脱獄成功??
(ラファエルも懲りないなぁ……)
「君……(パチン)あぁ、エーベルハルト君ね。ラファエルに言われて来たんだよね?彼、僕に何か言ってたかい?」
アザゼルは指を鳴らし、一度も会ったことの無い天使の名前を知る。
彼はエーベルハルトから放たれる純白の光線の数々を紙一重で全て躱していた。
その光線はほんの少し掠めるだけで、触れたものを灰にするようで、先ほどまで老人が座っていたロッキングチェアは既に原形をとどめてはいなかった。
彼がスルリと避けるたびに、回避先に新たな光線が向かってくる。
恐らく、転生勇者クラスであってもその攻撃を避けることができるのはごく一部だろう。
しかしそこはバベルで魔神と称されるアザゼルだ。
指をパチンとならすとその光線は不自然に曲がり、狙っていたであろう箇所にあたることはない。
「やはり貴様は危険な存在だ。早々に片付けねばなるまい……」
「全く……天使なのに純粋無垢な僕の質問に答える気ないの?少しは相手の立場に……っと急にどうしたの。」
エーベルハルトは飛び上がり、自身の羽を無数にアザゼルの周囲へまき散らす。
そして先ほどまでアザゼルを襲っていた光線を複数羽に向けて発射する。
すると光線は羽に反射し、反射した光線も別の羽に、と次々光線は反射を繰り返しアザゼルをあらゆる方向から襲う。
「『聖なる舞踊』!!」
技を放ったエーベルハルト自身にしか光線の行く先を予測できないその攻撃は、アザゼルを全方向から襲う。
たとえ先ほどのように不自然に曲がったとしても、羽に反射して再びアザゼルを襲う。
息をつかせる暇など与えることはない。
そしてその攻撃の中には目には見えない波長の光も織り交ぜている。
目に見える光線にばかり対処していては、この攻撃は防げないのだ。
エーベルハルトに与えられた使命はアザゼルに能力を出来るだけ多く使わせることだ。
彼以前にアザゼルを襲ったものはことごとく打ち負かされているが、その者達の経験はすでに座天使ラファエルに蓄積されている。
現在有しているだろうと予測されている能力として、〈叡智〉〈空間操作〉〈完全回復〉〈確率収束〉〈未来予測〉の五つがある。
通常であれば全ての生物は一つの能力しか与えられていない。
であるにも関わらず、アザゼルという悪魔はどう考えても複数の能力を有しているとしか考えられないほど、様々な種類の力を使う。
〈叡智〉はその名の通りあらゆる情報がアザゼルには筒抜けというものだ。
だがこの能力はまだ不明瞭な部分がある。
それは名前やこちらの使う能力を全て看破するわりに、なぜ来たのかといった事柄は知られていない、という点だ。
目の前の本人のことしか分からない、というものなのだろうとラファエルは考えている。
〈空間操作〉は突然現れたり、また逆にいなくなったりする事から把握することとなった。
すぐ逃げられること、また強襲される可能性がある事から常に対策を取る必要がある。
〈完全回復〉は一度しか確認されていないが存在することは確かだ。以前音による目に見えない攻撃をした際、彼の聴力を奪うことが出来たことがある。
だが、耳を抑えていたアザゼルだったが、物の数秒もしないうちに何事もなかったかのように会話を始め、自身の聴力を奪った天使を瞬殺したのだ。
会話が成立したことから、痛みを我慢しただけではなく、完全に回復したのだろうと結論づけた。
そして、彼が有する中でも一二を争うのは〈確率収束〉と〈未来予測〉だ。
〈確率収束〉によってどんなランダム性をはらむ攻撃であってもアザゼルの前には意味をなさず、〈未来予測〉によって目に見える不意打ちは一切効かない。
そしてこれらすべてに共通するのは、発動前に指を鳴らすことだ。
徐々にアザゼルの能力は明らかになっており、それに対抗する策を講じている最中だが、万全を期すためラファエルは自身の予想に穴がないかを今回エーベルハルトに調査してもらっているのだ。
(この悪魔の能力は私が必ず……っ!?)
