解決してやる……心配すんな
「メリアは無事なんだろうな?」
「あぁ、知り合いの下で過ごしておる。心配そうにしておったから、あの娘に小僧は大丈夫だからと伝えておるわ。」
ルシファーとアルスヘヴンは連れて来られた道とは逆方向に歩いていた。
どうやらこちらの道は使われていないようで、高さはあるものの地面はボコボコだった。
それもドラゴンが歩く際に顔をしかめる程のボコボコであり、ルシファーからするとアスレチックを延々させられている気分だった。
ただその代わり、今のところドラゴンに一匹たりとも出会っていない。
歩きづらい道を敬遠しがちなのは人もドラゴンも一緒なのだろう。
「せっかく助けてくれるなら、あの審議の場で助けてくれてもよかったのに……この道しんどくない?」
そう文句を言うと、アルスヘヴンはあきれた様子で答えた。
「助けてやったのだから文句を言うでない……そもそも審議する者たち全員が、お主からは怪しさしか感じないはずだ。儂一人が言ったところでどうにもならん。だいたい小僧……お主は何者だ?全てが偽物に感じる者など初めて見たぞ。」
「知るかよ。勝手に人の事を嘘つき呼ばわりしやがって……おかげで飢え死ぬかと思ったわ。」
「だからこうして助けただろう?」
「ありがとよ……ってか何で助けたんだ?怪しさ満点なんだろ、俺?いや全然怪しくないけども!」
「……悪意を持っているかは判断できる。そしてそれが無いものを見殺しには出来ん。それだけだ。」
そう言ってルシファーを爪でつかみ、彼一人では超えられないであろう大きさの岩の先へ静かに下ろす。
「今までもそうして誰かを助けてきたのか?」
「いや、初めてだ。ここには儂らを殺し、鱗や肉を得たいと思うやつばかり来るからな。初めは下手に出てこの洞窟へ入るが、審議で本性を見抜かれると暴れる者ばかりだ。」
「なるほどねぇ。ドラゴンの初めては貰っても嬉しくないけど、助けてくれたことには感謝するよ。ありがとうな。」
「構わぬ。」
よっこいしょ、と自分の腰ほどの高さの岩を超えた時、ふとルシファーはヒュゲルの言った事を思い出した。
「そいや、俺を牢獄まで連れて行ったちっこいドラゴンが『俺たちがここに閉じ込められているのはあの湖のせい』って言ってたんだけど、どういう事?」
前を歩いていたアルスヘヴンが急に立ち止まり、何の気なしに歩いていたルシファーは彼の足に激突する。
頭をドラゴンの鱗に打った衝撃でルシファーは後ろに倒れこむ。
「痛った……急に止まるなよ。」
「あの湖はな……」
「ん?あぁバイカル湖だろ。そいつの知り合いが言ってたぜ。」
「そう、バイカル湖はな。儂らがこの地から離れることを許さないのだ。」
静かにアルスヘヴンは続ける。
「いや、儂らがあの湖なくして生きていけない、と言うべきか。」
「どういうことだ?本当は短命だから、あの水を飲まないと行けない、とか?」
「いいや、そうではない。あの水はな……中毒性があるのだ。それも強力な、な。」
「中毒性?」
思いがけない言葉にルシファーは戸惑う。
水に中毒性。
確かに水は飲まないと生きてはいけないが、おそらくそういう類の話ではないのだろう。
でなければ、この地を離れても水のある所で暮らしていけるはずだ。
「そうだ。一度でも飲めば、儂らはあの水なくして生きていけぬ。飲まねば体は震え、幻覚に苦しみ、そして身を切られるような痛みが走るのだ。ゆえにこの地を離れることは出来んというわけだ。」
「……もしかしてここにいるドラゴンは皆中毒に陥ってるのか?」
「そうだ。」
「そうだって、飲んだ奴はしょうがないけど、飲まなかった奴をなんで止めなかったんだよ!」
飲むと中毒に陥るなら、なぜ誰も飲むのを止めないのだろう。
それでは被害が増す一方ではないか。
怒りの感情も混ざった当然の疑問がルシファーの頭に浮かぶ。
「それは叶わぬ。」
「皆中毒になるって知ってて飲んでるのにか!?誰かが無理やりにでも止めないと……」
「遺伝するのだ。」
アルスヘヴンはそう呟く。
物悲し気に。
「生まれてくる新たなドラゴンは全て例外無くな……」
「おい、まじかよ……」
ルシファーは顔をしかめる。
生まれてくるドラゴンまで中毒が遺伝するのなら、もはやこの地から離れることはできないだろう。
ヒュゲルがバイカル湖のことをよく思っていない理由がやっとわかった。
恐らく、彼自身生まれたときからあの水に依存した体であるため、この場所以外の土地を見たことが内のはずだ。
好奇心が旺盛な時期にその相反する事象に悩み、そして今苦しんでいるのだ。
きっと外の世界へ旅立つ事へ憧れているはずだろうに。
(もしかしてこいつらがあの湖を守っているのは、被害者をこれ以上出さないようにするためなのか……?)
