全属性魔法適正1
「ふぁぁぁ、おはよぅー。」
「これは魔王様。おはよう御座います。 お食事の準備はすでに整っておりますので、ご準備が出来ましたら三十四層までお越し下さい。」
幾度となく繰り返されたやり取りが、今日もルシファーとバフォメットの間で交わされていた。多くの悪魔達は睡眠を必要としないが、人間種であるルシファーには不可欠だ。
そのため、バベルの中でも数少ない外の光が当たる場所、三十五層の一室をルシファーは寝室として使っていた。寝具などは人間の町から持ち運ばれたが、もちろん代金など払ってはいない。
寝具屋を襲い、奪ってきたのだ。
とはいえ、ルシファーはその事実を知らされてはいなかったので、「あ、いい部屋とベッドあんじゃん!」くらいにしか思っていないのだが……
(にしても、寝起きに骸骨が目の前に現れるのは心臓に悪い……)
毎朝、ルシファーの食事が出来るとバフォメットが部屋に起こしに来るのだが、未だに慣れなかった。
本当なら綺麗な女性にお願いしたいところなのだが、生憎このバベルにそんな悪魔は居ない。
姿を女性に変えることが出来る者はいるが、中身が男の時点でルシファーとしては選考対象外となっている。
「「魔王様、おはようございます!!」」
食事が用意されている三十四層に着くと、毎度のことだが、悪魔達から挨拶を受ける。
そこにいる悪魔の多くはスケルトンだが、声を出すことが出来きないため、礼のみしている。
声に出して挨拶しているのは、警備を任せている数体のオークや死喰鬼達だ。
スケルトン達はバベル内では最弱だが、その一方で非常に使い勝手が良い。
非戦闘時にはルシファーの身の回りの事をテキパキこなすし、戦闘時においては勇者の能力について、情報収集をする際の時間稼ぎに使うことが出来る。
「物は使いよう」という言葉を体現した存在なのだ。
物、だなんて言うとスケルトンの人権団体から非難の声が上がりそうだが、残念ながらこの世界にそんなものは無い。
それにスケルトン達からも特に苦情は届いていないから、ルシファーは気にしないことにしている。
(まぁ、殺されるのを見ると辛いけど……)
と言う本心を持ちつつも挨拶を返す。
「ん、おはよー。」
テーブルには数種類の食べ物が並んでいる。
初めの頃は、悪魔たちがルシファーに対して、最大限のもてなしをしようとしたため、「宴会でも開くんか!?」というほどの食べ物が並んでいたのだが、最近は大分その量は落ち着いた。
(はぁ……)
ちなみに、食べ物と言ってもパンやスープ、肉や野菜といった物は出ない。
いや、肉は出ているのだが、牛や豚の肉ではなく、バベル周辺に生息するモンスターの肉なのだ。
しかも、殺した後切っただけ、という斬新すぎる料理なのだ。煮るなり焼くなりして欲しいのだが、彼らは焼く際に強力な炎属性魔法を使うため、丸焦げの肉しか作れなかったのだ。そのため、生肉を食べるしかなかった。
レイニーフロッグの切り身、その生き血、デッドリーマウスの眼球、ガンバタフライの肝……などが今日の朝食だった。
全て、そう、食事として出ている料理全てから異様な匂いが漂っている。
(食いたくねぇぇ……)
以前の世界では、食べ物を粗末にはしないようにしていたが、流石にこれはキツい。
食べようと口に持ってくるだけで、その匂いに脳震盪を起こしそうになる。
「なぁ、前にも言ったけど、もう少し匂いのキツくない食べ物は無いのか?」
横にいるバフォメットに尋ねる。
「暴食家のオーク達からの贈り物なのですが、お気に召しませんでしたか?」
「あいつらか……」
バフォメットの言うオークとは、バベルの周辺に広がる森林に住むフォレストオーク達の事だろう。
バベル統一をした際、貢ぎ物を毎月贈る代わりに安全を保障して欲しい、と言ってきたのだ。
モンスターにしては、交渉をするほどの知性を持っていたので、今後役に立つだろうと思い、承諾したのだが、貢ぎ物はいつも匂いのきつい物ばかりなのだ。
どうにかして欲しいと頼んだのだが、彼らは嗅覚が発達していないので、匂いの強さは判別不可能だと言われてしまったのだ。
「今度、時間が出来たら、あいつらのとこに行くぞ。匂いのキツくない種類を教えてやんないと……」
そう言って、グラスに注がれたレイニーフロッグの生き血を見た時だった。