パチンという指の音とともに無数の光の中から何事もなかったかのようにアザゼルが歩いて向かってきていた。
「速度、威力、そして見えない光による二段構えの攻撃か……流石に危なかったなぁ。」
パッパッっと服の埃をとると、アザゼルは左の手首を見る。
そして時計を着けていないのに『あぁこんな時間か』というと、エーベルハルトのほうへ右手を伸ばす。
「本当は殺しは嫌いなんだけどずっと遊ぶわけにもいかないしね。ごめんね。君の魂が苦痛なく消滅するようにするから……さようなら。」
パチン、その音がエーベルハルトに聞こえたときには既に彼はこの世界から消滅していた。
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「あのう……誰かいませんかー!!??」
ルシファーは牢獄から脱出をするために、看守を務めるドラゴンと仲良くなろうと思ったのだが、牢獄の周りにはドラゴンが一匹たりともいなかった。
「これじゃ、わたし、ほんとうに、しんじゃう……」
よろよろと地面に座り込む。
(誰も通りかからないと、本当に餓死してしまうんだが!!)
牢獄に連れて来られた時は、すぐに死ぬわけではないと思って安心していたが、段々その安心感を不安が乗り越え始めた。
時間にしてまだ数時間も経ってはいないが、景色が変わらない洞窟の中ではそれは何十時間にも等しかった。
さらに彼に追い打ちをかけているのは牢獄の奥の方にある白骨の存在だ。
きっとここに連れられてから何も食べずに死んだのだろう。
(俺は絶対こんなところで死なないからな!)
そう意気込んだはいいものの、解決策が浮かんだわけではない。
先ほどまでは床に落ちている石で岩を削ろうと思っていたのだが、実際やってみると石のほうが削れるばかりで全く効果がないのだ。
同じ成分で出来ているなら同じだけ両方削れてほしいものだ。
何故か上手くいかないのはルシファーのお家芸とも言えるが、本人からすれば命の危機が迫った今は笑い話にならない、と思っている。
(こうなったら……)
ルシファーは右手を牢獄を閉じる透明な壁に当て、意識を集中する。
やがて右手に体中の魔力が集まり、そしてその力は壁を破壊するほど大きな衝撃波を……
「出さねぇんだよなぁ!!分かってた!分かってましたよ!えぇ!!」
魔法の真似事をしてみたもの、本心では土壇場で何かの能力に目覚めないかと期待していたのだ。
だが、案の定何も起こらず、ルシファーは両手を上げて体でお手上げを表現した。
「何をしておる。」
「っ!?」
突然聞こえた声の主はこの場所へとルシファーたちを連れてきた張本人、アルスヘヴンだった。
いつの間にかどっしりと牢獄の前に立っている。
近づいてくればその足音が聞こえそうなものだが、全くルシファーは気づかなかった。
だが今はそんなことを聞くより、文句を言う方が先だ。
「おい、くそジジイ、騙しやがったな!?お前を信用してついてきた俺が馬鹿だったぜ。いいから早く失せな!!」
「相変わらず騒がしい男だな。助けようと思ったが、失せた方が良いか?」
「ふぁっ!?……マジ?」
「大マジ。」
「今度は嘘つかない?」
「いやこうして助けに来たんだから、今まで嘘はついていないだろうよ。というか何も絶対安全とは言ってはおらん。小僧が勝手に勘違いしただけだ。」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
確かにアルスヘヴンは安全とは言っていなかった。
ムカつきはするがこうして助けると言ってくれているのだから、文句は言えまい。
「で、どうする?出たいのか?それともそこで骨になるまで居るか?」
「出るにきまってるじゃないですかぁ。もー、アルスヘヴンさんが優しいドラゴンってことは一目見たときから確信してましたよ?」
「急にごまをすりおって、気持ちの悪い奴だな。」
アルスヘヴンは口ではそう言いつつ、透明な壁を爪で軽く引っ掻く。
すると、ビクともしなかったはずの壁がバリッと亀裂が入り、次の瞬間弾けた。
「ほら、急げ。万が一にバレようものなら儂も小僧もすぐに殺されるぞ。」
「お、おぅ!」
そして、アルスヘヴンの後ろに続く形でルシファーは脱獄した。




