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草稿(設定資料集)  作者: Mel.
25/26

【第一幕】皇国潜入篇 第十五・五節


【勇者アイリス】



 「つまりアイリスは私が足手まといだって言いたいのね!私のこと守ってあげなきゃ何にも出来ないグズなお荷物って認識してるって事なのね!」


 「アイリスは私が自分の面倒も見れないって言いたいの!?それこそ余計なお世話よ!」


 違う。そんな風に思ったことなんてない!

 私はただ単純にリリスちゃんの身を案じているだけなのだ。

 だからこそ私はリリスちゃんが何故怒っているのかが分からない。

 教会を敵に回した状態で皇国に乗り込むということがどれほど危険かを彼女は知らない。

 その上で私と行動を共にするという事がどれだけ彼女にとってリスクある事なのか、彼女は正確に認識できていないのだろう。

 だけどそれも仕方ないことなのかもしれない。

 彼女は教会が人族の国に対してどれだけ太いパイプを持っているかを知らないのだから。

 そんな強大な組織の総本部がある皇国内で教会がどれだけの勢力を誇っているかを彼女は知らないのだから。

 でも、だからこそ私はここで引く訳にはいかない。

 リリスちゃんが大事だから、愛しているからこそ彼女を危険から遠ざけるべきだと思っている。

 それだけが今の私が彼女に出来る唯一の贖罪だと信じているから。



 「リリス落ち着いて。私はリリスが自分の面倒も見れないなんて思ってない」

 私の言葉を聞いたリリスちゃんは更にヒートアップしていく。

 「じゃ何!?私の事どんな風に思ってるか言ってみなさいよ!」

 リリスちゃんのことどう思っているか。

 そんなの簡単だ。

 彼女は世界一美しい女性、それでいて聡明で性格も聖母の様に清く優しい。私はリリスちゃんのことをそんな完璧な女性だと思っている。だけどそれをありのまま彼女に伝えることが何故か今の私には出来そうに無かった。

 何故かは分からないが自分の気持ちを素直に伝えることがとてつもなく怖いことに思えたのだ。

 日和った私は少しだけオブラートに包んで伝える。

 「優しくて、素敵な人」

 勿論こんな言葉なんかじゃ私の気持ちを一億分の一も込めれてないが、これが今の私の精一杯だった。

 私の返答を聞いたリリスちゃんは少し動揺を見せた。

 その顔が心なしか赤くなっている様に見える。

 彼女の吃った返事が天幕の中に木霊する。

 「ヒッ、イ、いみゃはそういう事を聞いているんじゃにゃ…ない!!」

 どう思ってるか聞いたのはリリスちゃんなのに。

 なら彼女は一体何を聞きたいのだろうか。

 人の感情の機微はかくも理解し難いものだと痛感する。

 特に私は常人とは感覚がズレているらしいから、尚のこと難しいのかもしれない。

 「違うの?」

 「う、嬉しいけど!今聞きたいのはそういうことじゃなくて!……その、アイリスは私が自分の面倒も見れないとグズだと思ってないって言うのなら、一体どう思っているのかって聞いてるのよ!」

 あぁ、なるほど。

 リリスちゃんに指摘され、改めてその事について考えてみることにした。

 彼女は魔王と呼ばれるだけあって強大な力を有している。単騎での決闘で彼女に勝てる存在を私は私以外に知らない。

 それくらい私は彼女の強さを認めている。無論戦ったら私が勝つけど。

 その事をリリスちゃんに伝える。

 「リリスは強い」

 「ええ、そうよ!私は自分の身は自分で守れるくらいには強いつもりよ!」

 その言葉に私は頷く。

 彼女の言葉は正しい。彼女は大抵の厄介ごとなら自分の力で乗り切れるだろう。彼女が保有する魔力量なら例え数百の騎士と戦うことになったとしても負けないと思う。

 その事実を私は今まで一度も疑ったことなどない。疑ったことが無いからこそ私は彼女の言いたいことがなんなのかを益々理解できずに頭を悩ませていた。

 彼女は一体何を私に伝えたいのだろうか?

