表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草稿(設定資料集)  作者: Mel.
23/26

【第一幕】皇国潜入篇 第十四節

モブ回です。



 男が目を覚ますとそこは一筋の光も通さない暗闇の中だった。

 澱のように沈殿した空気の中に血と糞尿の臭いが混ざり込み、辺り一面に淀んだ悪臭が立ち込めている。

 自分が置かれている状況が把握出来ていない。取り敢えず立ち上がろうとするが、どうやら手足が椅子の様なモノに縛られているみたいで動くことすら出来ない。

 男は混乱しながらも状況を整理しようと試みる。

 どんな窮地に立ってもその舌先だけで生き残ってきたのだ。

 状況さえ把握すれば切り抜けられる自信が男にはあった。

 そうだ…確か昼間に気に入らない勇者が大事そうにしていた魔族の女を相棒の男と一緒に襲ったんだ。順調に甚振っていたところにあのクソ女が現れて…確か…俺の顔にドロドロに溶けた金属の様なものを…。

 そこまで思い出したところで自分の口が普通に空気を吸うことが出来ているという事実に呆然とした。


 確かに俺は気絶するほど深い火傷を顔に負った筈だ。なのに気絶から目覚めたらその痛みを全く感じないのは一体どういうことだ?


 男の知る限りだと治療魔法は瞬時に傷を回復させる様なものではない。少なくともあのレベルの傷だと数ヶ月は口を開ける度に痛む筈だ。

 だけど男の口は痛みどころか一切の不調を感じさせない。それどころか戦いの中で抜け落ちていった歯さえも綺麗に生え揃っている事実が男を戦慄させた。

 これじゃ戦争も、勇者に襲われたという事実さえも全部夢だったと言われた方が納得が出来る。

 そう考えたところで相棒の存在が気がかりになる。

 あいつは今どこにいる?

 決して心配しているとかでは無い。だが彼の現状が未来の自分の姿になる気がしたのだ。そう思い立った時には男は見えもしないが辺りを必死に探す。

 目が見えないでいると次第に他の感覚が鋭くなってくる。彼は近くにもう一人、人の息遣いが聞こえる事に気がついた。

 男はそれが相棒であると確信し、呼び掛けた。

 「おい、相棒!聞こえてるか?今どんな状況だ?」

 男の声が空間に木霊すが、その呼びかけに答える者はいなかった。

 返事が無い事を訝しく思いながら男は再度声を張り上げる。

 「おい!お前無事なのか!?一体どうなってんだよ畜生が!」

 絶叫するも微かな息遣いが聞こえるだけでさっぱり状況が分からない。

 分かったことはここが軍の懲罰牢では無いということだ。

 一番可能性が高いのが勇者の私的な独房か…。

 あの女にはいつも黒い噂が絶えなかったからな。魔族を無表情でぶち殺す女だ。人族も殺してようが今更驚きゃしねぇな。

 それなら尚の事ここから脱出して軍の人間に保護してもらわなければ!

 人間を殺した勇者が今まで通りちやほやされると思うなよ?

 そう考え男は意識を集中させる。



 男の生まれ持った魔法適性は【火】だ。【火】の魔法適性は珍しく、家でも学校でもこの男の鼻っ柱が折れたことなどなかった。自信に満ち溢れた彼は気がつくと自分が特別だと思い込む様になっていた。自分の生家が貴族であったこともあり、特権階級意識が増長し彼は何の罪悪感も抱かずに悪事を重ねる様になる。

 軍に入ってもその行動に変わりは無かった。【火】の魔法適性は高範囲の攻撃魔法に使えるため軍では重宝されるから多少の問題行動には目を瞑られてきた。実家の働きかけもあったのだろう。

 むしろ軍に入って彼と趣味の合う悪友を得てからは加速度的に問題を起こす様になっていった。

 戦場での盗み、一般人への恐喝、暴行、強姦、殺人、およそ悪事と呼べることはほとんどやった。だけど男は罰せられなかった。その事が不幸な事に男が自分は特別であると確信させるに至ったのだった。


 彼は油断していた。自分が特別であると過信するあまりに手を出してはいけない存在がいるという事を知らなかった。

 手出しした後に気が付いても、もう何もかもが後の祭りなのだが…。




 意識を集中させ男は魔法を詠唱する。

 

 【主よ、我らの導き手よ、この身にその奇跡の力を宿したまえ、我神に祈らん、主よ我に万物を焼き尽くす業火の力を与えたまえ】


 疲れもあり、集中力の欠けた状態だったが、なんとか魔法を顕現させて自身を固定していた縄を焼き切る。その際多少の火傷を負ってしまったが今はそんな些細なことを気にしてる場合ではない。

