無理ィィィィ!!!
さて皆さん、私は誰でしょう?
そうですね、バベルの頂点に立つ者、魔王ルシファーです。
では、私の能力は何でしょう?
薄々お気づきの方もいるかもしれませんが私の能力は不明です。
バフォメットが言っておりました。
この世界のすべての生命には何かしらの能力があると。
ですので無能力ではないですよ、不明なだけです。
ここは大事なのでお忘れなく。
ちなみにどんな魔法を使うことができるでしょうか?
驚くことなかれ。
実は私、ひとつも魔法を覚えていません。
いいえ、正確には私には魔法を使う、という感覚が全く分からなかったので、魔法を練習する以前に挫折してしまったのです。
さて最後の質問です。
そんな私はどうすればドラゴンに立ち向かえるでしょうか?
「……無理ィィィィィィィィ!!!!!」
「ちょっとルシファーさん!大声を出さないでくださいよ!変に刺激しちゃだめです!!」
「あ……ごめんなさい。」
二人の目の前にドサッと着陸したドラゴンは横目で彼らを見つつ、湖の水を飲み始めた。
ガブガブ飲むのではなく、舌を少し伸ばして湖面につけて、舌に付着した分の水を飲んでいる。
するとやがて二人から視線を外し、目を閉じて動かなくなった。
「ルシファーさん、今のうちに離れましょう。」
そっとメリアがルシファーに囁く。
「うん。今少しずつ足に力入れれるようになってきたから、ゆっくり行こっか。」
ルシファーはメリアの腕にしがみ付き、立ち上がる。
今までの人生で一番の忍び足をしているのでは?と思うほど一切の物音を立てずに二人は歩き出す。
「待て。」
ビクリと二人は立ち止まる。
巨体がのっそりと動く気配を背中に感じ、恐怖で歯がガタガタと音を立てる。
「人間と……お前は悪魔か?人族同じ姿とは珍しいな。何をしに来た?」
(ドラゴンって人間の言葉話すんだぁぁ。知らなかったなぁぁ……って言ってる場合か!?)
ルシファーはそのまま直立し、挨拶を始める。
「は、初めまして……私は……」
「こちらを向いて話せ。」
ルシファーとメリアはゆっくり振り返る。
そこには二人を見下ろすのではなく、覗き込むように首をこちらに近づけたドラゴンがいた。
「失礼しました……改めまして、私はルシファーと申します。こちらは私の従者、メリア・イスラフィールです。」
「っ!?……メリア・イスラフィールと申します。」
メリアはルシファーがこれほど礼儀正しく話す人物とは思っていなかったので、非常に驚いた。
「それは私の質問に答えていない。何をしにここまでやって来たのか、と聞いている。」
「そ、それは……私たちにもよく分かっていないのです。」
「なるほど……要はこの湖の水を盗みに来た愚か者か。」
そう言うや否や、ドラゴンは口を開け、そこに炎の玉が作られる。
「いや、ちょほんとに分かってないんだって!」
焦り、普段通りの口調になったことにルシファーは気づく。
しかし、今はそんなことを気にしている暇はない。
魔将達なら炎から身を守る手段があるだろうが、ルシファーには全くない。
「待ってください!私たちはこちらのルシファーさんの知り合いに騙され、遠く離れたこの地に転移させられてしまったのです。」
(何その、嘘は言ってないけどなんか違う意味に聞こえるやつ!!この子凄っ!!)