 チラリと彼女の表情を盗み見ると彼女はその紅い瞳を潤ませていた。

 その表情を見た瞬間、私の頭が真っ白になるのを感じた。

 彼女は涙を溜めた瞳で私を睨めつけながら、赤裸々に感情をぶつけてくる。

 「…そうよ。私は強いの!アイリスに護って貰うほどひ弱じゃないってのよ!それなのにアイリスは私を蚊帳の外に置きたがる!私はそれが我慢ならない!!」

 「リ、リリス…」

 「何なのよ!アイリスは本音では私のこと認めてないんでしょう?!私に背中を預けるのは不安なんでしょう?!だから私のことを遠ざけたいんだ!」

 「それは誤解。私はリリスを信じている」

 私ほど彼女を信じている者はいないに決まっている。だって私は彼女の為ならこの命を惜しいとすら思わないだろうから。

 それだけは彼女に正しく認識していて貰いたかったので、はっきりと彼女の主張を否定する。

 だけど彼女は折れない。

 「信じてるってなら私のことも連れていきなさいよ!」

 「それは出来ない。私と一緒に皇国に行くとリリスの命が危ない」

 行くと死ぬと分かっているような危険な場所に、みすみす彼女を連れて行きたく無いのだ。

 「その態度が私のこと信じてないって言ってんのよ!もう私のことを信用しないアイリスなんてキライ!」

 信じてない。

 キライ。

 彼女の口からはっきりと否定された。

 耳鳴りがなる。

 血の気が引く。

 目の前の景色が淡く滲んで行く。

 頭が異常に重たくなり、そのまま後ろの椅子に倒れこむ。

 遠くでリリスちゃんが私を心配する声が聞こえる気がするが、今の私にはそれに応対することが出来ない。

 ボーッと霞む意識の中で私は彼女の言葉に少なくないショックを受けたんだと理解した。

 それは初めての体験だった。

 痛みやそれが齎す恐怖はすっかり飼い慣らしてしまっていたので久しく忘れていた感情が彼女の心を支配する。

 リリスちゃんと出会って、交流していく内に芽生えた感情。幸福や安堵の陰に隠れて私の身を蝕む呪いが顔を出す。

 それは彼女に拒絶される恐怖。

 目的を果たせず道半ばでくたばるよりも、彼女に拒絶されることの方がひょっとすると今の私には怖い事なのかもしれない。

 そのまま意識が混濁していく。

 やがて限界に達した時、私はプツリと意識が途切れ、それと同時に床に倒れ込んだのだった。




 目を開くと暗い何もない空間が広がっていた。

 そしてそこにはリリスちゃんが立っていた。

 彼女は清く、優しい笑みを浮かべ私を手招きしている。

 ひどい寒気がしていた私は彼女に抱きしめて貰いたくて手を伸ばす。彼女を抱きしめたくて走り出す。だけど、どれだけ手を伸ばしても、どれだけ走っても彼女には届かない。

 それはひどい悪夢だった。

 リリスちゃんが恋しい。

 彼女の笑顔が、匂いが、温もりが、その全てが私を呼んでいる。

 今すぐリリスちゃんが欲しい。

 狂おしいほどに彼女を求めている。

 そう思って足を動かして前に進もうと踠いても彼女には一切近づけないのだ。

 それどころか足が、腕が、身体が次第に重くなっていく。

 そのことを不思議に思い、改めて自分自身の身体を見てみると、血に汚れた無数の手が私に絡みついている。

 そしてそれが私を暗澹たる泥沼に引きずり込もうとしてくるのだ。

 私はその手の正体を知っていた。

 かつて私が殺してきた様々な人たちだ。

 ある人は教会に害なす思想をもった研究者、ある人は皇族の暗殺を計った者、ある人は戦場で散っていった兵士、他にも沢山の顔が出て来ては口々に私を罵る。

 今更お前が幸せを求めようとするのは間違っている。血に塗れたお前に安らぎが与えられると思うな、と。

 彼らの怨嗟と憎悪が私の足を、手を、身体をしっかりと掴み、そのまま離しはしなかった。




 私は今まで亜人族、人族問わず多くの命を奪ってきた。

 それも己の利己的な目的を果たす為だけに血塗られた道を切り開いてきた。

 今までは自分の心を何も感じないように鈍化させていた。世界をフィルター越しに見るように過ごすことで、これまで感じていた筈の痛みを誤魔化して生きてきた。

 だけど私は出会ってしまった。

 返り血で汚れた私が思わず許しを求めてしまいそうになる程、私の心を揺さぶる存在に。

 彼女と出会ったことで、私の心は色彩を取り戻し、豊かになった。

 幸福を知り、優しさを知り、世界が少しだけ綺麗に見えるようになった。

 それと同時に私の心は脆くなってしまった。

 もう以前の様に何の躊躇もなく誰かを殺せなくなった。

 もしかすると、今から殺す人に私がリリスちゃんに感じるような親愛の情を向ける相手がいるかもしれない。

 今から殺す相手に自分よりも大切な人がいるかもしれないという事実から、私は目を背けることが出来るだろうか?