わずかに水面が揺れたのだ。
だが、気づいた次の瞬間には既に波は消えていた。
「おい、バフォメット。今地震起きたか?」
「いえ。と言いますか、バベルに外部からの衝撃は伝わりませんよ。」
「だよね。って事は……まさか中に勇者でも来た?いやでも、ここってかなり頑丈なはずだよね。」
バベルの外壁はとある理由から耐衝撃、耐燃、耐凍結などの性能を有している。そのため、外部からの攻撃をほぼ完全に遮断することが出来ている。
どの程度なら耐えられるのかを見たかったため、以前魔将達に尋ねたことがあったが、『転生勇者が数名集まって大魔法を使えば外壁を壊すことはできるはず』とのことだった。
もはやそこまで攻められたら白目をむいてお出迎えしたい。
その一方で弱点としては内部の者たちが外部からの攻撃に気付きにくいことだろうか。
いつの間にか周りを囲まれていた、なんてことになる可能性はある。
「流石魔王様!はい、明け方勇者がバベル内部に入り込んだため、入り口から転移させ、ちょうど隣の部屋で戦っております。」
「ふーん……はっ!?え、隣?!」
ルシファーは一瞬聞き間違えかと思った。
確かに、勇者がバベル内に入ることはこれまでに幾度もあったし、そのたびに追い返して(殺して)いたので、特に心配に思うことはなかった。
しかしそれは、バベルの一層から十層という遠い階層での出来事だったからだ。
「魔王様が近くにいるという、自覚をもって戦う訓練でして……」
「いや、あのバフォメットさん?!そういう事は事前に言ってもらわないと!こちらにも心の準備というのがありましてね!?」
「しかし、今朝彼らが攻めてきた時、魔王様は大変良くお眠りになられていたので、起こすことが躊躇われてしまい……」
「あ、俺のせいなのね!!」
朝から血圧がかなり上がっている気がするが、すぐそこに勇者がいるというのであれば仕方あるまい。
隣の部屋は今ルシファーがいる部屋の三倍程度は広さも高さもある。確かに向こうの部屋ならば戦うことが出来るだろう。
同じ階層であってもこのように高さが違うのは、階毎にとある大掛かりな罠を仕込んであるからだ。一度発動すると面倒なことになるので、滅多に使用することはないのだが。
はぁ、と息を吐き、混乱している頭の中を落ち着かせる。
「……で、敵の数は?強いの?」
「数は四名。強さは一人を除いては大したことはありません。」
言い方から察するに、嫌な予感がする。
「あー、一応聞くけど、その一人って転生者?」
「はい、恐らく。」
「うげぇぇぇ。」
怖い。
早くこの階から他の階へ逃げたい。
「何?今度は何の能力者?」
「今回の転生者は〈全属性魔法適正〉かと。その名の通り、ありとあらゆる属性の魔法を使用し、迎え撃つ者たちの弱点となる属性を的確に突いてきております。」
「絵にかいたようなチート野郎じゃん……」
以前バフォメットに聞いたところによると、この世界の人間は多くても三つの属性の魔法しか使うことが出来ないらしい。
それには遺伝が関係しているようで、三つの属性になり得るのは、母から受け継ぐ属性が一つ、父から受け継ぐ属性が一つ、そして本人独自に発現する属性が一つ。
この本人独自の属性は稀なようだ。
魔法を使える者自体が全人口の一割弱。独自に発現するのは、その中の零点数パーセントしかいない。
つまり、魔法が使える人間の中で大抵は二属性以下となるのだが、どうやら目の前の転生勇者はそんな事お構いなしの全属性持ちというチートっぷりを発揮しているのだ。
全属性を有することの大きなメリットは、弱点属性を確実に突くことが可能な点だ。
すべての生物には弱点となる属性がある。例えばほとんどの悪魔種は聖属性や天属性に弱いし(天属性は聖属性の上位属性。魔法に長けた神官であっても、天属性を扱う者は稀)、人間やゴブリンであれば火属性に弱い。
『あの属性に特化したパーティーメンバーが居れば』、という後悔をする冒険者は多く、人間たちの動向を探るバベルの密偵によれば、属性相性によって死亡する者たちの数は、全体の戦死者の内の二割程度いるらしい。
それだけ、属性というのは大切になってくるのだが……
(毎回毎回、頭のおかしい能力持ちばかり来やがってぇぇぇぇ!!)
