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草稿(設定資料集)  作者: Mel.
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【第一幕】皇国潜入篇 第三節

リリス視点です。


【魔王リリス】



 仮眠を終え、その日の昼下がりに私達はまた玉座の間に集まった。

 このだだっ広い空間の隅っこに机と椅子を持ってきて、仮設の作戦会議室をつくった。

 共同作戦を決行する以上は情報の共有が大切だ。

 私は思っていた以上に人族のことを知らないらしいからな。

 知は何よりも強力な武器になり得るのだから、なんでも知っていて損はないだろう。

 お互い命がかかっているのだ。

 知らなかったから死にました。なんて間抜けな最期だけは是非とも避けたいものだ。

 それにアイリスは皇国の中枢から来ている。と思われる。

 彼女の持つ情報は計り知れない価値を持っているだろう。

 そもそも勇者という立場が皇国においてどの程度重要視されているかもいまひとつ分からないので、その辺りも含めてアイリスに確認したらいいだろう。

 情報のすり合わせをすることをアイリスに伝え、了承を得た。

 残された時間は1日と半分だ。

 急いで情報をすり合わせて行こう。


 玉座の間にて居住まいを正しながらアイリスが聞いてくる。

 「リリスは何が知りたい?」

 なんて軽い調子なもんだから少し苛つく。

 「何もかも!アイリスが居場所知られてるって言ってたことも詳しく知りたいし、そもそも勇者って何?アイリスは私の過去を知っているのに私はアイリスのこと何も知らないっていうのも不公平じゃない?っていうかアイリス私と戦った時お腹切れてたよね?自分で斬っといてなんだけど大丈夫なのそれ?今回皇国に潜入するのってアイリスの目的のためよね?具体的に何するの?そういえば今回派遣された軍隊の規模もどこの国がどれだけ派兵しているかも知らないわ!人族の国家の勢力図やそれぞれの国がどれくらい亜人殲滅に関心を示しているかも知りたい!あと皇国は亜人についてどれだけの知識があるの?そもそも私皇国について何にも知らないし!皇国の思惑も皇国の政治体制も人族の宗教観もついでに皇国の主産物や名産品なんかも知りたい!ついでに魔法学の知識も知りたい!全部教えて!」

 聞いてもいいと言われたら気がはやって言葉遣いが素に戻ってしまった。

 や、やばい、魔王の威厳が…。

 それに私の質問ぜめ勢いにアイリスが若干引いてる気がするが今は気にしないことにしよう。 

 とりあえずは話を進めよう。

 「ゴホン……と、兎に角知っていることすべて話してもらおうか」

 「わ、わかった。話せることは話す」

 よし。

 「じゃあまずはアイリスの居場所がわかるってどういうこと?それは皇国に?軍に?あとそれはどの位の精度でわかるの?」

 今一番重要なことだ。

 万が一声が筒抜けなんてことないよね?魔王の尊厳とか色々危ない気がする…。

 それに声が聞かれていたら作戦が筒抜けで私たち二人とも詰みだ。いやアイリスが裏切っていたらその限りではないか。だけどこんな回りくどいことをする意味はあるのだろうか?いやいや私は人の社会も文化も私は知らないのだから警戒しすぎなくらいがいいのだろう。

 少し話しただけでもアイリスが酷い嘘をつくとは思えなかったが、裏切りなんて私にとっては日常だったのだ。もはや習性として警戒してしまう。

 「地図かして」

 「はい」

 地図を手渡すとそれを机に広げておもむろに指を押し付けた。

 指先に光が灯り、地図が少し焦げる。

 「このくらい」

 「そっかぁこのくらいかぁ…じゃないわよ!あんた貴重な地図になにしてくれてんの!?」

 「ご、ごめん」

 「まぁいいわ」

 そう言って改めて地図を見やる。

 使った地図は大きく世界の国々の位置関係を示すものだった。その地図の亜人の国の南の方に焦げ目がついていた。便利な魔法のようだがどうやら精度はかなり大雑把だ。

 「どこの国の大体どの地域にいるのかが分かるってこと?」

 「そう」

 その答えに一先ず胸を撫で下ろしていると、アイリスが爆弾を投下してきた。

 「ちなみに声は聞かれてないよ。安心して」

 違う意味で安心できない!

