってやつね」
彼女が頷く。
「そう。刻まれた魔法陣の位置を専用のオーブで把握する。皇国が開発した魔法で本来は戦争に応用するためのものらしい。現場の指揮官が味方部隊の位置を把握したりとか…だったと思う」
「でもまだ実用化には至っていない?」
そう尋ねるとアイリスは頷いた。
「精度が悪い上にコストがかかりすぎる。でも実験はしている。私もその一人」
なるほど、確かに便利な魔法だ。簡易的に再現できれば莫大な利益が見込める。
罪人に施せば脱走しても追跡できるから脱獄は不可能になる。
その他にも色々な方面に応用が効く便利な魔法だ。
人族は精霊からの寵愛を受けれない代わりに、非凡な発想力を獲得したのだなと素直に感心する。
うーん、魔法の構造が知りたい…。でも今は我慢しないとダメよね…。
私が己の欲望を押さえ付けていると、アイリスがクスクスと笑っているので喧嘩を売っているのかと睨みつける。
「なによ。言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「リリスって思ったことけっこう口に出るね」
しまった。またやってしまった。
私は顔を朱に染めながら自分のお口の緩さを再度恨む。
取り繕おうとアワアワしていると、アイリスが顔を寄せてくる。
そして耳元でこんなことを囁くのだ。
「あとで教えるね」
もうその瞬間魔法のことも何もかも吹き飛んだ。
自分がなんと言われたかも定かではないまま私は黙って頷いていた。
ただそれだけのことなのに心が浮き立つ自分のちょろさが今は恨めしかった。
深呼吸をして冷静さを取り戻してから、再度アイリスに尋ねる。
「それでそのオーブを破壊するのが今回の目的ってわけ?」
アイリスがこくんと頷く。いちいちかわいい。
「仮にだけどオーブのスペアがあったらまずいんじゃない?」
そう質問を重ねるとアイリスは首を振って否定する。またまたかわいい。
「それはない…はず。オーブは皇国でもかなり貴重な代物だから」
なるほど、皇国といえど財源は無限ではないと言うことか。
「わかった。でも決めつけは良くないと思うわ。可能性として頭の片隅に置いておきましょう」
アイリスが再度こくんと頷く。やっぱりかわいい。
「そのオーブを破壊して皇国からの追跡を振りほどこうってこと?」
「そう」
「その後はどうするつもり?」
そう尋ねるとアイリスは少し困った顔を見せながらも答えてくれた。
「その後は神聖皇国の皇帝と教皇を殺す」
皇帝といえば国の頂点に立つ存在だし、教皇も教会という絶大な権力を誇る機関の盟主だ。その二人を暗殺するなんて出来るのだろうか?彼女はなんでも無いことのように話すが、私にはそれはとても寡兵で遂行できるとは考えられなかった。
もしかすると彼女は誰か別の人と間違えているのだろうか?
そんな訳ないと本能が囁いているが、一応確認はしよう。
「一応きくけど…皇帝って神聖皇国の頂点に君臨する支配者のことじゃないわよね…?」
そんな私の淡い期待を彼女は無慈悲に一刀両断する。
「合ってる」
「出来る筈がない!皇帝も教皇も皇国の重要人物でじょ!?幾重にも警備が張り巡らされている筈よ。それとも貴女にはその警備を掻い潜って暗殺する自信があるのかしら?」
「ある。その為に何年も準備してきた」
やけに自信たっぷりな様子に私はこれ以上何かを言う気にはなれなかった。
彼女の目は決意した者のそれだった。誰がなんと言おうとその決意は揺らぐことはないのだろう。
「はぁ……もう分かったわよ。つまり貴女は私にその暗殺の手伝いをして欲しいということね?」
「そう」
「代わりに私の復讐も手伝うと?」
「うん」
「分かったわ。それはそうとなんで私の力が必要なの?アイリスは私よりも強いじゃい。私の力に頼らないといけない理由があるの?」
きっとアイリスは皇国最強の騎士だ。いや単騎での戦力は恐らく世界最強だろう。そんなアイリスが私に頼むってことはきっとそれなりの理由があるのだろう。
「皇国が私に呪いの魔法をかけている。皇国に叛逆の意志を向けたら私はその呪いで殺される」
「闇魔法の使い手がいるのね。それは厄介ね」
だけど少し妙だ。そんな高度の呪いは双方の合意がないとかけられない筈だ。アイリスがそんな不当な契約に同意するとは考え難い。
きっと何か理由があるのだろう。
「いつ呪いをかけられたの?」
「現在地を知られる魔法をかけられた時」
「もしかして知っててかけられたの?」
「そう。他に選択肢がなかった」
アイリスが何を言っているのか全然分からない。分からないけど止むに止まれぬ事情があることだけは察することができた。
踏み込んでも良いのだろうか?