 すぐに相棒の元に駆け寄り状態を確認する。それは彼の身が心配になったからではない。被害者が一人でも多くいた方がくそったれの勇者を追い詰めやすくなると考えた為だ。

 彼を火で照らし、男は絶望する。

 目の前には昨晩火を囲んで馬鹿話していた筈の男が、見るも無残な状態で転がっていたからだ。

 彼の両目は抉られ、爪は剥がされ、指は一本一本明後日の方向に曲がっている。他にも半身を火傷の跡が覆っており生きているのが不思議なくらいに凄惨な状態だ。

 その姿を見てしまった男は自分達が犯してしまった罪の大きさに初めて気が付いた。

 男の無残な姿に吐き気を催し、その場で嘔吐してしまった。


 ダメだ。この場にいたら絶対にあの狂った女に殺される!次は俺の番だ!


 そう感じた男は走り出した。

 残り少ない生命力を振り絞り、火を出し続けて出口を探した。

 すぐに扉を見つけた彼はその扉を打ち破った。

 そして絶望する。

 その扉の先には行き止まりで、10メートルくらいある縦穴の底だったからだ。

 ご丁寧に穴の先は鉄板か何かで塞いでいる。

 これでは脱出なんて出来る筈もない。

 そう思い至った時、彼の口からは乾いた笑いが溢れていた。

 「ははっ…はははっ…ははははっはははははっははははっははははっははははは!!!」

 男は狂った様に笑いながら泣いていた。

 自分でも感情がよく分からなくなるくらいに笑って、絶望の淵で泣いた。

 精も根も尽き果てその場に倒れこんでいたら頭上から死神が舞い降りた。

 軽やかに着地した彼女は男を一瞥し、面倒くさそうに彼の襟首を掴み、引きずって部屋に戻す。

 「面倒かけないで」

 冷酷な瞳をしたこの女は絶対に同じ人じゃない。

 悪魔に魂を売った殺人鬼だ。

 全てを諦めた思考の果てにそんな事を思った。



 【勇者アイリス】


 油断した。

 まさかあの拘束を自力で解くだけの余力が残っていたとは思っていなかった。

 逃げられない様に対策をしっかりしていて本当に良かった。

 彼女を傷つけた者を私が見逃す訳にはいかないのだから。

 さて、さっきの下衆野郎は怒りのあまり尋問することすら忘れていたが、この下衆野郎からはしっかりと背後関係を聞き出さないと。

 男を壁に叩きつけ、指を一本掴みビスケットでも潰すかの様な気安さでその骨を折った。

 「ぐっ!」

 下衆野郎の前髪をしっかりと握りしめ持ち上げた。

 「おい、お前が言ってた教会の意志ってのはなんだ?」

 「うぅ…ってぇなクソがぁ!」

 「うるさい」

 そう言って下衆野郎の腹を蹴り上げる。

 「聞いてることに答えろ」

 「こ、答えてもどうせ殺すんだろ?」

 コイツは何を当たり前のことを言っているんだ?

 お前の罪はどう贖おうとも償いきれない程に重いのだぞ?

