いやルシファーさん全く戦ってないじゃないですか!!
最初にやってきたのは攻撃を反射する勇者達だった。
バフォメットの相手の能力を解析する〈英知の瞳〉によると、リーダーと思しき長髪の男は〈悪意の反射〉という能力を有しているらしい。
なんでも、相手の攻撃を全て反射するらしく、
いかにも勇者一行といった面子で、両手に剣を持ちスラリとした体格の女剣士、ひげを伸ばした中年の杖を持った男、そして剣と盾を両手で扱う若い少年。
それぞれが各地域で天才と呼ばれるほどの存在なのだろう。
自信は鍛錬に、鍛錬は強さに、強さは自信に。
その正のループを正に進んできた証は、彼らの決して負けないという表情から明らかだ。
一方のルシファーといえば、バベルの内乱を止めるために魔神達に会いに行かなければならないのに、余計な仕事が増やされたと感じると同時に、どこかすっきりしない気持ちがあった。
殺しに抵抗感が全くないことが問題なのだ
元の世界ではもちろん人殺しをするような人間ではなかったので良心はあるはずなのだが、勇者たちを殺めることへの抵抗感があるかと聞かれるとそれは全くない。
(アザゼルのせいか?)
先日、アザゼルに魔神から殺されないように頼んだ際、何か余計なことを仕込まれた気がする。
今まで経験したことの無いことばかりで、何が起きているのかも理解できない状態だったし、あまり会話の内容も覚えてはいなかった。
(もう少し心に余裕があればな。せめてこっちの世界に慣れてからとか……)
だが可笑しなまじないにかけられた事を嘆く暇はない。
既に攻め入られているのだから、こちらとして取る手段は一つだ。
魔将と悪魔の力を借りて、お帰り頂くのみだ。
ふと、魔将達に動いてもらい対処する、と頭の中では分かっているが相手が勇者という事もあって万が一の事態があるのでは、と心配になる。
「お前らはどのくらい強いんだ?」
その場にいたバフォメット、ベリアル、オセの三体の魔将に尋ねる。
三体はお互いに顔を見合わせ、少しの間考えた後バフォメットが口を開いた。
「どのくらい、と言いますとそうですね……このバベルで我々より強いのは魔神の方々のみですが、外の世界と比べるとよく分かりませんね。」
「え……井の中の蛙説あるんだが……」
万が一の事態になる可能性が急に高まってきたルシファーは、血の気が引く感覚を覚えた。
「ただ以前魔神のアザゼル様が天使と戦った際には、無傷で戻られたとは聞き及んでおります。あぁ、ちなみに天使は地上にいる生物の完全上位種なので、強さは間違いないかと。」
「何?天使なんかいるの?てかあいつ凄いな!俺そんなやつに紅茶入れてもらっちゃったよ!」
「アザゼル様は滅多にお現われされない方ですので、よほど魔王様のことが気に入られたのでしょう。」
やはりその見た目通り悪魔は強いことが判明し、ルシファーは安堵する。
「そしたらワンコ……名前なんだっけ?」
「ん?わんこって俺の事か?俺の名はオセだぜ。ってか犬じゃねぇからな!どっちかというとライオンだし。」
「おーすまんな、オセ。そしたらオセは勇者以外の相手を、ベリアルは相手の勇者と戦ってくれ。バフォメットは俺の警護をしつつ、不測の事態に備えろ。」
「分かったぜ!欲を言えば勇者とやりたかったが相性が悪いからな!ベリアルに譲るぜ!」
「承知しました。」
「敵の指一本たりとも魔王様に触れさせませんのでご安心を。」
采配も決まり、さぁ勇者の下へ出発、と言いたいところだがその必要はない。
なぜなら、すでに目の前で勇者達と下級悪魔が戦っているから。
早めに面倒ごとを片付けたい、という気持ちでバフォメットに『魔神の前に勇者を対処するぞ。』と言ったがために、勇者たちの目の前に転移させらてしまったのだ。
『(バフォメットさん!その余裕は非常に危険ですよ!!)』と思いつつ、魔王としての威厳を保つため、勇者たちの前ではあったが逃げるようなことはしなかったが、もうすでに足はガクガクで立っているのがやっとだった。
ヒュン、と彼らの真上をスケルトンが飛んでいき、四人の後ろでばらけて散る音が鳴る。
それはルシファーたちが会議を開いている間の時間稼ぎとして戦っていた兵士だ。
〈悪意の反射〉を持つ勇者が何も考えずに突っ込んできていたら止めることができないので、こちらも即時戦闘開始しなければならなかったが、仲間思いという性格を利用して、勇者の仲間たちを優先して攻撃し、勇者を防衛に専念させていたのだ。
(考えが悪魔的だな……いや既に悪魔だったわ。)
思わずのりつっこみをしてしまったが、実際考えが悪魔に近くなり人間から遠ざかっている気がしたのは本当だ。
それが怖いことだとは思わないし、どちらかと言えばワクワクしていたのだ。
何しろ自分が転生するとは思っていなかったし、そのあとの世界が魔法が使えたり(ルシファーは使えないが)、能力と呼ばれる特殊な力が存在したり(ルシファーは使えないが)……
(いや何も俺ないじゃん!転生した意味!!……あー考えるのやめた。暗くならない、明るく行こう!)