「初めて会った時も、俺たちのことをあの湖から守ってくれてたんだな。」
するとフンッ、とだけ鼻を鳴らし、再びアルスヘヴンはノソノソと歩き出した。
なんだかんだ言い奴なのだ。
「まぁおかげで儂らは長生きができておる。ここ以外に居場所がなくとも、そこまで望むのは強欲というものだろうよ。小僧が心配する事ではない。」
その台詞は諦めも混じった本心だ、とルシファーは感じた。
しかし、それを知った上でルシファーに一体何ができると言うのだろう。
なんの能力も魔法も使うことの出来ない彼に、ドラゴンたちの問題を解決することなど……
「俺はさ、何の力もない。だから一人で解決しようだなんて愚かで傲慢だと思うし、実際不可能なことも理解してる。」
ルシファーは足を止めたままだ。
おや?と思ったアルスヘヴンは振り返る。
「だけど、俺を助けてくれるような奴が抱える問題を……見て見ぬふりをしたくない。」
ぎゅっと手を握り締める。
そうだ。
アルスヘヴンはこの世界で初めて自分のことを正体も知らずに助けてくれた奴なのだ。
魔王と知っているバフォメットやアザゼルのように、ルシファーが必要だったから助けたのではない。
純粋に自分のことを信頼してくれていたから、助けたのだ。
それがルシファーにはうれしかった。
「だから俺が絶対解決してやる……心配すんな。」
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洞窟を抜けた先は滝の中腹部分だった。
滝を内側から見る分には景色が良いとしか感じないが、恐らくこの水は……
「これもバイカル湖の水なんだろ?」
「あぁその通りだ。なに、飲まねば大丈夫だ。息を止めて儂の背に乗っていれば、すぐに滝の向こうへ出れる。」
アルスヘヴンに従い、滝の外へ出る。
ドラゴンなだけあって、滝の水流に負けずに抜けることが出来たのだが、すぐに異変が起こった。
「グウッ……」
「おい、大丈夫か?」
アルスヘヴンはよろよろとしつつも、ルシファーを岸辺まで運ぶ。
「平気だ……飲みたいという衝動にかられているだけだ。体がどうしても求めてしまうのだ。」
プルプル震える様子に何もできない自分がルシファーは恨めしかった。
いったいどうして水にそんな中毒性の成分が混じっているのだろう。
「バイカル湖みたいに寿命を延ばせる水は他にあるのか?」
「いいや、儂は知らん。それに少なくともここを訪ねてくる奴らは、この場所にしかないような話しぶりだった。」
「ってことはこの付近の土地から何か漏れているのか……?」
ルシファーは彼らの横を流れる川に目を向ける。
落ち葉が流れに沿ってどんどん下流へ流れていき、やがて川が消えるところまで行きつくと、その葉と同じようにたどり着いたであろう他の葉と重なり合うようにして動きを止めた。
そうして一枚、また一枚と葉の動きを見つめているうちに、ある違和感に気づいた。
「おい、じじい!この川の水の流れ、なんか変だぞ!?」
「ん?何か変か?」
「滝が終わってから川となって終わるまでの距離が短すぎるんだって!!」
「……川とはそういうものではないのか?」
「いや、ほかの川を見た事ねぇのかよ……って無いのか!」
この場所でしか暮らしていないのなら、これに違和感を覚えていないのは不思議ではない。
「普通、滝が落ちた先にできる川ってのはずっと長く続くんだよ。水流が激しいってのもあるし、水量も関係するけど!でもこの川、目で川の終わりまで目で追える程短いんだぞ!?絶対おかしいだろ!!」
「そういう……ものなのか?だが、それがどうしたというのだ?」
アルスヘヴンは分かっていないようだが、明らかに自然にこの形になっているとは思えない。
ルシファーは川の終わりの場所まで走り、よく観察する。
そこまで流れが速いのに、急に水が地面へと潜り込むように消えて行っている。
消えている所の地面がどうなっているのかを調べるべく、ルシファーはそこの地面を掘る。
「なんだよこれ……」
そこには地面深くへと延びる太い管があった。




