【第一幕】皇国潜入篇 第十三節
サブキャラ回です。
【グランベルク・ハイゼンフォード指揮官】
月が夜空を彩る頃、討魔遠征軍の指揮所にて沈鬱なため息が聞こえてくる。
ため息の主はグランベルク・ハイゼンフォード将軍だ。今回この人類存亡をかけた戦争の全責任を押し付けられた苦労人である。
彼は生粋の軍人であり、また強い愛国心を持っている。そんな彼が祖国を護るために戦う際は敵対戦力に一切の容赦無く制圧することを評価されて彼は人類の英雄に選ばれたのだった。
確かに英雄と言えば聞こえはいい。実際に彼の家族も親類も彼の功績を誇りに思っている。
迫り来る魔族という驚異から人類を救ってほしいという思いに答える責務が彼にはある。だけどその事がどれ程大きな重圧となっているかを知る人間は彼以外には居ないだろう。
本来なら彼は大きな功績を追い求めたり、栄誉や出世よりも家族と穏やかな時間を大切にする穏健派の人間だ。だけど彼は今日も最前線に立っている。その理由は彼が軍を指揮する人間としてあまりにも優秀だったからだ。
彼ほど愛国心が強く、彼ほど軍の扱いに長けた人間がたまたま魔族領に隣接している国に居なかった。彼がここにいる理由はは実はそれだけだったのだ。彼自身は魔族に対し、なんの恨みも持ち合わせていないのだから。
むしろ彼は魔族に対し親近感の様な感情を抱いていた。
それは今回の遠征を通じて魔族と戦っていく中で、彼らの同胞を護るという覚悟やその為なら自分が朽ち果てようが構わないという気概が見て取れたからだ。
その武人としての生き様には敬服に値するものだった。
グランベルク将軍から見た魔族たちは決して悪逆の限りを尽くす卑怯者の集団ではなかった。むしろ彼らは非常に誇り高い、尊敬に値すべき敵だったのだ。
その事実が彼の中に一匙の迷いが生まれさせた。
彼らは本当に教会が言う様に人の道を外れた悪魔達なのだろうか?と。
彼らの戦いぶりを見ていると、宮廷で醜い権力闘争をしている人族の方がよっぽど悪魔の誘惑に屈している様に見える。
そんな風に悩みながらもグランベルク将軍は戦い続け、彼らの首都に手の届く位置にまで進軍してきていた。
このまま首都の包囲網を完成させれば最終決戦も目前だ。
軍内部でも連戦連勝とあって兵士の士気は高い。同時に最終決戦が近づいていることが兵士たちに緊張感を齎しており、自軍が最高の状態にある事が見て分かった。
そんな絶好調とも言える自軍の様子を眺めながらグランベルク将軍の内心は決して絶好調とは言い難かった。
近々魔族の首魁をを討ち取るために大規模攻勢を掛けることになるだろう。
確かに魔族一人一人の戦力は驚異的だが、人族はその何倍もの物量差にモノを言わせて彼らの軍をすり潰せば何の問題もなく勝てる。グランベルク将軍にはその確信があった。
戦争においてそれほどに人的資源は重要な勝利の要因になるのだ。
それでも総攻撃を仕掛けたならば自軍にそれなりに損害が出るであろうことも彼にそれを躊躇わせている理由の一つではある。だけど問題の本質はそこではなかった。
そもそも戦争をする以上犠牲者が出てしまうのは当たり前のことなのだから。勿論最小限にとどめる努力は指揮官としてすべきだが、固執しすぎると対局を見失う。
問題は彼が今回の戦争の意義を見失いつつあるということだった。
捕虜にした魔族とは対話が成立することをグランベルク将軍は既に知っている。
そもそも彼らは義に篤く、忠を重んじる高潔な種族だ。
決して蛮族などでは無い。
そんな彼らを交渉の機会もなく一方的に悪と断定し、その首魁を討ち取ったとして一体誰が利を得る?
祖国を護るためとは言え攻め滅ぼしてしまっては禍根だけが残るのではないか?