「あー、えっとすまん。お前ら引いていいぞ!」
そうルシファーが言うと、戦っていた下級悪魔たちが戦闘を中止し、部屋の隅や天井へと消えていく。
ついに来たか、と勇者たちは身構える。
流石は勇者一行といったところか。
息をすぐに整え、新たな戦闘に向けて気持ちを切り替えている。
「さて、一応大人同士の会話から行こうか。俺の名前はルシファー。魔王だ。まぁ正確にはまだ完全にバベルの悪魔を掌握出来てはいないんだが、というかお前たちのせいで中断する羽目になっているんだが、今は良い。可能ならここでのことは忘れ、すぐに帰ってもらいたい。その方がお互いにとっていい結果をもたらすと思うが、どうだ?」
すると勇者はフンと鼻で笑い、一蹴する。
「よくしゃべる悪魔だな。悪いがこれほど多くの悪魔がいることを知ったからには、それは無理な提案だな。ここで対処させてもらう。」
「あー、こっちは名乗ってるのにお前は何も言わないのな。そういうやつは社会で嫌われるぞ?挨拶は本当に大事なんだから!」
「騙されないで!名を知ることがあいつの魔法の発動条件かもしれない!」
二本の剣を持った女剣士がそう助言する。
「分かっている。」
「いやそうやってすぐ人を疑うのやめた方がいいって。何もしないからさ」
「そういって騙すのがお前らの常套手段だな!」
言うや否や、勇者はルシファーに向かって一気に距離を詰める。
そしてその後ろを追うように仲間たちが続き、攻撃を食らわせる動きをしている。
(攻撃を反射する〈悪意の反射〉があるこいつは恰好のタンクって訳か。しかも装備がいらない分素早いな……ってやば避けなきゃ!)
その瞬間ベリアルがルシファーを守るようにし前に出て、勇者に蹴りを浴びせる。
勇者からすればそんな攻撃は普段通り反射をし、そのまま道を切り開くつもりだったのだろうが、その計画は崩れ去った。
「グハァァッ!!」
勇者はベリアルの回し蹴りをもろに食らって吹き飛ばされる。
「レオン!!!」
後ろにいた仲間たちは初めての出来事に驚きつつ、レオンと呼ばれた勇者の下へ駆け寄る。
「おー、さすがバフォメットさん。予想通り上手くいったね!」
「はっ!ありがたきお言葉!」
バフォメットは〈英知の瞳〉によって勇者の能力が『相手を対象に取る能力』だと予測していた。
であるならば、自分自身を能力の対象に取られない〈能力無効〉を持つベリアルを当てるべきとの意見から、先の采配を決定した。
対する勇者一行では杖を持った男による回復魔法がレオンにかけられていた。
蹴られたわき腹の痛みは消えたようだが、未経験のことに驚きを隠せていない様子だ。
そこにすかさずベリアルの追撃が入る。
長く伸びた爪で回復直後のレオンを狙う。
「さ、させない!!」
女剣士が爪からレオンを守るために、剣でベリアルの攻撃を受け止める。
絶対に勝てない、と判断したレオンはパーティーの全員に撤退の指示を出す。
「イアン、オックス、レナ!すぐに撤退の準備を……」
「俺の事を忘れてんじゃねぇぞ!!」
ベリアルと勇者たちを挟み撃ちの形で参戦したのはオセだ。
彼はグルルと威嚇しながら、じりじりと寄っていく。
「ここに来たのは……間違いだったか……」
その絶望が押し寄せる暇もなく、魔将と勇者達の戦闘は開始した。
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「とまぁそんなわけで、華々しい初戦は苦労しつつも勝利で納めたわけよ!」
「いや、ルシファーさん全く戦ってないじゃないですか!!!!」
魔将達と勇者の戦いの様子を話し終わると同時に、メリアが大きな声で突っ込みを入れる。
「ずっとバフォメットさんの隣で何やってるんですか!魔王なんだからそこは戦うところでしょ!!」
「あ、いやぁそのあまり私は戦闘向きではないというか……」
突然のことにルシファーは面食らい、しどろもどろになりながら答える。
自慢げに話していたのに、怒られてしまいルシファーは目をぐるぐるさせている。
「これでもですね、結構な数の勇者を撃退してたんですよ……そう怒らなくても……」
「だから、ルシファーさんは全く活躍してないじゃないですか!!後ろで引きこもってるばっかりで!!」
「う、うぅぅ。頑張ってきたのにぃぃぃ……ロノウェェェェ、たしゅけてぇぇぇ。」
「ほら、そうやってすぐ他人に頼らない!!魔王なんですからしっかり自立して下さい!!」
「メリア様、もうその辺で勘弁して……」
「ロノウェさんも甘やかさない!というかお二人から聞いた話はどちらも大したことなさすぎでしょ!!全然悲しい話も辛い話も出て来ないんですけど!!!」
完全に場の空気はメリアに掌握され、対するルシファーは戦意を喪失していた。
「ち、ちなみにロノウェからはどんな話を?」
「ルシファーさんが女性に告白するたびに振られる話です!!……あっ!」
しまった、とばかりにメリアが目をそらす。
恥ずかしく触れられたくない過去の話を既に知られていることに、ルシファーの顔は赤くなる。
「ちょ、ロノウェ!何てこと話してくれてんの!!ダメだって、そういうことを言っちゃ!!!」
「申し訳ございません!!」
「き、君普段はまともそうなのに、たまにやらかすタイプのでしょ!!ほんと、だめよ。だ、だめ!!!」
語彙力が恥ずかしさのあまり零に等しくなったルシファーの叫びは部屋の中をこだました。




