最終話
俺は絶望した。
もう駄目だ。サユリに殺されるんだ。
……だが、絶望感に包まれながらも、俺はまだ生きている。
生きている以上は、何かをしなければならない。それが無駄な足掻きであろうとも。
見ると、サユリからメッセージが届いていた。
『どうせあなたのことだから、読まなきゃ大丈夫だろうと思ってたんでしょう?
残念でした。小説家の力を甘く見ないでください。
昨日は、あなたが読んだ時に文章が現実化すると信じて書きました。
でも今日は、午後十時になれば、例えあなたが読まなくても、書いたことが本当に起きると信じて書いたんです。
あなたが痛みに泣き叫ぶ姿を、頭の中で思い浮かべながらね。
文章の力を信じられる小説家には、不可能はないのです。
さて、明日はどうやって痛めつけてあげましょうか。
それとも、そろそろ殺そうかしら。
けっけっけっ。
恐怖と絶望を抱きながら、震えて待ってな!!』
クソッ! 勝手なことを言いやがって!
このメッセージを読んだ俺の心は、確かに恐怖と絶望を感じている。
だが、それだけではない。
サユリに対する怒りが、――腹の底から熱い怒りがこみ上げてきた。
このまま黙って殺されてたまるか!
俺はサユリに会った時の事を思い出した。あの女になんとか一矢報いてやりたい。
あの、不気味な女に――。
そこで不審に思った。
サユリはなぜ俺に会いに来たんだ?
別に俺に会う必要はなかったはずだ。
俺の名前はわかってるんだから、そのまま登場人物の名前を俺の名前に変えて、痛い目に合わせればいいだけの話だ。
もし俺が屈強な男であれば、あの場でサユリを取り押さえていたかもしれない。
直接会うことは、サユリにとってリスクがあったはずだ。
文章ではなく、自らの手で俺を傷つけたかったのか。
それとも――
『あなたが痛みに泣き叫ぶ姿を、頭の中で思い浮かべながらね』
さっきのサユリのメッセージを思い出した。
名前しか知らない相手が泣き叫ぶ姿を、思い浮かべるのは難しいだろう。
ひょっとすると――、
サユリが会いに来たのは、俺の姿を直接見ることによって、俺が苦しむ姿を具体的に想像できるようにするためだったのでは?
そして、現実化すると信じて文章を書くには、具体的なイメージを頭に思い浮かべる必要があったのでは?
もちろん、それこそ俺の想像に過ぎない。
だが、サユリが俺に会いに来たことの説明はつく。
だとするならば――、
そこで、俺の考えは飛躍した。
サユリが俺を見たのと同様に、俺もサユリを見ている。
俺は、あの不気味な女の姿を頭に思い浮かべることができる。
ならば俺でも、文章を書くことによってサユリを痛めつけることができるんじゃないか?
あいつは、小説家が信じて書いた文章は、現実化すると言った。
俺はもちろん、小説家ではない。
だが、あいつだって、「小説家になろう」にしか投稿していない素人作家だ。
ならば、俺も小説を書いて「小説家になろう」に投稿すれば、小説家だと言えるのではないか?
小説家など、自分には縁のない世界の住人だと思っていた。
そうではない。
小説を書き、それを他人に読んでもらえば、誰でも小説家になれるのだ。
そして、「小説家になろう」に投稿すれば、自分の作品を他人に読んでもらうことは簡単にできる。
そうなれば、自他共に認める小説家だ。
俺でも「先生」などと呼ばれることになるのかもしれない。
問題は、その先だ。
文章が現実化するなどという荒唐無稽な話を、俺が信じられるかどうかだ。
…………。
今なら、信じられる気がする。
左手と、背中の痛みが、それを信じさせてくれる。
この痛みは、現実だ。
俺は、小説を書き始めた。
もちろん、創造力のかけらもない俺は、ストーリーを考えることなどできない。
そこで、現実にあったことを元にして書くことにした。
つまり、「小説家になろう」でサユリの書いた小説を読み、ひどい感想をかいたことで、殺されそうになっている今の状況を、小説仕立てで文章にする。
素人なので、うまく書けなくても仕方がない。
それでも、とにかく書くことだ。
書くことで、何かが生まれる。
タイトルは『ひどい感想で作者を悲しませたら復讐されました』とした。
ペンネームは『一乗谷』。
そして、なんとか書き上げた。
これで俺も、『小説家』と言ってもいいのではないだろうか。そう信じよう。
以下に紹介する、この小説のラストシーンこそが、本当に書きたかったことだ。
―――
(さて、あまりいたぶるのも悪いから、そろそろ殺してやろうかしら)
神通サユリは、九頭竜義景が恐怖にすくんでいる姿を思い浮かべた。
湧き上がる愉悦で、頬がゆるむ。
あんな奴は死んでも当然だろう。
感想を書きこむなら、それを読んだ作者がどう思うか、想像しなければならない。
(焼死がいいかな、それとも溺死かな。できるだけ苦しませてから死なせてやりたいものだけど)
サユリはひらめいた。
「そうだ、やっぱり日本人なら切腹がいいわね。もちろん介錯はなし。けっけっけっ」
自らの天才的な思いつきに、思わず声が出た。
サユリはさっそく思いついたことを書こうと、ノートパソコンを開いた。
ノートパソコンが、爆発した。
―――
俺は「投稿」ボタンを押した。
サユリが爆死する様子を思い浮かべながら……。