「その理由は聞かせて貰えるのかしら?」
そう尋ねるとアイリスは苦い微笑みを私に向けてくる。
「まずはオーブに破壊に専念しよう?」
なんとも内緒ごとの多い勇者様だ。
いい加減嫌味の一つも言いたくなる。だけど彼女が自分と向き合うためには時間が必要なのだろう。それに何をするにしても誰かに見張られているというのは気持ちが悪いだろうし。
今は彼女の中の憂いを払うことに全力を尽くすと誓おう。
「わかったわ。だけどアイリス一つ約束して。オーブを破壊したら貴女が隠していること全部教えてね」
そう伝えるとアイリスは真剣な表情で頷いてくれた。
「わかった。約束」
アイリスもまた苦しみの中自分を変えようともがいているのかもしれない。それなら私はただ彼女を信じて待とう。
きっとアイリスなら乗り越えられる。だから今は彼女の決意に笑顔で応える私でいよう。
「ええ、約束ね」
その後もアイリスには色々なことを聞いた。
この遠征は各国の思惑が深く絡み合った末のものだということ。この戦争を世界中に提唱したのは彼女の所属する神聖皇国だということ。皇国曰くこの戦争は神の御意志だそうだ。アイリスは皇国の公式発表しか知らないらしいが、皇国は亜人はこの世界唯一の絶対神を信じず、あまつさえ主の子孫である我々人族に害を及ぼす害獣に他ならないとのことだ。そしてその頭目である魔王を討伐することで亜人の戦意を挫き、この世により広く主の威光を示さんとかなんとか。
アイリスが申し訳なさそうに教えてくれるのが可愛かった。
他にも今回魔王城を包囲していた軍は色々な国から兵を寄せ集めた軍であることや、小国は兵を派兵しない代わりに兵站や資金を提供していること。また今回の戦争の盟主である皇国が手柄を独占するためにアイリスに単独での魔王狩りを命令していたことなども。
どうやら人族の国々にも微妙な力関係があり、思っているよりも軋轢があることを知れたことが収穫と言えるだろう。
仲違いさせる余地があるならば付け入る隙は十二分にあると言えるだろう。
また殆どの国が今回の戦争に投入しているのは徴兵された一般人で、騎士階級の者たちは進んで私たちの国に来たがらないという。
騎士という立場にありながらなんとも嘆かわしいことだ。
そんな寄せ集めのような軍隊だからこそ、大国である皇国最強の剣士として派遣された勇者アイリスにはかなりの発言力があるみたいだ。
また皇国という国についても聞くことができた。
皇国は唯一絶対の神を信仰している国だ。
その国を統治しているのが皇帝だ。彼は自らを神の代弁者と宣っているらしい。
また勇者は皇国内で絶大な権力を持つ教会とそのトップである教皇に使えている。
彼女は神の剣として神敵を打ち滅ぼす役目が勇者に与えられているらしい。少なくとも国民にはそう認知されているとアイリスは言っていた。
また私たち亜人と人との間では宗教観がかなり異なっているのがなんとも面白かった。
私たち亜人は神や精霊は其処彼処に宿っているものだと信じているし、私たち亜人は精霊を感じ取ることができる。
そのことをアイリスに話すと彼女はとても驚いていた。
また亜人蔑視についても聞いた。
これは皇国だけに限った話ではないが、我々亜人は体に獣の特徴を宿すことから悪魔との混血であるとされていて、種族の名称も魔族で通っているらしい。
因みにアイリスが噂では私が人肉が大好きだと聞いたと言っていた。その流れで私のこと食べる?なんて言ってくるものだからキッチリと誤解は解いておいた。
そんな話しながらもアイリスは私の手についている蒼黒の鱗を撫でていた。
彼女自身は亜人蔑視なんて気にしていないことが伝わってきて単純に嬉しかった。
魔法の習得方法も人と亜人では違っていて面白い。
正直私にとっては一番関心の強い話題だった。
人族は魔法を理論や体系から学ぶらしく、亜人は生まれ持った天性の感覚で教わらずとも扱えるようになる。個人で扱う魔法の規模も威力も亜人のそれは人を軽く凌駕している。
