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草稿(設定資料集)  作者: Mel.
24/26

【第一幕】皇国潜入篇 第十五節

リリス視点です。


【魔王リリス】



 穏やかな日差しが差し込む昼下がり、とある天幕から二人の怒号が辺り一面に響き渡る。

 そのあまりの剣幕に偶然その天幕のそばを通りがかった兵士が飛び上がるくらい驚いて腰を抜かした程だ。

 「まったく話にならないわね!」

 「こっちの台詞」

 お互いに負けじと声を張る。

 分からず屋のアイリスにはこっちの言い分ってモノを分からせる必要がある。

 「だから!私も貴女と一緒に連れて行きなさいって言ってんのよ!」

 「それはダメ。リリスの存在は教会に知られている。このままじゃ死ににいくようなモノ」

 なんて強情なのなのだろう。

 「何処に逃げようがいつかは追い詰められて殺されるってのよ!どうせ死ぬなら私は自分が納得してから死にたい!」

 「犬死によりは生きていた方がマシ」

 言い争う二人の間に挟まれたグランベルク将軍が困った顔を見せている。だけど頭に血が上ってしまった私にはそんな瑣末なことにまで気を回している余裕など有りはしない。

 っていうかアイリス私の本名出しちゃってるし!

 きっと彼女もそこまで気にしてる余裕がない程度には頭に血がのぼっているという事なのだろう。

 何故こんな風にアイリスと喧嘩をしているのかと言うと、事の始まりは今朝にまで遡る。



 温かなに朝日に照らされて私は微睡みから目を覚ました。

 薄暗い天幕の隙間からうっすらと差し込む光が今が早朝である事を伝えてくれる。

 軽く身体を動かし、今の状態を確認する。

 うん、問題なし。

 アイリスの手当は驚くほど良く効いた。その治療技術は亜人の治癒魔道士ですら敵わない程に高い水準を誇っている。

 アイリスがいれば怪我は怖くないな。あんなに痛めつけられたのに三日間たったら傷跡も残らないくらいに綺麗に治っているのだから。

 だからと言ってアイリスにばかり負担をかける訳にもいかないし、何より心配をかけるのは不本意だ。なるべく怪我はしないよう心掛けよう。

 そう決意した所で隣にアイリスがいない事に気が付く。

 いつもは目が覚めるたびに心配そうに私の顔を覗き込んできていたのに…。

 もう私の調子が戻った事に気付いて他の用事を済ませに行ったのだろうか?

 目が覚めると朝一番にアイリスの顔を拝むことが私の密かな楽しみになっていたのだ。なのでアイリスが居ない事を少し残念に思いながらも、彼女の事を探して起き上がる。

 すると天幕のすぐ横からガコッと何かを持ち上げる音がする。

 なんだろう?

