【第一幕】皇国潜入篇 第七節
やっと物語が動き始めます。
【魔王リリス】
遂に旅立つ時がきた。
私はアイリスとの打ち合わせ通りに簡素な使用人の装いをまとう。
アイリスは如何にも激戦を繰り広げてきたかのように鎧をボロボロに溶かし、中に着込んでいた服も切り刻み血を染み込ませた。
その姿は服の裂け目から顔を覗かせる肌色が扇情的だし、鎧も辛うじて身体の左側に張り付いているといった感じで全然大事な所を隠せていない。服や鎧を着ている分昨日の格好よりも退廃的でその魅力に引き込まれる。その肌色から視線が外せそうにない。
喉が鳴る。
ダメだ。これでは私が嫌いな下衆どもと変わらないじゃないか。
それに昨晩のような過ちを繰り返すのは嫌だ。
彼女を傷つけるような行いは二度と繰り返さないと誓ったのだから。
そう決意を新たにしているとアイリスが私に声をかけてくる。
「リリス、その服似合ってる」
きっと彼女に悪意なんてないのだろう。純粋に似合っていると思ってくれたからこそ、そう言ってくれたのだろう。それは分かっているのだが…なんとも思わせ振りな勇者サマだ。まったくもってかわいい。
ここは嫌味の一つでも言ってやろう。
「あ、ありがとう。アイリスの格好はなんというか、その、少し卑猥じゃないかしら?」
アイリスは自分の格好を見直して一言。
「そう?」
全然ピンと来ていないようだ。
「リリスになら見られても良い」
そんな小悪魔のようなことを言い出す始末だ。
「なっ…何言ってんのよ。まったく」
彼女のトンデモ発言には慣れてきたと思っていたが、こうもストレートに信頼を寄せられると反応に窮してしまう。
そんな締まらない空気感の中、二人だけの極秘作戦が始まった。
城門を出て城下町に出る。
ほんの半月も前までは美しい街並みだったのが、今は見るも無残な有様だ。
そしてまだ街中には故郷を同胞を守るために散って行った英雄たちの骸が転がっていた。
私はアイリスに頼み、少しだけ時間を貰い、昨晩同様彼らの骸に祈りを捧げる。
(必ず貴方達を故郷の地で眠らせてみせる)
そう誓い、アイリスに頼んで街に火を放ってもらう。
「本当にいいの?」
そうアイリスが確認を取ってくるが私の決意は変わらない。
「ええ、お願い。彼らをこのまま放ってはおけないもの」
これは今の私にできる唯一の葬送だ。
次にこの地を踏む時は敵の手から取り戻した時だ。
私たちは不退転の覚悟を持って、敵陣に乗り込む。
敵陣営は首都からそう遠くない交易路上の見晴らしのいい丘に陣取っていた。
敵陣に進入する前にアイリスに手縄をかけて貰う。
「痛かったら言って」
「このくらい大丈夫よ。もっとキツく結んでも良いくらいよ?」
彼女の心配は嬉しかったがそれで緩い付け方をして看破されては元も子もない。
「分かった。ちょっとだけ我慢して」
そう言って彼女は本当にギチギチに結んだのだった。
彼女に手足の自由を奪われるのも案外悪くない、なんて破廉恥なことを少し考えてしまった。そのことは墓場まで持っていくことを自分の心に誓う。
敵陣の目の前に来てからは私は俯いて、さも意気消沈している捕虜を演じる手筈だ。
アイリスからは誰に話しかけられても無視を決め込んで欲しいと頼まれていた。なので私はその言いつけ通りに項垂れて世界の終わりって風態を装う。
陣営の目の前まで来るといかにも軽薄そうな門番たち二人がアイリスに話しかけて来た。
「おー、勇者サマ、良くぞご無事で。それで?魔王のヤツはどうなったんですかい?」
「殺した。これから報告に行くところ」
「そいつぁすげぇ。ところでその女はどうしたんです?」
「捕虜」
「ふーん」
そう言いながらそいつらは私をじっくり舐め回すように値踏みをする。もはや慣れ親しんでしまった実に下衆で不愉快な視線だ。
そいつらがニヤリと笑うと下世話な笑い声が辺り一面に響き渡った。
「勇者サマはそーゆー女が趣味なんだな!道理で誰にもなびかねぇ訳だな」
「違いねぇ!勇者サマを狙っている野郎はごまんといるからなぁ」
そしてその下衆な視線をアイリスにも向ける。
自分のはらわたが怒りで煮え繰り返るのを感じた。アイリスとの約束がなかったらここでコイツらを始末していただろう。