私の判断一つで魔族と人族が永遠に相いれない程の軋轢を生み出すこととなる。
もし私だけが悪名を負うことで世界を、延いては祖国を護れるというのなら私は速やかに魔族を滅ぼそう。それが祖国の為とあらば、喜んで血と泥を被ってみせよう。
だけど私には彼らを滅ぼすよりも国交を結んだ方が長期的には祖国のためになると思っているのだ。怨みを買うよりも、恩を売っておく方が祖国のためになると考えていた。
だけど今世論は人族が種族を上げて魔族を滅ぼすという流れが強まってきている。これも現在覇権国家として君臨している皇国が魔族は危険であると喧伝している事が主な理由としてある。
皇国や教会にとって彼らはあまり都合の良く無い存在なのかもしれない。
根拠も何も無いがこの戦争を通じてグランベルク将軍は皇国や教会への疑念をより募らせていった。
そんな彼が目下抱えている中で最大の悩みは【勇者】であるアイリスという少女についてだ。
彼女は今回の戦争がこう着状態に陥っていた時期に皇国から派遣されてきた。見た目は十代半ばの少女だが、彼女は一騎当千の強さを持って敵対する魔族を撃滅して見せた。
本来ならば【勇者】の存在は人族にとって有難い友軍になる予定だった。
彼女は人族の希望として誰からも歓迎される筈だった。だけど彼女が戦場で見せたその苛烈な戦いぶりは自軍からも敬遠されるほどだったのだ。
彼女は軍内部でも腫れ物のように扱われ、やがて孤立していった。
だけどアイリスはそんな扱いにも一切動じることもなく、淡々と下された命令を遂行していった。
そんな彼女の纏う雰囲気は冷たく、人を寄せ付けないものがあった。
どこにでも下衆な奴はいて勇者のその美貌に目が眩む輩も続出していたらしいが、大抵の人は彼女に近づこうともしなかった。
斯く言うグランベルク将軍も彼女の存在を忌避していた。
彼が教会や皇国には信を置けないと感じていた頃に彼女は派遣されてきて、歴戦の兵士でも躊躇う様な戦場に突っ込んでいっては無表情で敵兵を鏖殺してくる。そんな返り血に塗れた勇者の存在にどこか薄ら寒いものに感じていたからだ。
彼が軍議以外で彼女と話したのは彼女が遠征に合流した初日の顔合わせの時以外にはなかった。彼女からも特に接触はなかったし、私の命令も怖いくらい素直に聞く。
そんな彼女が今彼の目の前にいて、彼女の口からは無視出来ないお願いがされていた。
あまりにも聞き捨てならなかったのでもう一度尋ねてみるとしよう。
「勇者殿、今何と?」
「明日の総攻撃は中止して」
そう何でも無いことの様に彼女は言うのだ。
出来る事ならそうしたい。戦火では無く、和平によって友誼を結びたいと何度思ったことか。だが祖国を延いては家族を護るためには時流に逆らう訳にもいかず、結局戦争も最終局面にまで発展してしまったのだ。
この女は私を馬鹿にしているのだろうか?