 疑問に思って外の様子を伺っているとアイリスが音も立てずに天幕の中にスルリと入ってきた。

 「アイリス!?貴女血だらけじゃない!大丈夫なの?」

 「問題ない」

 アイリスの身体には血と泥に塗れていて、一目見て何かあった事が分かった。

 彼女は大丈夫と言うがいまいち信用できない。そんなに長いこと一緒に行動していないのに彼女が自分のことをぞんざいに扱うことを私は知っている。

 私は急いで彼女に詰め寄って身体をまさぐって異変が無いかを確認する。

 うん、外傷はなさそうだ。良かった。

 でもアイリスの美しい顔には疲れと、…なんだろう、後悔や苦悩といった感情が読み取れた。

 彼女が苦しんでいる。

 そう感じ取った私は彼女を抱き締めようと手を広げる。

 「アイリス…」

 「だ、ダメッ!」

 だけど彼女は私の手を拒絶した。彼女に拒絶されたと言う事実に心が竦み、私の臓腑が凍てつく。だけど同時に彼女の様子がおかしい事に気が付いた。

 アイリスはまるであの晩の、彼女の過去の傷を掘り返してしまった時の様に震えていた。

 「あっ…、ごめん」

 彼女は謝ってくれたが、明らかに無理をしていた。

 だから私も強気を装う。

 ついでに疑問に思っていた事も聞いてみよう。

 「ううん、私は大丈夫。それよりもアイリス、その…今まで何処で何をしていたの?」

 「そ、それは……」

 「私には言えないことなの?」

 「ち、ちがっ!…言う必要がないと思っただけ」

 「私はアイリスが何していたかを知りたいの。教えてくれるわよね?」

 暫く言いにくそうにしていたが、私がずっと彼女を見詰めて待っていると渋々といった様子で白状してくれた。

 「リリスに酷い事をした兵士たちを処分してた」

 「処分って……アイリスが殺したの?」

 「うん」

 彼女は努めて何でもない事の様に振る舞っていたが、その顔にはやっぱり苦痛の表情が滲んでいた。

 同族を殺すことが彼女の精神に負荷をかけているのだろうか?それとも何か別の要因があるのだろうか。

 もしかして

 「……なにか酷い事言われたの?」

 「私は大丈夫。それよりもリリスは身体の調子はどう?」

 話を逸らされた気がする。何か私が聞くと不都合でも生じるのだろうか?

 そんな彼女の態度に少し心がざわつく。

 心臓にチクッと棘が刺さったような痛みを覚えた。

 だけどアイリスが私の具合を心配をしてくれるのは純粋に嬉しかったのでここは素直に答えることにする。

 「アイリスのお陰でもうすっかり良くなったよ。ありがとうね」

 私の答えにアイリスは満足そうに微笑んでくれる。かわいい。

 「良かった」

 アイリスに感じた違和感はまだ心の中に巣食っていたが、今は気にしない事にしよう。



 アイリスが湯浴みをして汚れを落としている間に、私が朝食の準備をする。

 ここ暫くアイリスと共に行動してみて、彼女には食事の準備はさせないと決めた。アイリスに任せると毎食ボソボソの携帯食料みたいなモノばかりで済まそうとするのだから。 

 彼女が如何に食事に興味がないかが良く分かる。本当に食べれればなんでも良いのだろう。なので食事は基本私が用意している。

 アイリスはご飯をつくることには興味がないみたいだが、私が用意した食事はなんでも美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があると言うものだ。

 今朝は配給された食材を使って簡単なサンドウィッチを作り、紅茶と一緒にアイリスに振る舞う。

 自分が作ったモノを人が美味しそうに食べるのを見るのはなんだか心が暖かくなるなぁ。

 アイリスの食べっぷりを見ながらそんな事を考えていると、天幕の外からアイリスを呼ぶ声が聞こえてくる。

 「勇者殿!今中に入っても宜しいですかな?」

 声から察するに以前世話になったと言う指揮官(名前は知らない)だな。

 療養してた時にアイリスからざっくりとした経緯は聞いていた。話を聞くに彼は私達に対し誠実に対応してくれている。私自身も今の所はこの男を信用に足ると判断してはいるので天幕内でもアイリスとは普通に会話していた。

 勿論監視は続いているので話す内容は選んでいるつもりだが。

 そんな彼がいきなり私達の天幕に訪問して来たのだ。

 恐らくアイリスが以前いずれ話すと約束していた彼女の目的を聞きに来たのだろう。

 遂に他の人も彼女の目的を知ることになるのか。

 何故か私はそこに一抹の寂しさを感じていた。

 彼女の事を全部知りたいという気持ちと、その全てを独占したいという気持ちがせめぎ合っているのが良く分かる。

 そんな事は不可能だということはよく理解しているつもりだが。

 

 いつの間に私はこんなに面倒臭い人間になってしなったのだろうか?