それにコイツらは聞き捨てられないことを言っていた。アイリスに手を出そうとする俗物がこの軍にいるだと?絶対にいつかぶっ殺してやる。
私の憎しみを込めて睨みつけていたが門番達は聞いてもいない話を続ける。
「それに勇者サマよ。その格好はいけねぇな。それじゃ変な気を起こす野郎がいてもおかしくねぇ」
アイリスはその話を無視して先に進もうとする。
それを門番達が止める。
「勇者サマ、ちょーっとだけ待ってくださいよ。一応中に入る捕虜には身体検査が必要って決まりがあるんでね、ちょっと調べさせてもらいますよ」
そう言って門番達は嫌らしい手つきで私の体を弄ろうとする。
生理的な嫌悪感から小さな悲鳴が漏れてしまう。
その声がお気に召したのか門番は益々増長する。
「捕虜のねぇちゃんも気の毒だなぁ。この勇者サマは見た目こそ虫も殺さねぇ見た目してっけどな、大勢の魔族をぶち殺してきた女だぜ?魔族の生き血を啜るのが趣味みてぇな女だ。せいぜいその綺麗な顔で勇者サマを満足させてやんなよ?そしたら最後は楽に死ねるかもなぁ。ギャハハハ」
私が怯えるのを見るのが楽しくてたまらないと言った面持ちだった。
「勇者サマよー、この女使い終わったら俺たちにも味見させてくだせぇよ。へへっこんなに上玉なら亜人でも十分楽しめそうだ」
そう言って舌舐めずりをして私の胸元に手を伸ばす。
私は屈辱と恥辱に耐えながらもアイリスとの約束を守るためにギュッと目を閉じて早く終わることを祈る。ここで抵抗してしまってはアイリスの迷惑になる。逆にアイリスの手助けになるならこれくらい耐えてみせる。
そう思って目を閉じていたが待てど暮らせど下衆どもの手は来ない。
不審に思ってそーっと目を開けると怒髪天に怒ったアイリスが抜剣して私を庇って立っていた。
そしてドスの利いた声で門番達に警告する。
「身の程を弁えろ。貴様ら如きが私のお気に入りに手を出そうなど分不相応が過ぎる」
「じょ、冗談ですよ!ちょっとした冗談!そんな本気で怒んないでくださいよ」
「そうですよ!ちょっとした出来心だったんです」
「次同じ冗談を口にしてみろ」
殺すぞ。
彼女は無表情で門番にそう告げた。
その圧力に萎縮した門番達は黙って何度も頷いていた。
正直派兵された兵士どもの下品さには辟易したが、アイリスが庇ってくれたことは素直に嬉しかった。
指揮官が待機している天幕の前に着いたアイリスは制止する兵士も意に介さず、なんの躊躇も無く。私は慌ててその後を着いて行く。
「お待ちください勇者様!指揮所に入られる際には捕虜は我々にお預けください」
その兵士をアイリスがギロリと睨みつける。
哀れな兵士はアイリスの覇気に気圧されて後ずさる。
その様子を見かねた指揮官らしき男が怯える兵士を嗜める。
「良い。お前達は下がっておれ」
「御意!」
指揮官や直属の部下には教育が行き届いているようだ。そのことにひっそりと安堵する。
アイリスは兵士たちが下がるのを見届けてから指揮官に向き直る。
「今戻った」
「おぉ、良くぞ戻られた勇者殿。して、此度の戦いでの戦果は如何でしたかな?」
なんとも油断のならない狸親父のようだ。野心に満ちた目をしている。
アイリスの話では彼は愛国心が人一倍強く、皇国や教会が幅を効かせている現状を憂いている人物だという。私の見立てでも一癖も二癖もある人物だと見受けられた。きっと自国の利益に対し貪欲な性格なのだろう。
私は伊達に一国の首領として多くの人物と接して来たわけでは無い。
人を見る目はかなりのものだと自負している。
そんな私の直感が彼は引き込めると言っていた。
そのことをアイリスに伝えるために事前に取り決めていた合図を送る。と言っても敵前でベラベラと喋るわけにもいかないので、あくまで簡易的な方法でだ。
アイリスに結ばれた手縄を軽く一度引っ張る。
一度が決行、二度が中止だ。
「魔王は討伐した」
「それは重畳!流石は勇者殿だ。して野蛮人共の首魁の首は何方ですかな?」
「燃やし尽くした」
「ハッハッハ。流石は勇者殿、まことに豪胆ですな。然しそれで勇者殿の上の方々は納得されますかな?」
