【第一幕】皇国潜入篇 第二・五節
アイリス視点です。
【勇者アイリス】
小休憩を挟むことになり、私は適当な小部屋を探して魔王城の廊下を彷徨っていた。
ふふっ
一人になった途端に気持ちの悪い声が漏れる。
それが自分の声だと自覚して慌てて口を噤むが、少しするとまた漏れてくる。
ふふふっ
そっかぁ。リリスって言うんだなぁ。
可愛い名前だなぁ。
ええ、この見事に浮かれまくっているのが皇国から魔王を殺すように命じられてはるばる魔族の国まできた上で魔王リリスに求婚しちゃった勇者アイリス、そう私のことです。
ただ、一つ言い訳をさせてほしい。怖いくらい物事が順調に進んでいるのだ。これでは多少浮かれるのも仕方がないのではないだろうか?(うん、仕方がない)
前々から準備していた計画も上手く運びそうだし、魔王のことも名前で呼べるし。
こういう時ほど気を引き締めて行動しないと。
少しの油断が命取りになりかねないのだから。
ふふふっ
リリスちゃん
これからは心の中でそう呼ぼう。
それにしてもリリスちゃんってちょっと抜けているというか、天然みたいなとこあるよね。
まぁそこが可愛い所でもあるんだけど。
だって…「貴様は私のこと好きなのか?」って、そんなこと聞くなんて。
好きじゃない人にプロポーズなんてしないのにね。
勿論色好い返事が貰えるとは思っていない。
だからあの場ではお茶を濁して彼女の返答から逃げてしまった。
彼女に私のことをいきなり信用して欲しい…なんてことは虫が良すぎる妄想に過ぎない。
ただの幻想だ。
そもそも私が彼女のことを好きになっていなかったら、彼女の選択肢に自分の命と領民の命とを天秤にかけさせるつもりだったのだ。
それだけじゃない。目的を達成するために私は多くの魔族を殺してきた。
私の前に立ちはだかる者を一人残らず、一切の容赦無く殺してきた。そしてその考えや行動を後悔したことはないし、今後その方針が変わることもないのだろう。
こんな残虐な私が誰かから、ましてやリリスちゃんから好かれるなんて奇跡は有り得ない。
だから私の想いは報われない。
それは分かっているが、密かに想うだけなら許されるだろうか。
ダメだとは分かっているのだが彼女の可愛い反応を見るとついついいたずらしたくなっちゃうのだ。
少しは控えないといけない、と思っているのだが私に我慢ができるだろうか?
「あーあ、リリスちゃんのせいで私悪い子になっちゃいそうだよ」
そう言った私の声は朝日の届かない暗い廊下のなかで、どこかはずんで聞こえた。