 私の心から日に日にゆとりが無くなっていっている様で少し焦る。

 そんな事を考えていた私の方にアイリスが目配せをして来たのでどきりとする。

 目で入れて良いかと問うてくる彼女に対して頷く。

 「良い」

 「では失礼しますぞ」

 そう言って髭を蓄えた恰幅の良い男が入ってくる。

 「良い朝ですな勇者殿。それと…其方のお嬢さんはなんとお呼びすれば良いのですかな?」

 「私はリーン・クロムウェルと申します。どうかクロムウェルとお呼び下さい」

 一応偽名を名乗っておく。心配し過ぎとは思うが、彼の元には亜人の捕虜もいる筈だ。何処から私の情報が漏れてるかも分からないので警戒しすぎるに越した事はないだろう。

 「なるほど、クロムウェル殿ですな。了解しました」

 「貴方のお名前を伺っても?」

 「おお、これは失礼。私は此度の遠征軍を率いるグランベルク・ハイゼンフォードと申します。気軽にグランとでも呼んで貰えますかな?」

 「ええ、分かりました。ハイゼンフォード殿」

 「これは中々手強そうですな」

 そう言って一人笑うハイゼンフォード。しかしその視線は私の本心を見抜かんとせん為か、どこまでも鋭い。

 この手合いは丸ごと信用することは出来ないが、利害関係が続くうちは此方を害することはないと考えて良いだろう。

 あくまでも相手にとって利があるうちは…。

 私とハイゼンフォードが話しているとリリスが不機嫌そうに頰を膨らましている。

 どうしたというのだろうか?

 アイリスの不機嫌な態度は解せないが、彼女はいつでもかわいいからいいか。

 「もう良い?」

 「ええ、勿論ですとも。それでは勇者殿、約束通り貴女の目的についてお話し頂けるので?」

 アイリスが頷く。

 「そのつもり。今天幕の周りに聞き耳立ててる人いない?」

 アイリスの疑問をハイゼンフォードが肯定する。

 「ええ、居ませんとも。やはり第三者に聞かれるとマズイ話なのですね」

 「そう」

 アイリスの言葉に緊張が走る。

 私とハイゼンフォードが息を飲んでアイリスの言葉の続きを待っていた。

 「リリ…ゴホンッ、り、リーンには前に言ったと思うけど私の目的は皇国を滅ぼすこと」

 あ、噛んだ。かわいい。

 それにしてもやっぱり本気で言っていたんだ。

 初めて聞いたハイゼンフォードは茫然自失といった様子だ。

 私もこの話を聞いたのは二回目だけど、改めて聞いてもアイリスが頭おかしい人にしか見えない。

 「は?…いやいや、それは流石に無理だってわかってますよね?」

 「何が?」

 本気で分からないアイリスにハイゼンフォードは益々混乱する。

 「こ、皇国を滅ぼすことが、です!そんな事出来る訳が無い。そもそも一国を滅ぼすって…皇国の民も全員皆殺しにでもするつもりですかな?そんな大量虐殺に私どもの国は手を貸しませんぞ」

 端的するアイリスの言い方にハイゼンフォード殿が絵に描いたように見事に混乱している。彼女は伝え方が下手すぎるのだ。

 「アイリス、その言い方だとハイゼンフォード殿には伝わらないわよ。もっと詳しく説明しなさい」

 彼女は口下手過ぎて考えている内の一割も人に伝えることが出来ていない。

 四六時中一緒にいる私ですら未だに理解が及ばない事が多々あるのだ。もともとアイリスと関わりが少ない人だと彼女の端的な言動にはさぞ戸惑うことだろう。

 私はアイリスへの理解度で自分がハイゼンフォードよりも優っていたことに対し、密かに優越感を感じていた。

 日を追うごとに自分の心が狭量になっていくのを感じる。

 少し自省しよう。

 「そっか。えっと…皇帝と教皇を殺したい」

 「な、なるほど…?つまりは暗殺という事ですかな?」

 「そう」

 「それなら納得ですな。勿論それでもかなり難しいとは思いますが」

 「それは分かっている」

 「私個人としては賛成ですな。皇国と教会の力を削ぐことが出来るというのなら手を貸すこともやぶさかではない。皇国の不幸を願う者として貴女がたにささやかな幸運が訪れる手伝いをしましょう」

