全属性魔法適正3
「いやいやいや、あんたら頭おかしぃだろぉぉぉ!!何今の!?殺す気満々じゃん!」
「お言葉ですが、お相手は初めからそのつもりだったのでは?」
「そ、そうだけどさ!いきなり会ってもない相手に普通、あんな魔法ぶっかます!?」
今のは本当に危なかった。
ドアを開けた瞬間、炎の竜巻とでも形容すべきものが目に飛び込んできて、ルシファーは素で固まってしまったのだ。
「てかバフォメットさん、ほんとありがとう!!助かったわ!」
「なんと勿体なきお言葉!!しかし魔王様であればあの程度の魔法どうにでもなされたでしょうに!」
「え?あ、うん。多分ね……それよりさっきの大爆発何?」
ルシファーは無理やり話を逸らす。
バフォメットはそのことを全く気にかけた様子はなく、主の問いに素直に答える。
「恐らく灰燼属性の魔法の類かと思われます。以前ダンタリオン様のお造りになられた方が使用したものと大変酷似しておりました。」
「……やべぇ奴造ってんのな、あいつ。」
ルシファーは心の中でドン引きしつつ、本来の目的だったことをようやく思い出した。
「そうだ、エルフエルフ!……あっ、いた!!」
ルシファーの視線は三人のエルフに向かう。
エルフ、と一括りに言っても髪の色や肌の色、身長に筋肉量といった物ははまちまちだった。
緑色のロングヘアーをしたエルフは長身だし、金髪に短髪というボーイッシュな子は背丈はそこまで高くないが筋肉質な体付きだ。
そんな中でルシファーが最も目を惹かれたのは、青い髪にレイピアを構えたエルフだった。
「胸……でかっ……!!そ、そこの青い髪をしたお嬢さん。この後隣の部屋でお茶でも……」
「なぜあの魔法を食らって生きているの!」
「ほっ?!」
ルシファーは全員の顔とボディライン(主に後者を重点的に)見ていたので、三人のエルフ全員が自分を睨みつけていることに全く気付かなかった。
「え、なんで皆さま睨んでいらっしゃ……」
「さっきのはユウキの魔法の中でも一番の威力だったはずだ!それなのになぜ生きてるのか言え!!」
「そうよ!あれは絶対防げないはず!!答えなさい!!」
金髪に続いて、緑髪のエルフ、青色巨乳のエルフと続いてルシファーは攻められる。
(ひょぇぇ、気が強すぎ……)
と、エルフに対する優しいお姉さんたちという先入観が壊れていく中、斜め右後ろに立つバフォメットに視線を送る。
すると彼はこくりと頷き、説明を始めた。
「まず人とエルフよ。お前たち程度が使える魔法如き、我々に通じることはない。」
「「!?」」
淡々と話すバフォメットに対して、呆気にとられた表情をするユウキと三人のエルフ。
「そんなバカな!【暴焼紅蓮】は天属性の 【守王陣】でしか耐えれないとあの本には書いてあったぞ!」
「それはその魔法の使用者の属性では、という話でしょう。先ほどの爆発魔法程度であれば、対抗魔法は数多く存在しますよ……あぁ、どうやって防いだのか、という点についてはまだ話しておりませんでしたね。」
バフォメットが右手を前にかざすと同時に半透明の巨大な壁が作られた。
ルシファー達三人だけが入るような大きさではなく、部屋の端から端、そして天井までくっつく程の大きさだ。
それは完全に部屋を分断していた。
「これは【仮初の盾】と言って、このように広範囲に渡って空間を仕切る魔法です。何よりの長所は発動までの時間がほぼゼロな事、次いでこの盾は上位魔法であってもほぼ全てを無力化できる事ですね。非常に使い勝手の良い魔法で、咄嗟の時にも対応できますから是非覚えていた方が……などと説明はしましたが、聞こえてはいないでしょうね。仮初、と名はついていますがその効力は光以外すべて通さないものですし。」
ユウキたちはいったい何が起こっているんだ?という様子でルシファー達や【仮初の盾】を訝しげに見ている。それもそのはずだ。今までこれほど大きな防御魔法を見たことは一度もなく、そして決して攻撃を通さない雰囲気を感じ取ったからだ。
明らかに自分たちとは力に差があることは明白で、目の前にいるルシファー達はいったい何者なのか、どれほどの修業を積んだら追いつける存在なのか。
転生者であるユウキをもってしても、確かに同じ魔法を使えるだろうが、そうなればバフォメットはそれをさらに上回る魔法を使用し自分たちを殺しにかかるだろう、と感じざるを得なかった。
「おっと忘れていました。魔王様、エルフ達をお連れになるんでしたよね?」
「うん!そのつもり!!おーいそこのエルフさんたちー、お茶でもしませんかー?って聞こえてないんだった……」
その言葉を聞いてバフォメットは【仮初の盾】をルシファーの歩く速度に合わせて、前進させる。
ルシファーは特に何も警戒した様子はせずに、ずんずんとユウキたちとの距離を縮める。一秒でも早くエルフとお茶をしながらイチャイチャしたいと思っていた。
だが、そうやって詰められると生物は皆恐怖を感じるものだ。
エルフ達はガタガタという音を立てながら武器を構えるが、ユウキの魔法が通じないなら、もうどうしたらいいのか分からない、という顔をしている。
だが、そんな中でもこの状況を打開する策を見出したものが居た。
「……みんな大丈夫。僕が何とかするから。」
「ほんと!何か手があるの!?」
「うん。」
手があるというより、この方法しか生き延びる道はないというのがユウキの本音だった。【暴焼紅蓮】で倒しきれないとなると、最早勝つことは不可能。
だが、引き分けには持ち込むことは可能だ。
ユウキにとっての最強の魔法。