「無いものは無い」
「左様ですか…。まぁ致し方ありますまい。我々人類に平穏をもたらした勇者様のお言葉に納得しない者など居ますまい」
「そうだと助かる」
「して其方の野蛮人の娘はどうなさるおつもりで?」
「私のお気に入り。囲うつもり」
それを聞いた狸親父の目が鋭く光る。
「それをあの教会が許されるとでも?」
「思わない。教会には秘密裏に行う」
「その情報を私に教える意味を分かっておいでなのですな?」
「承知している。その上で協力して貰いたい」
ふむ…。と狸親父が唸る。
ここが初日の天王山だとアイリスには教えてもらった。
彼の返事如何で今後の方針が大きく変わる。
アイリスと狸親父の会話をハラハラしながら見守る。
「それでここで私が黙っていたとして、其方が提示する私への見返りは?」
「教会の勇者が魔族を囲ってるという情報だけでは不足?」
「ええ、不足ですな。もう少し教会の内部情報を流して頂きたい」
「どんな情報が欲しい?」
「教会の不正を暴く手伝いをして頂きたい」
「分かった」
アイリスがそうあっさり了承したものだから狸親父が不審がる。
「勇者殿は教会に叛旗を翻すつもりですかな?」
「教会の腐敗を正したいだけ」
「それは…立派な心掛けですな。きっと神も喜ばれることでしょう」
まだ疑念は残っていると言った様子だったが、狸親父は渋々引き下がってくれた。
「ところでその野蛮人を鎖に繋がなくてもよろしいので?」
「私が使用人ごときに寝首を掻かれると?」
「いえ…、まぁよいでしょう」
その後アイリスは教会の裏の財源について狸親父に話し、狸親父は裏取を部下に指示していた。
やっと解放されて勇者専用の天幕にたどり着いた頃には日が傾き始めていた。
天幕に入り、アイリスが私の手縄を切ったことで少し気が緩み、私が彼女に話かけようと口を開いた瞬間に彼女が私の口に手を当てる。
「ひっ」
顔が良すぎる上にやたらと近い。それに彼女の指が私の唇に触れている。
突然すぎる展開に図らずも私の口から変な声が彼女の指の隙間から漏れ出る。
アイリスが慌てて手を離し、少し申し訳なさそうにしながらも外で聞き耳を立てている奴がいることを手信号で教えてくれた。
それを見た私は慌てて口を閉じる。
大方あの狸親父の差し金だろう。
アイリスの言葉に納得出来ていないのは火を見るよりも明らかだった。大方こちらの腹を探ろうと部下に監視を命じたのだろう。
私たちの腹の中を探ろうという魂胆が透けて見える。だがそれが分かったのなら相手にこちらの尻尾を掴ませなければ良いだけの話だ。
もともと腹芸は私の得意分野だ。そう易々と手の内を晒すわけにはいかない。
それにこういった事態も事前に想定済みだ。
この場合は短音と長音を組み合わせた通信方法で会話することを事前に取り決めていた。
『ここからは会話はこれで行いましょう』
『分かった』
そう言ってアイリスが頷いた。
頷くだけで良かったのでは?と思ったが言わなかった。可愛かったし。
それにしても今日は疲れた。慣れない環境にさらされた私の身体が休息を求めていることが分かった。
それを察してアイリスが私を彼女の床に連れて行き、少し休むように言ってきた。
その言葉に甘え、私は勇者のために拵えられた豪勢な床にするりと入っていく。
そんな私にアイリスが私に慌てたように話があると言う。
『リリス、少しだけいい?』
『どうしたの?私かなり疲れてしまったみたいだから少しだけ寝かせて貰いたいのだけど』
『私、人の生き血なんて啜らないから』
『は?』
そんな意味の分からないことを伝えてくる。
彼女の言わんとしていることが全く伝わらない。
だけど疲労の溜まった頭ではもう何も考えられないと判断し思ったことをそのまま伝えることにした。
『分かっているわそんなこと』
それを聞いたアイリスは満足そうに頷いていたのを見て私は心底変わっている子だなと思った。
だけどそんな変な子を好きになった私も相当変だ。
そう結論付けて私はそのまま心地よい睡魔に拐かされていったのだった。
次回はアイリス視点のお話です。
今回登場したモブ達も今後登場予定です。