人が亜人を危険視する理由も分からなくは無いという訳だ。
偏に魔法といってもなんでも出来るわけではない。生ある者はそれぞれ特定の魔法特性を持って生まれてくるのだ。
基本的には魔法は七属性に分類され、それぞれ【火】【水】【土】【雷】【風】の基本の五属性と【光】と【闇】の特殊な属性がある。
それぞれの詳しい説明は後日に回すとして、私たちはそれぞれの魔法適性を教えあった。
私が【水】と【闇】でアイリスが【火】と【光】だ。
ちなみに治療魔法を使えるのは【光】の魔法適性を持つ者だけなのでアイリスの超回復にも関わっているのだろう。
生まれつき二つの属性の才能があることは稀なケースだ。
大抵の場合修練に励むとある程度使いこなせるようにはなるが、基本的には生まれ持った適性を超える魔法を扱うことは出来ない。そこを人族は魔法の基礎を体系化することで比較的誰でも魔法を扱うことが出来るという。
魔法規模はそこまで大きくはないというがそれでもかなりの脅威だ。人族は数的優位があるのだから。例え一人一人の魔法の威力は小さくとも人族が一丸となりその力を合わせれば魔族殲滅な容易だろう。
改めて人族の底力を思い知り、戦慄を覚えた。
アイリスに人族の魔法体系について根ほり葉ほり聞いているといつの間にか辺りが暗くなっていった。
「リ、リリス、明日も早いから今日はこの辺にしない?」
初めは魔法理論について機嫌よく教えてくれていたアイリスだが、際限なく湧き上がる質問の嵐に流石の勇者も疲れが見えてきたようだ。
「まだまだこれからだというのに…。わかったわ。だけどアイリスこの続きはいつか必ずしてもらうからね」
今日はとりあえず終わりと安心していたアイリスが戦慄の表情を私に向けてくる。
「なによ」
「なんにもない」
アイリスは口では何にもないと言いながらジトーっとした視線を私に向けてくる。
今日一日話してみてずいぶんと彼女が何を考えているかが分かるようになってきた。
今は絶対「教えるよりも戦闘の方が楽」って考えている。
彼女は頭の回転はかなりはやいが、頭を使うことは得意ではないようだ。
亜人である私よりも感覚で魔法を使いこなしているように見える。
その証拠に彼女は自身の適性以外の魔法を一切扱うことができない。
彼女自身興味が無いことを学ぶ気が全く無いのだろう。
アイリスは私が思い描いていたイメージよりもよっぽど脳筋のようだ。
そんな下らないことを考えながら私たちは寝支度を整えていた。
アイリスにも適当な部屋をあてがい、私も自室で睡眠をとろうと目を瞑るが明日のことを考えるとなかなか寝付けない。
明日の計画のことも今日アイリスと煮詰めていった。
その上で私はアイリスと一緒に敵地に赴くことになっている。
その恐怖は計り知れない。アイリスのことを信用してはいるが、実際に何が起こるかは未知数なのだ。
私は寝付けないのも致し方ないと開き直り、部屋の窓から外の景色を眺めることにした。
窓の外には己の死も厭わず、家族や同胞を守るために散っていった勇気ある戦士たちの骸が大量に横たわっていた。
今の私に出来ることはせめて彼らの魂が安息とともにあらんことを祈ることだけだ。
そして私は彼らに誓う。
決して彼らの死に報いる事を。
きっと遠からず私もそちらに行くことになるだろう。
その時は彼らにも誇れる最期を飾ろう。
彼方の世界で彼らに良い土産話が出来るように。
私が彼らの冥福を祈っていると、静まりかえった部屋にドアをノックする音が木霊する。
驚いて振り返ると鎧も服も身につけないで肌着だけを身に纏っているアイリスが立っていた。
その姿はひどく艶めかしく、目のやり場に困る。
状況についていけず、目線を彷徨わせる私にアイリスは
「今、すこしいい?」
と、尋ねてくる。
もう今夜は寝れないことを覚悟した方がいいだろう。
明日の作戦に支障を来さないようにしなければならないがどうしようかな。
うん、明日のことはもう明日の私に一任することにしよう。
私は少しの諦観とともに考える事をやめることにした。