 否、きっと私は一瞬躊躇してしまうだろう。

 そしてその刹那の迷いが、戦場では命取りになるであろう事を私は知っている。

 私は以前よりも格段に弱くなってしまったのかもしれない。

 それでもリリスちゃんが笑って暮らせる世界をつくる為に、私はこの命を使い切る覚悟はとうの昔に出来ていた。

 覚悟は出来ている…筈だったのだ。

 それなのに彼女に少し否定されただけで気を失うほどショックを受けるだなんて情けないにも程がある。

 それに私にはまだリリスちゃんには話せていない秘密がある。

 その事を話してしまうと軽蔑どころか、彼女から憎しみを向けられるだろう。

 そう思うと、真実を話すことがたまらなく怖くなる。

 怖くて怖くて仕方がない。

 浅ましくも臆病な私は、幸福な今という時間を少しでも引き延ばそうと躍起になっているのだ。

 だけど隠し事を続けるのも、もう限界なのかもしれない。

 彼女の祖父と交わした約束を守る為にも、彼女にははっきりと伝えなければいけないと思った。

 口下手な自分が上手く伝えれるかは自信が無かったが、私の気持ちを全て言葉に乗せてリリスちゃんに届けよう。

 そう決意した次の瞬間、意識が浮上していく様な感覚を味わった。

 ふわりと浮かぶ様な不思議な感覚と共に私は目を覚ました。




 目がチカチカする。

 薄暗い天幕の中に燃える様に赤い斜陽が差し込んでいるのが見える。

 その光を見て、自分がずいぶん長い間寝こけていたのだと知った。

 幾ら昨晩寝てないとは言え、無警戒にも程がある。そう自分を戒め、リリスちゃんの無事を確認する為に、私は天幕内を見回す。

 するとすぐ隣で健やかな寝息を立てるリリスちゃんの姿を見てホッと胸を撫で下ろす。

 どうやらハイゼンフォードとかいう指揮官は一旦帰った様だ。

 その辺りの話はまたリリスちゃんが起きた時にでも聞けばいいだろう。

 そう思い改めてリリスちゃんの寝顔を観察する。

 彼女の寝顔は彼女が寝込んでいた時にしっかりと堪能していたが、幾ら見ていても見飽きないのだから凄いと思う。

 どれだけ眺めてもその美しさには感嘆してしまう。

 それと同時に安らかな彼女の寝顔を見ていると愛しさが溢れてくる。

 彼女を起こさない様に気を付けながら、頭を撫でる。

 そして卑怯な私は寝ている彼女が寝ている事を確認してから懺悔する。

 「本当はリリスちゃんに伝えなければいけない事がある」

 息を吸って、呼吸を整える。

 緊張に手が汗ばむ。

 寝ている彼女に伝えるだけでこんなにも怖いのだ。

 起きている状態ではとても言えやしないなと自嘲する。

 それでもいずれ、必ず伝えなければならない時が来るのだ。

 その時の為にも今、勇気を振り絞ろう。

 「私、貴女のお祖父様を介錯した」

 「彼は貴女の父に教会に売られて、僅かな部下と共に敵陣に取り残された」

 「それでも彼は最期の瞬間まで誇り高く戦った。その最期の瞬間を飾ったのが私との一騎打ちだった」

 「彼は強かった。連戦での疲労がなければ私が負けていたと思う」

 「そんな彼は最期の瞬間までリリスちゃんのことを案じていた」

 「初めは耳を貸すつもりなんてなかった。亜人は悪だと思い込んでいたから」

 「だけど彼等と戦う内に気付いた。亜人にも良い人がいるって」

 「それが貴女のお祖父様だった」

 「お祖父様が投獄されている間に色んな事を話した」

 「特に彼はリリスちゃんの事をとても気に掛けていた」

 「処刑は私がした。リリスちゃんには軽蔑されても憎まれても仕方がない。だけど彼に苦しみは与えていないし、遺体を弄ぶ様なことも一切していない」

 「最期の瞬間まで彼は亜人の未来とリリスちゃんの未来を案じていた」

 「そんな彼が最期にリリスちゃんを私に託した」

 「リリスちゃんと亜人に良い未来が訪れる様に力を貸してあげて欲しいと頼まれた」