だけどそんな戯言を宣う勇者の顔は真剣そのもので馬鹿にしている雰囲気なんて微塵も感じていなかったが、鬱憤が溜まっていた彼はそう感じた。そしてその思いをつい口に出てしまった。
「勇者殿、我らはこの辺境の地に遊びに来ている訳では無いことをご存知ですかな?我々は人族に平穏を齎すために死力を尽くして戦っておるのです。今回の戦いで失った同胞の数も少なくありません。それなのに今回の目的である大将首を目前にして引き返せとは、余りにも故人達に失礼ではありませんかな?」
さて、どう切り返してくるのか?そう思って身構えていると
「総攻撃なんて要らない。包囲網の維持だけしてて」
あとは私がやる。
彼女はそう言ってのけた。
教会の尖兵である勇者が魔王の首を取りたがるのは予想していたが、まさか単騎で突撃したがるとは思ってもみなかった。
「しかしそれでは勇者殿が犠牲になりかねません。それに単騎では魔王に逃亡される恐れすらあります。それは教会の方々に取っても不都合なのでは?」
次の瞬間に将軍は自分が何か不味いことを言った事を悟る。
勇者の雰囲気が殺気を纏い出した為だ。しかし彼は何が彼女の逆鱗に触れたのか判断が付かない。
これはもう少し探る必要があるな。
直感的にそう感じた彼は話を掘り下げることにした。
「それとも教会には勇者殿に単騎で向かわせたい訳が何かお有りで?」
その問いに彼女は不機嫌そうに答えた。
「教会は関係ない。私からのお願い」
ふむ。彼女と教会は主従関係にある様だが、信頼関係までは築けていないのか。
それにしても彼女とのやり取り自体は少なかったが、彼女に対する印象が最初の頃とかなり変わった。
それにしても個人的なお願いか…。
少し卑怯にも思ったが、この場合は勇者と教会の因縁を利用して教会の弱みを引き出すのが得策だろうか。その為に今彼女に恩を売っておくのも悪くない。
「分かりました。では三日間だけ待つとしましょう。その間に決着が付かなかった場合は遠陵なく進軍させて頂きます」
「分かった」
「では三日後にお会いしましょう」
そう伝えると彼女は頷いて出て行った。
一人闇夜に紛れて出陣するのだろう。
そうと決まれば私も各部隊へ作戦中止の連絡を入れなければなるまい。
忙しく動き回りながらも頭は彼女の事を考えている。
果たして彼女が私たちに齎すものは栄光かそれとも破滅か…
グランベルク将軍の悩みが尽きることはない。
約束の三日間が過ぎる前に彼女は指揮所に姿を現した。
蒼黒の鱗が美しい龍人族の娘と一緒に、だ。
事前に仕入れている情報によると龍人族は魔族の中でも上位の戦闘力を誇り、種族的地位も高い…らしい。ひょっとすると彼ら魔族の王ともなり得るほどに。
勇者は彼女の所有権を主張してきた。
私の見立てでは勇者はその娘のことを庇っている。
その娘に何か特別な価値を見出しているかの様な…そうまるで勇者がその娘に親愛の情を抱いている様な…。
いや流石に考えすぎだろう。
あの冷血な女が誰かを愛すなど考えられない。恐らくではあるが彼女は魔王もしくは魔族領内で権力の持つ者の娘なのだろう、とそう結論付けた。
勇者がその娘を使って何を仕出かすつもりなのかもしれない。
まだまだ彼女の動向を監視する必要があるようだ。
グランベルク将軍は今日も今日とて頭を抱えていた。
昼間に彼が収めた事件の事後処理とその後勇者の天幕を見張っていた信頼の置ける部下からの報告が余りにも予想外すぎるモノだったからだ。
どうやら本当に勇者である彼女は魔族の娘に惚れているのだろう。
少なくとも勇者である地位や名誉を天秤にかけた時にあっさりと魔族の娘を選び取るくらいには。
昼間に事件を収めた時もキモを冷やした。
まさか【勇者】が衆人環視の中魔族を庇い、人族に手を掛けるなんて思いもしなかった。だけどそのお陰で彼女の想いが真剣であることを確信した。
あんな風に純粋に自分の想いに正直に生きるている若者のなんと眩しいことか。
私の祖国への愛、家族への愛に一点の曇りもない。だけど魔族への畏敬の念を私は立場上口にすることが出来ないのだ。その事をもどかしく感じていた折に勇者である彼女の行動は痛快ですらあった。
自分には真似できないが、そんな彼女と共に行動することも面白そうだと思った。
勿論彼には自国への利益を見越しての行動ではあったが、勇者に興味が湧いたのも事実だった。
これからグランベルク将軍は勇者と行動を共にする。
その道のりは決して優しいものでは無い。
ただ険しい道のりの先には彼が目指した祖国の繁栄と平和があると信じて、彼は選択する。
その選択の事後処理に頭を悩ませる彼の表情は心なしか普段よりも晴れやかだった。
こうしてグランベルク将軍の懊悩の日々はこれからも続いていく。
次回も小話を予定しております。