 「え、わ、私口に出してた?」

 「ばっちり出てた」

 身体中の血液が沸騰しているかのように熱くなった。

 今度からは気をつけよう。うん。

 私が口は災いの元だと認識を改めている横でアイリスは話を進めた。

 「私の位置が分かるのは皇国だけ。皇国が勇者をつくった時に肉体に魔法の刻印を刻んで常に何処にいるかを分かるようにした」

 彼女はそんな悍ましいことをなんでも無いことのように口にする。

 「つくったってどういうこと?皇国はアイリスを道具みたいに扱っているの?」

 「実際に私は国の道具。皇国にとって都合の悪いものを消し去る装置にすぎない」

 そう言った彼女の顔は感情を宿していないかのごとく凪いでいた。

 その顔を見て彼女もまた過去に何かがあって壊れてしまったんだと理解してしまった。

 「アイリス…」

 辛いという感情が麻痺するくらい壮絶な過去が彼女の身に降りかかっていたのだろうか。

 アイリスの声は怖いくらいに平坦で、仄暗い過去など微塵も感じさせない。だけど私はそんな感情の起伏の無い表情をしている彼女を見ていると、何故か心が締め付けられているかの様に痛んだのだった。

 私たちはまだ出会ったばかりだから、信頼を築いていない以上お互いに話せない事がいっぱいある。私も彼女に何もかもを話せているわけではないのだから当然だ。だけど状況は逼迫している。私たちが悠長に仲良しこよしな友達ごっこをしてお互いの信頼を深めていく時間はもしかしたら残されていないのかもしれない。

 そんな状況下なのだからアイリスが私には話せないことがあるのも致し方ないことなのだろう。だけど私は自分の心の奥底から彼女の全てを知りたいという衝動が噴出するのを感じた。

 どんな些細なことでもいい。

 ただアイリスのことを理解したいと思った。

 彼女にとって一番の理解者になりたいと思った。

 この世界で私だけが彼女の味方でいたいと思った。

 他人の腹の中なんて分かる訳がないと理性が囁くがそんなことはどうでも良かった。

 傲慢な考えだという事は分かっている。だけど私はこの衝動を止められそうになかった。

 自分の中にこんな自己中心的な気持ちがあるなんて知らなかった。ただただ戸惑う他なかった私はこの感情を完全に持て余していた。

 もっとアイリスのことを知りたい。

 彼女の核心に触れてみたい。

 「ア、アイリス…」

 手を伸ばそうとして、直前で思いとどまる。

 急に恐怖に取り憑かれたのだ。

 アイリスに嫌われるのが怖い。

 自分の過去を詮索する者を嫌わない者はいないだろう。

 それがほぼ初対面の相手なら尚のことだ。

 彼女に嫌われる可能性があると考えただけで足が竦む。

 そこから一歩も前に進めなくなってしまった。

 私の口から出た想いの残滓が空に溶けて消えるまで私たちは無言で見つめ合っていた。

 その時アイリスが何を思っていたのかは分からない。

 一方で私は彼女に自分の想いが伝わらない様に必死になって無表情を取り繕っていた。

 彼女に拒絶されたくない、ただそれだけを切に願って。



 少しだけ気まずくなった空気を変えるためにお茶を準備しに給仕室まで来ていた。

 アイリスはどんな香りが好みだろうか。

 何でもいいと言っていたから今回は私の好きな柑橘系の紅茶を用意しよう。

 爽やかな香りが気分をも変えてくれると信じて。

 ティーカップを温めながら先ほどまでの会話のことを考えてしまう。

 アイリスの過去に私は触れてもいいのだろうか。

 いやいや彼女が話してもいいと思うまで待つべきではないだろうか?

 だけどアイリスは私の過去を少し知っているみたいだし、私には聞く権利があるんじゃ…?

 でもそれで嫌われてしまっては元も子もない。

 いや…だけど…でも…

 ぐるぐると思考の迷路を彷徨う。

 その間も私は身体に染み付いた記憶を頼りにお茶の準備をすすめる。

 気が付くとお茶の準備を終えていたので作戦会議室(仮)に戻ることにした。

 戻った時アイリスの顔は普段通りに戻っていて少しホッとする。

 私のことをみつめるアイリスにお茶を振る舞う。

 チャキチャキ準備しているとアイリスは意外なもの発見したような目線を向けてくる。

 「何よ」

 なのでジトッとした視線を彼女に向ける。

 言いたいことがあるなら言いなさいよ、と視線に込めて。

 「お茶の準備ができるなんてすごい」

 するとストレートなお褒めの言葉を頂いた。

 「お、お茶くらいで大袈裟な」

 「私は出来ない。だからすごい」

 大したことはしていないつもりだが、そう言われると素直に嬉しかった。

 そこからの作業はいつもよりも気合が入ってしまったのは内緒だ。

 そうして出来た紅茶をアイリスに渡す。

 「はい、どうぞ。お口に合うかはわからないけれど」

 「ありがと」

 アイリスはそう言って微笑んでくれる。

 そうしてカップに口をつける。

 人に出したのは初めてだから緊張する。それも自分の好きなものを。

 美味しいって思ってもらえるかな。

 彼女に美味しくないって思われたらしばらくは枕を濡らしそうだ。

 私がドキドキしながら見ていると彼女が顔を綻ばした。

 「おいしい…」

 その表情を見るだけで胸が締め付けられた。

 私は自分の紅茶にまだ手もつけていない…なのに彼女の笑顔を見ているだけで体が奥の方から温まるのを感じた。

 何も特別なことはしていない。

 ただ二人で静かにお茶を飲むだけの時間。

 そんななんでもない時間が不思議と何よりも尊いものに感じたそんな昼下がりだった。




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