 「自分を殺す相手にそんな事を頼むなんて変な人だと思った」

 「その時にはもう私は復讐するって決めていた」

 「だから初めは利用してやろうっていう邪な気持ちでリリスちゃんに近づいた」

 「だけどリリスちゃんに出会って、私は変わった」

 「今では本気でリリスちゃんの為に命を捧げるつもり」

 「でもリリスちゃんが生きていないと意味がない」

 「私の為にもリリスちゃんには生きていて欲しい」

 「我が儘かもしれないけどこれが私の気持ち」

 「だからこそリリスちゃんを皇国には連れて行きたくない」

 「教会はリリスちゃんの情報を手に入れている可能性が高い」

 「その場合は先ず私の周囲を探られる」

 「私が教会に不利益を齎すと判断された場合、私は速やかに処分される」

 「かつて私がそうしてきた様に」

 「勿論私も黙ってやられるつもりは無い。精一杯抵抗はする。だけど幾ら私が勇者でも何千もの兵士には勝てない」

 「物量差は覆せない。リリスちゃんならよくわかっていると思うけど」

 「だけど私一人なら疑われることもない…と、思う。たぶん」

 「正直かなりあやしいけど、一人ならなんとか切り抜けられると思う」

 「だからリリスちゃんは他の亜人の捕虜と一緒に隠れ里って所に避難して欲しい」

 「私が教皇達と一緒にリリスちゃんの父とその一派も必ず殺すから」

 「約束する。だからどうかリリスちゃんだけは安全な所で待っていて欲しい」

 「リリスちゃんが誰かに傷付けられるなんて私には我慢できない」

 「必ず仇は討つから。亜人に害なす存在も殺してみせるから」

 「きっとリリスちゃんが少しは住みやすい世界にしてみせる」

 「だから、どうか生きて」


 最後には懇願に成り果てていた。

 実に情けない話だが、今語った全てが事実で、それでいて私の本心だった。

 彼女には生きて、笑っていて欲しいと切実に願う。

 もしも、その為に私のこの命を散らす必要があるというのならば、むしろそれは本望だ。こんなちっぽけな命で事足りるというのならいくらでも差し出そう。

 今更自分に未練など全くないのだから。

 酷く不恰好で、それでいて取り留めのない独白になってしまった。リリスちゃんに黙っていることを全てを伝えるためにも内容をしっかりとまとめておこうと思う。

 彼女に話すことを想像しただけで気が重くなってくる。

 まるで肚の中に鉛がつまっているみたいに気分が沈んでいく。

 そんな憂鬱な気持ちで彼女を見下ろしていると、彼女が私を見上げていることに気がついた。

 その目はキッとつり上がって、睨み殺さんばかりに鋭い眼光を私に向けてくる。

 私は驚きのあまりに言葉を失ってしまう。


 起きてたの?

 もしかして今の聞かれてた?


 怖くて何も聞けない。

 怯える私を余所に彼女は上体を起こし、感情を感じさせない冷淡な声で私に問いかける。

 「アイリス、今の話って」

 なに?


 その声音に私の臓腑が凍てつく。

 呼吸が荒く、浅いものになる。

 それでもなんとか息を吸い、彼女の問いに答える。

 答える義務が私にはあるのだから。

 「全部本当の話。私がリリスの仇」

 そう、と呟く彼女の視線は驚く程冷ややかだった。

 「アイリス、言いたい事は沢山あるけど取り敢えず一つ」

 どんな罵詈雑言が飛んできても良い様に身構える。今更自分が傷つくのを恐るなんてリリスちゃんが知ったら呆れるかもしれない。なんて面の皮が厚いんだと罵られるだろう。だけどそうしていないと身が竦んで、心が壊れてしまいそうなのだ。

 そうして固唾を飲んでリリスちゃんの言葉の続きを待っていると、呆れた表情で彼女が一言物申す。

 「貴女、本当に何にも分かってないのね」

 



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