【第一幕】皇国潜入篇 第七・五節
【勇者アイリス】
遂にこの日がやってきた。
作戦決行の時だ。
そんな大事な時だが私の心には一つだけ不安の種が根付いていた。
私には彼女を業の道に引き込んでしまったという負い目だ。
昨晩その事を彼女に伝えると一蹴されたが、それでも彼女を血塗られた道に引き込んだのは私だ。
きっと私はこの気持ちを一生消化できないのだと思う。
外に出て戦火に焼かれた街を通り過ぎる。
あたり一面には人も亜人もたくさんの兵士の骸が打ち捨てられていた。
この地には戦争の悲惨さがありありと刻み込まれていた。
リリスは彼等の前で膝を折り、目を瞑り、静かに彼らに対し祈りを捧げていた。自分の膝が汚れるのも厭わずに一心不乱に祈っていた。
その横顔は祖国の英雄達への敬意と復讐の決意が感じとれた。
そして私はリリスちゃんの祈りを見て彼女が亜人の王である事を再認識した。
私はこれまで目的のためにたくさんの亜人達を屠ってきた。
復讐を達成するためには仕方のない事だと割り切って、深く考えもせず彼女の同胞を切り捨ててきた。だけど私はリリスちゃんと関わりを持つようになって、亜人と言う種族についての理解を深めた。彼らは教会が教えるような悪魔との混血で残忍な性質を備えてはいなかった。彼らは人と変わらない感情を持っているだけじゃなく、知性と理性を持っていることを知った。そして彼らは時に自分の身を顧みず、同胞を護るためなら死をも厭わないという人族よりもはるかに高潔な魂を持つことを知った。ちょうど私が斬り伏せてきた彼らのように。
そんな人達を躊躇いもなく殺してきた自分自身を私は今初めて怖いと思った。
一度歩みだしたこの足は止まらない。止まる気もない。
私を醜く歪めた人達に復讐するその時まで。
だけどリリスちゃんにまで見放されてしまった時、私は今までとかわらずに歩いて行けるだろうか?
彼女にこの悲惨な光景とそれを巻き起こした張本人である私のことをどう思っているのか聞きたい。でも聞けない。
彼女の答えが怖いからだ。
きっとこの胸を渦巻く不安こそが先ほどの自問に対する私の答えなのだろう。
そんな不安に駆られる私にリリスちゃんがこの街を燃やして欲しいと言った。
燃え盛る街並みを見つめながら私の心は凍ってしまったかのように冷たく、血を流しているかのように痛んだ。
連合軍の野営地に到着すると、下衆で名の通った二人の門番に絡まれた。
問答するのも面倒くさかった私は適当に切り上げようとしたが、彼等の目がリリスちゃんに留まってしまった。
あろう事か彼等は私の目の前でリリスちゃんをその嫌らしい目つきで舐め回すように見たのだ。
私はあまりの怒りに目の前が真っ白になり、指を血が出るまで強く握りしめていた。
危ない。自制しないと今すぐに彼らに飛びかかっていた。
私は自分を痛めつけることに必死になるあまり下衆どもが何を喚き散らしているのかを理解するまでに時間がかかった。
そのせいでリリスちゃんに怖い思いをさせてしまった。
彼等は私の目の前でその汚い手で彼女に触れようとしたのだ。
その瞬間私の脳内で何かが切れる音がした。
次の瞬間には私は抜刀していて、彼らを脅していた。
騒ぎを起こすつもりは無かったが、無用に目立ってしまった。
だけどそのことに一切の後悔はない。
リリスちゃんに手を出そうとする者を私は絶対に許さない。
彼女を護り抜くと決めたから。
私のことを不躾な視線で見るくらいなら別に気にもならなかったが、彼女を怖がらせる者は決して許さない。
万が一彼女を傷つける者が現れたならその命を持って償わせてみせる。
軽薄な兵士どもの名前も知らないが顔は覚えた。
いつか絶対に報復する。
同時に私は怖がらせてしまった事をリリスちゃんに心の中で詫びた。
それから私は他の兵士が誰も話しかけてこないように殺気を放ちながら司令官のいる天幕まで向かった。
今回の遠征の司令官は割と話のわかる男という印象があった。
彼の所属する国が亜人の国と一番立地的に近いことから周辺の地形に詳しいだろうという事でこの遠征の将を任されている。
彼は愛国心が強く、利用できるものは何でも利用する度量を持っていることから今回の一件の交渉相手にはうってつけだと思っている。
リリスちゃんには彼が教会や皇国が力をのさばらせている事に憤りを感じていることを伝えている。また本音の部分では私が魔王討伐の栄誉を奪っていった事も快くは思っていない筈だ。
交渉可能かどうかの判断はリリスちゃんに一任している。
私は彼女が司令官を見てどう判断を下すかを会話をしながら待っていた。
来た!リリスちゃんからの合図だ。
引っ張ったのは一回だけ。という事は決行だ。
そして私は交渉を始めた。
交渉が終わり、やっと開放されたと思ったらもう夕方に差し掛かっていた。
将軍には亜人達の首都は燃やしてしまった事を伝えると確認してくると返事が来た。
軍としての今後の方針は追って連絡するから専用に拵えてもらった天幕で休んでおくように伝えられた。
私は食料を受け取り、リリスちゃんを私に充てがわれた天幕まで案内した。
移動中は人目につかない道を使ったお陰か、誰にも遭遇しなかった。今この軍の中で私の天幕にリリスちゃんがいることを知っているのはあの狸親父とその一派だけだろう。
彼女は今日一日で随分と疲弊してしまったように思う。
それも仕方がないだろう。
敵兵に囲まれたこの状況だと身体よりも先に心が疲れてしまう。
リリスちゃんは立派な人物なのは知っているが、同時に彼女は唯の女の子なのだ。
今日は早く寝かせてあげなければならない。そう思って彼女の手縄を切り、床に案内した。
彼女は横になって直ぐに寝息を立て始めた。
よっぽど疲れていたのだろう。
彼女の安らかな寝顔を見つめていると自分の疲れも溶けていくから不思議だ。
「おやすみ」
そう呟き、彼女の額に口吻をした。
そうして自分が眠りに堕ちるまで私は彼女の寝顔をずっと見守っていた。
次回リリス視点です。
甘々な展開を予定しています。