「【精神時間停止】」
地上の生物が扱うことが出来ない属性、神属性のそれはユウキを中心として半径五百メートル以内を対象に、感じる時間を停止させる魔法。
感じる時間を停止させるだけで、その間実際の時間は動いているため、敵に対して物理攻撃・魔法攻撃がすべて有効となる、まさに神の魔法と呼ぶにふさわしいものだった。
だが、今は【仮初の盾】が存在するため、攻撃は一切意味をなさないのは確実だった。そのため、逃げることただ一点のみのためにこの魔法を使用したのだ。
ユウキの退却の一手であり、絶対と思っているその力はバベルの化け物たちにも……効くことはなかった。
「えっ!そんな……なんで……」
周りを見渡しても、エルフはまだかまだかと希望に満ちた表情をしているし、ルシファーたちも皆何の影響も受けていないかのような表情をしている。
そこには【精神時間停止】は発動している様子は無かった。
そしてその瞬間、バフォメットの【仮初の盾】は解除され、ルシファーの声が届くようになる。
「ん?そんな驚いた顔してどうした?」
「……んで、発動しないんだ……」
「あ?発動しないって何が?」
「時間に関する魔法か能力を発動したのでしょう。」
バフォメットがルシファーの後ろから声を掛ける。
なるほど、と納得したルシファーは手を腰に当て、あきれたような物言いで告げる。
「あぁ、そういう事。お前なぁ、そんな危ないものにこっちが何の対策も練らないわけないだろ?時間系の技はこの建物内じゃ使えねぇよ。あと、転移系もこっちが許可した奴以外は出来ねぇから。」
その言葉ユウキに絶望を与えた。
時間停止、転移の二つを使えないという事は、このバベルに入った時点で倒しきるか足で逃げるかの選択しかなかったという事だ。
「というわけで、エルフのお嬢さんたち。一緒に隣の部屋でお茶でもしません?」
ルシファーの明るい声のみが部屋の中を反響する。
エルフ達からすれば、それは明らかな罠であり、自分たちがどうなるのかというのは明白だった。すぐに餌にされるか、モンスターの子孫を無理やり作らされるか。はたまた、拷問にかけられるか。いや、本来悪魔たちが相手ならそうなるのだが、今回ばかりは大きな誤解だった……まさか本当にお茶会をしたいだなんて思う魔王がいるなど誰が想像できるだろうか。
そういった考えの下で導き出されたエルフ達の回答は次のようなものだった。
「絶対に嫌!何が何でもあんたたちをぶっ潰す!!」
全員の考えを代表して、緑髪のエルフが声高に叫ぶ。
「な、なんで?……どう考えてもこのままだと死ぬんだし、お茶したほうが良くない??」
「そんな言葉で私たちがホイホイと付いていくと本気で思ってるの?だとしたらあなたは大馬鹿ね!」
「えぇぇ……」
最早ルシファーに返す言葉はなかった。
信用されている様子はエルフ達に全く見られず、どうやっても茶会を開いてイチャつく事は出来なそうだ。
せっかく礼装に紅茶、部屋の片づけまでしたというのに、全てが水の泡となったことにルシファーはがっくりと肩を落とす。
両者の様子を第三者が見れば、勇者に敗れ負けを認めた魔王、と言うに違いないが、実際に押されているのは魔王ではなく勇者であるその奇妙な状況は、だがしかしバフォメットの一言によって終わりを告げる。
「では魔王様、戻りますか。ちなみにこの後フォレストオークとの食料に関しての会談を準備しておりますので、すぐに参りましょう。何の偶然か正装に着替えられていますし。」
「……もしかしてお前、こうなること予想してオークと予定を入れたんじゃないだろうな。」
「さぁ参りましょう。」
バフォメットはすっとそっぽを向き、ルシファーを無視して元いた部屋に戻ろうとする。
「絶対そうだろ!俺がフラれること前提に動きやがってぇぇ……って実際そうなってるから何も言えないけどさ!!」
ルシファーはバフォメットを走って追いかける。
さて完全に置いてけぼりを食らった勇者たちだったが、ふと我に返ってこれから全力で逃げようと無言のアイコンタクトをする。
魔王と呼ばれた者とユウキの魔法を完全に防いだスケルトンの両者が居なくなるのであれば、生き残る可能性はゼロから一へ上がる。
このチャンスを無駄にするわけにはいかない。
四人全員、走り出す機会を伺っていた時だった。
「ルシファー様、あの者たちは如何いたしますか?私が相手を?」
漆黒の羽をもつ悪魔、ベリアルが部屋を出ようとするルシファーに問う。
ユウキたちは能力や使用する魔法が不明の悪魔が自分たちの相手になる、と思い身構える。
魔王と一緒に入ってきたのだから、このバベルでも無類の強さであることは予想される。
悪魔なのだから聖属性で倒せる、と言葉の上では分かっていても、時間停止魔法すら効かないことを目の当たりにした今、ユウキたちは成す術がないことは明らかだった。
「あ?別にお前が戦わなくてもいいだろ。部屋に戻ってゆっくりしてろ。そいつらは適当にモンスターに襲わせとけ。」
「畏まりました。」
ここでユウキたちが感じた安堵は幾程のものだっただろう。
強者は完全に去り、後は雑魚ばかりを襲わせるというのだから、飛び上がって手を叩き喜びたいくらいだった。
だが、彼らは知らなかった。
バベルにおいてモンスターは有限ではなく、無限な事を。
そして彼らは忘れていた。
自分たちの体力は無限ではなく、有限なことを。
ユウキたちがバベルに入って三日後、彼らは何の変哲もないモンスターに四六時中攻め立てられた末、オークたちに体中を食いちぎられ絶命した。