 よもやここまで能天気な頭をしているとは…。

 「当たり前」

 「なら何も言うことはねぇ!助ける気もねぇ奴に言うことなんざねぇ!」

 面白い。

 「なら続ける」

 お前は知らないのだろう。人がどれだけ痛みに弱いかを。お前のような甘ったれた奴なら尚のことだ。

 気が狂うほどの痛みに晒され続け、それでも死ぬ事を許されなかった時に人が至る結論はだいたい一つだ。

 早く楽にして欲しい。

 すぐにお前もそう思う様になるだろう。

 勿論痛みに屈しない屈強な精神をした者も中にはいるだろうが、私にとっては大変喜ばしい事にお前は違う。

 後はどれだけ耐えれるかが見ものだが…この怯え様じゃ期待はできないだろうな。

 取り敢えず指を順番に折っていこう。

 「ぐっ……うぅ……ぐがぁ………うわぁああやめろぉぉぉ!!」

 暗闇の中目も見えてないだろうに一丁前に腕を振り回して抵抗してくる。

 鬱陶しいので懐に仕込んでいたナイフで男の手の平を壁に打ち付ける。

 「うぐあああああああああああああっ!!!」

 反対の手も壁に固定し、抵抗は無意味だと理解させる。

 「お前が言ってた教会の意志ってのはなんだ?」

 痛みで気が狂ったのか呻くだけで返事をしない。

 それなら丁度いい。もっと苦しみをこの下衆野郎に与えなければ気が済まないのだ。

 そもそもコイツがリリスちゃんに欲情したという事実がもう許せない。

 リリスちゃんが世界一魅力的であるという事実は認める。ならばコイツの様な下衆野郎どもには分を弁えた行動を心がける必要があるということを教えてやらねばならない。

 来世があるというのならこの教訓を心に刻みつけて、二度とおかしなマネは出来ない様にしなければ。

 足を上げて睾丸を一つ踏み潰す。

 「ぐぅうがぁあああああああああああああおあああおあ!!!」

 「次」

 そう言って足を上げたら足をバタつかせて抵抗する。なので今度は太ももに聖剣を突き立てて抵抗を諦めさせる。

 「うるさい」

 反応がないなと思っていると痛みに痙攣して気絶している様だ。

 この様子じゃ簡単に吐きそうだな。

 そう思いほくそ笑む私はきっと人として何か壊れてしまっているのだろう。

 リリスちゃんと関わりを持つ様になって自分に疑問を持つことが増えた様に思う。

 まぁ今はいいか。

 下衆野郎が目を覚ます前に拷問の準備を整えることにする。



 数時間に及ぶ拷問(八つ当たり)の末にこの下衆野郎が教会とはなんの関係もない事が分かった。

 拷問に関して私よりも上手い者はこの世に存在しないと言い切れる。何故なら聖剣の力を使えば例え腹を掻っ捌いて腸を露出させようが、両手両足を切り落としてダルマにしようが、即死さえさせなければ拷問の対象を誤って死なすことが無いのだから。

 この力を駆使して下衆共をギリギリまで死の淵まで追い込む。散々身体を痛めつけた後に回復魔法を使って完治させて、また痛めつける。この工程を繰り返し行う事で人の心は驚くほど簡単に壊すことが出来る。

 この方法で私の気がすむまで痛めつけたら、男は思いの外あっさりと喋ってくれた。

 その結果どうやら二人のあの発言は口から出任せだったということが分かった。

 その事に一安心しながらも不穏な噂があることも聞き出せた。

 教会の諜報員は各国に紛れ込んでいることは知っていたが、この軍の中にも潜んでいる可能性が出てきたのだ。教会は人族の各国々とも深い所でパイプを持っている。警戒はしていたが、まさか軍の中にまでその手が及んでいるとは思っていなかった。

 こうなると安易にリリスちゃんを軍内部に招き入れてしまった事を後悔する。

 教会勢力には私が亜人と関係を持っている事はもうバレていると考えた方がいいだろう。

 思案に暮れていると拷問で息も絶え絶えになっている下衆共が早く殺してくれと懇願してくる。

 「はぁはぁ…なぁも…うまんぞ…くだろ……?」

 「はや…ぶこ…でぐれ…」

 考えを邪魔された彼女が煩わしそうにため息を吐き、滑舌の悪い方の首を斬り飛ばす。

 「これで満足?」

 それを見たもう一人の下衆が不意に狂ったように笑いだした。

 その様子を訝しげに見ていると、下衆が笑いながらも訳を教えてくれる。

 その理由は私にとって歓迎できるモノではなかったが。

 「はははっぐ…ははははっ!ゆ…しゃ…サマよ…お前……くる…てるな」

 今更そんな分かりきった事を。

 聞く価値がないと思い剣を振り上げる。下衆は私の行動に目もくれずただ捲し立てていた。

 「おま…には…はぁはぁ……あのお…んなは…ムリだ」

 その言葉にドキリとし振り上げた剣が一瞬止まってしまった。

 私が動揺した様子が心底愉快だと言わんばかりに男は笑った。

 笑いながら私に捲し立てる。

 「いいいいい気味だ!はぁ…ま…族を…ころ……しまくっ…た殺人…んきょ…うがよ!ひとな…ゲホッ…みに……しあ…わせに……うぐっ……なれると…思うな!!」

 その言葉は図星だった。

 手を振り上げたまま固まってしまった私の表情を見上げ下衆は嗤う。

 「それに…聞いたう…わさじゃ…お前……たしか…ゲホゲホっ……きょうこ…どもに…」

 「うるさい」

 続きは言わせなかった。

 忌まわしい記憶を呼び起こさせた下衆の首を一刀両断に切り落とし、大きくため息を吐く。

 そうだ。最近の私は浮かれてしまっていた。

 リリスちゃんと出会い、関わっていく中で私自身彼女の隣に在りたいなんて幻想を抱く様になってしまった。彼女の優しさが汚らわしい私という存在をも浄化してくれているのだと都合の良い妄想をしていた。

 その結果彼女を傷つける事態を引き起こしてしまったのだ。

 これからは気を引き締めなければならない。

 今後皇国に近づいていくにつれて旅はどんどんと厳しいものになっていくだろうから。

 私の油断が彼女の危険に直結する。

 その事に気付かせてくれた事にだけ下衆共に感謝し、その場を去る。

 私は血と汚泥の匂いを漂わせながら、朝日の差し込む天幕へと戻って行った。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