しかも今回は隣の部屋で戦っている最中だと言うのだ。
勘弁してくれ、というのがルシファーの本心だ。
転生して三年経った今でさえ、まだまだ内部で問題が起きているというのに外から厄介事を持ってくるな!という思いを抱えつつも、ふとある考えに至る。
(いや待て、転生者と戦ってるのが誰かは知らないけど、そいつは俺がここにいると思って必死に戦っているはず。ならもう俺の役目は終わってるよな。)
「取り敢えず俺は上の階に避難でも……」
「残る三名は大したことのないエルフの女達です。」
「おい待て。」
ルシファーが聞き逃すはずがない。
上の階層に逃げようと向いていた体の向きがぐるりと半周回る。
その理由はこの世界に来て初めて会う種族だからであり、そして美人揃いという噂の……
「エルフ……遂に、やっと来てくれたのか!!バフォメット、お茶の準備を!スケルトン、床の掃除しとけ!俺は……ちょっと着替えてくる!」
怖いなどという感情は綺麗に消え去り、早く本物のエルフというものに会ってみたい!という気持ちか先走る。
急いで三十四階へ戻り、クローゼットの中から最も高級な服に身を纏う。
真っ白なウイングカラーのシャツに、燕尾服に身を包んだ少年の姿は凛々しく、貴族の舞踏会にだって行ける格好だった。
ルシファーは鏡の前で蝶ネクタイの位置がおかしくないかをチェックし、目を閉じる。
(やばい、カッコいい!!これはイチコロだわ)
二、三回ポーズを変え、再び襟を正す。
そして自惚れつつも、バフォメットたちが待つ三十三階へと降りる。
するとそこにはバフォメットの隣にベリアルが居た。
恐らくバフォメットが護衛の者として選んだのだろう。
「準備早いねぇ。」
「ありがとうございます……魔王様、一応お聞きしますが、まさか御身自ら出向かれるわけではないですよね?」
「え?行くけど?」
何か問題ある?と言わんばかりの瞳でバフォメットを見る。
今にもスキップしだしそうなルシファーを見て、バフォメットはもしやと怪しんだのだが、案の定自身の主は勇者に会いに行こうとしていた。
「良いですか魔王様。物事には万に一つというものがございます。いくら我々が付いているからと言って……」
「大丈夫だって。万に九千九百九十九はないんだろ?つか早く行こうぜ!」
この御方は……とバフォメットは思うが、主人がこうなると何を言っても無駄なことを既に知っている。
(というか、もう隣の部屋のドアノブに手をかけてますし……)
バフォメットはベリアルと目を合わせ、お手上げだ、と無言で伝える。そして勇者たちがいる部屋との境に立つオーガに、何かあった時にすぐ対応するよう目配せする。
それは有事の際、肉壁としてルシファーを守れという意味だが、オーガたちは是非もなく従った。
ガチャ、とルシファーが扉を開けると、次の瞬間今まで彼らがいた部屋に爆風と共に爆発音が轟いた。