ルシファーはメリアの詐欺師のような言い回しに舌を巻く。
するとドラゴンは目をピクリと動かし、口元に溜めていた炎の玉を空に向かって打ち上げた。
炎の玉の動きを目で追うと、先ほどまであった雲が一瞬で消え去っていた。
「良かろう。その娘のいうことは信頼に値する。」
「えっ……俺は?」
「貴様からは胡散臭い香りがプンプンするわ。鼻が詰まる。」
「それもしかして悪口?初対面なのになんでそんな言われなきゃいけないの?!」
「おい娘。どこから来た?」
「おーおー、俺の話は無視?!」
メリアは普段のルシファーの調子が戻ってきたことを嬉しく思いつつ、自分だけが信頼されているのは自身の能力『魅了』によるものだと感じ、少し寂しさを覚えた。
「はい、アデンにあります光華聖教会の宮殿に勤めておりました。」
「光華聖教会……あぁ、あの男が作り上げた組織か。」
「ディオニシス様をご存じで?」
「あぁ、以前やつも兵を連れてこの場所に来たことがあった。水を飲みに来たらしいので追い払ったがな。」
「そ、そうでしたか。それはご迷惑をおかけしました……」
光華聖教会の始祖はあまり褒められて事をしていないらしい。
「なぁ、さっきから言ってるこの湖の水なんだけどさ。普通の水と違うのか?」
話に入れずもじもじしていたルシファーは選手交代という様子で話を振る。
「貴様……本当に知らないのか?それともわざと聞いてるのか?」
「本当だって。なんで俺ばっか疑うんだよ。信頼と実績のルシファーさんだぞ?」
フン、とドラゴンは笑う。
恐らく二人の前で初めて見せた笑いだ。
「うるさい奴だ……ここの水はあらゆる生命の寿命を延ばす。病気であっても関係ない。その者が本来送る人生の時間を延長するのだ。」
「飲んでいれば不老不死ってことか?そりゃみんな欲しがるわな。」
すると再びドラゴンはフンと笑う。
今度は先ほどとは違って相手を馬鹿にする笑いだ。
「不死にはならん。それに種族によって伸びる幅も異なる。人間ならおよそ十年といったところだろう……時折どこぞの王が命惜しさにやってくるが、愚かなことだ。そうやって伸ばした生命など、大切に思う気持ちがなくなる。さすれば愚行を重ね、やがて皆内内から殺されるのだ。この水は刺されても死ななくなる水ではないからな。」
「確かに、命が伸びると調子に乗りそうだもんな。」
ドラゴンの言っている意味は分かる。
人間とは欲していたものが手に入った時が、一番油断する時だ。
普段は丁寧に作業をしている人であっても、何かやらかす可能性はある。
それが権力者であれば、愚行をした時の被害はより大きなものとなり、自身に大きな波が返ってくるのだろう。
であればこそ、このドラゴンはそうならぬようにこの湖の水を守っているのかもしれない。
そこで一つ疑問が生まれた。
「この水を普段から飲んでいるのか?」
「あぁ、そうだ。」
「ってことはお前、一体何才なんだ?」
「私か?もう数えることはとうに止めてしまったが千年は越えただろうな。」
「……ちなみに普通のドラゴンは何年生きるもんなんだ?」
ルシファーの問いにドラゴンは顔を上げ、空を見つめる。
「それは分からぬ。我々は皆この水を飲む。飲まずに生命を全うしたドラゴンはおらん。」
「……お前たちは内内に殺されるような愚かな真似をする者はいないのか?」
「全員が同じように寿命を延ばしているのだ。誰もそのようなことはせん。」
「なるほどね。」
全員が持っているものを誰かに自慢することはないのと一緒なのだろう。
「でもなんかちょっと独り占めしててズルいですね……あ、ご、ごめんなさい!」
メリアからふと出た言葉にドラゴンは体を震わせる。
怒ったのだと思い、ルシファーも彼女に助け船を出す。
「すまん、悪気があっての発言じゃない!彼女だってドラゴンたちがすべて悪い、と言いたいわけじゃないんだ!」
ルシファーは頭を下げた。
だが、ドラゴンは二人を見下ろすと首を横に振った。
「怒っているのではない。我だってお前たちの言いたいことは分かる。だがこれはそういう単純な問題ではないのだ。」
ドラゴンは自身の背中を二人に向ける。
これで話は終わりだ、という意味かと思ったがどうやらそうではないらしい。
「乗れ。どうせ帰るあてがないのだろう?しばしの間我らの里で過ごすがよい。」
そういってドラゴンは羽を広げて、飛ぶ準備をしだした。