 アイリスの提案をハイゼンフォードはあっさりと受け入れた。

 「分かった。それなら出来るだけで良いからリリスの存在を隠匿して欲しい」

 「それは教会勢力からですか?それとも他の国々にも漏れない様にすべきですかな?」

 「この場にいる人間以外には漏れない事が望ましい。この軍の中にも教会の間者が紛れ込んでいるという情報を得た。警戒し過ぎても損はない」

 アイリスの言葉にハイゼンフォードが唸る。

 「あの教会ならやりかねませんな。そうなるとクロムウェル殿の存在はもう既に教会に知られてしまっていると考えた方が宜しいのでは?」

 その言葉にアイリスが頷く。

 「そう考えるのが妥当。それで将軍に相談がある。リーンをどうにか安全な場所にまで避難させれない?」

 「は?」

 あまりの驚きに行儀よく聞きに徹していた私の口から疑問が漏れ出る。

 今アイリスはなんて言った?

 彼女の言葉の意味が分からない。

 一度溢れた疑問は徹底的に追求しなければ私の気がすまない。

 「聞き間違えかな?アイリス。今聞き捨てならない事が聞こえた様な気がするのだけど。私を置いていくつもりなの?」

 「そう。教会にリーンの存在を知られた状態で皇国に侵入するなんて不可能」

 アイリスが間髪入れずに肯定する。そのあまりの応答の速さに彼女の断固たる決意を感じた。そして同時に彼女のその頑固な態度に反発する感情が私の中に生まれる。

 そんなのやってみなきゃ分からない筈だ!そしてそう思ったが最後、私の中で燻っていた想いが一気に噴出した。

 「意味が分からない!私に手伝いを依頼してきたのはアイリスじゃない!それなのにいきなり用済みって訳!?」

 「そうは言ってない。今の状態で皇国に乗り込むのは危険すぎる」

 「つまりアイリスは私が足手まといだって言いたいのね!私のこと守ってあげなきゃ何にも出来ないグズなお荷物って認識してるって事なのね!」

 「そ、そんなつもりはない!リリスを巻き込んだのは私。心配するのは当然」

 詰問する私の勢いにアイリスは珍しく動揺している。

 それにしても心外なことに私が以前否定した言葉が彼女の口からまた出てきた。

 巻き込むだのなんだのって良い加減アイリスもしつこい!私は自分の意思で此処にいるのだから。そもそもアイリスがいなかったら私の命はとっくの前に潰えているだろう。

 しかしここまで拗らせているということは、アイリスにとっては相当根深い問題なのかもしれない。

 彼女のこの勘違いを正さなければ、お互いにこの先前に進むことなど望むべくもない。

 「前にも言ったよね?私は自分で望んで此処にいるの!私は自分が成すべき事する為に皇国に向かうの。それをアイリスのせいだとは思わない!」

 復讐はあくまで私が私の為だけに行うものなのだ。その理由に他者が介在することなどある筈もない。

 「でも誘ったのは私。私にはリリスを生かす責任がある」

 「アイリスは私が自分の面倒も見れないって言いたいの!?それこそ余計なお世話よ!」

 私たちはハイゼンフォードの存在も忘れて、お互いに意見をぶつけ合った。



 泥沼と化した言い争いは終わりの見えない膠着状態となった。

 こうして私たちの喧嘩は始まったのだった。

 この時の私は如何にしてこの頑固者を説得するかを、自分を彼女と一緒に皇国に連れて行かせるかを必死になって考えていた。

 復讐がしたいのも私の本心。

 アイリスの手伝いがしたいのも私の本心。

 この時私の中には皇国に行かないという選択肢が全く無かった。

 後になって考えてみると、この時の私はアイリスと一緒に居たいという自分の思いを押し通すことしか考えていなかった。

 アイリスの立場に立って、彼女の気持ちを、考えを理解する気が微塵もなかったのだ。


 後悔は先に立たない。


 この言葉の意味を実感するのはもう少し先の話になる。



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