華楽の間
魔将たちに案内され転移してきたのは、九十層へと続く階段の下だった。
転移魔法を初めて見たルシファーは、『え、凄っ!』とテンションを上げていたが、すぐ化け物たちに囲まれていることを思い出し、一気に気分は落ち込んでいた。
魔将たちが魔神から伝え聞いた内容によれば、階段を上がりきって、長く続く廊下を抜けるとそこに『華楽の間』へとつながる門があるのだそうだ。
「なのに、実際に歩くと九十一層に繋がるのか……どこかに隠し扉的なのはないの?」
「以前探したことはありますが、そういった仕掛けは全く見つかりませんでした。」
既に調査済みということは、ルシファーを呼び出す前にアザゼルを頼ろうとしたのだろうか。
しかし、その時に出て来なかったなら、ルシファー達に力を貸してくれる可能性は低そうだ。
「さて……どうしたもんかねぇ。」
ルシファーは階段をおもむろに上り始める。
階段の幅は横に六人並んで歩ける程度。そして装飾なども別段変わった物はない。灯りをともすための松明置きがあるくらいで、手すりはついていない。
段差の間に何かないかとも疑ったが、足で蹴ってもどこも反応しない。
(あとは天井か……)
ルシファーは上を見上げる。
ぶっちゃけ暗くて良く見えない、というのが感想だ。
高さ自体はそれほどなく、四メートルほどだろう。
手が届きそうな悪魔が居ないか確認しようと後ろを振り返った時、あることに気付く。
「……は?」
そこにいたはずの悪魔たちは皆居なくなっており、代わりに白い輝きを放つ壁が現れていた。
駆け寄ってその壁を触ってみるが、ヒンヤリと冷たい。
押しても微動だにせず、耳を当てて何か聞こえないか試してみるが何も聞こえない。
まるでそこに次元の狭間があるように。
「あの悪魔たちに嵌められた?俺が転生者だから……?」
ルシファーは全て納得がいった、という表情になる。
勇者ルシファーが転生したのは、あろうことか魔物たちが住まう巣窟のど真ん中。
そして現れた勇者を封印するためこの場所へと案内し、その罠にまんまと嵌ってしまった。
……という結論にルシファーは至ったのだ。
「そりゃやっぱ、流石に転生したのに魔王なんてことはないよな!転生したら勇者になってモテモテライフを送るに決まってるじゃん!」
階段の上の方を急いで振り返ると、勢いよく駆け上がる。
「たとえ閉じ込められても、どこかにここから逃げ出すための穴があるはず!それを早く見つけないと!」
ふんふんと鼻息を荒くしながら、階段を上り切る。
すると、悪魔たちから聞いていたのとは違い、廊下は長くなく目と鼻の先に門があった。
近づいて初めて分かったのだが、両開きのその門には取っ手が付いておらず、押すことでしか開けることが出来ないようになっていた。
飾り気一つなく、どう見ても『華楽の間』というたいそうな名前の部屋に続いているとは思えない。
「何か脱出するのに仕えそうなものがあればいいんだけど……封印されし最強の魔法書的な。」
「残念だけど、そんなものはここにないよ?」
ルシファーが手をかけるより先にひとりでに門が開く。パチンという指の音と共に。
扉の奥には、『間』と呼ぶにはあまりにも小さな部屋が広がっていた。
五秒ほど歩けば向かいの壁に着いてしまうほどの大きさだ。
テーブルに椅子、そして奥には食器棚、横には本棚がある程度の家具しか置かれていない。
そんな狭い部屋の右奥には声の主と思われる銀髪の青年が、こちらに背を向け食器棚から何かを取り出そうとしていた。
「お前もここに囚われているのか?」
「ブッ……ハハッ。知ってはいたけど面白いことを聞くね?」
青年は笑いながらこちらを振り返ると、ルシファーの質問には答えず、うんうんと頷く。
ルシファーがその様子を気味悪く思っていると、そのことに気付いたらしい。
青年は慌てて弁明を始めた。
「いや、気を悪くさせてしまったなら申し訳ない。あぁ質問に答えよう。私は別に囚われていないよ。自らの意思でここにいる。」
「逃げたいと思わないのか?」
「んー、そうだねぇ……永いことここに住んでるからねぇ。」
「長いってどのくらい居るんだ?」
「私と君で少し思い違いをしている。『長い』ではなく『永い』。数百年以上暮らしている。」
「……ここは時間が止まっているのか?」
すると青年は吹き出した。
「まだ君は間違えている。ここも外も時間の流れは一緒。」
ルシファーは眉間にしわを寄せ考える。
この青年の言っていることの意味が分からないからだ。
転生後の世界における人間の寿命は数百年以上ある、という事なのか。はたまた、長い間囚われていたせいで、青年は気が狂ってしまっているのか。
ルシファーが考えこんでいると、見かねたように青年はパチンと指を鳴らす。
「『彼の考えていることが分からない、という事象は存在しない』……ふむ、そういう考えをするのか。そうだな……君の疑問を一つづつ解消していこう。まずは僕の自己紹介をしようか。」
青年はハニカミながら続けた。
「僕の名前はアザゼル。君や魔将たちが探している悪魔だよ。」
「……え?いやいや、お前どう見たって悪魔じゃなくて人間だろ?」
ルシファーは嘗め回すようにアザゼルの体、顔、髪を見る。
どこを見ても人間と同じだ。
「それは君も一緒だよ、ルシファー。僕らは共に人間種でありながら、同時に悪魔種でもある。肉体は人間、精神は悪魔へと変わっているはずだ。気付いていないのかい?」
「精神が悪魔?俺は転生したらしいが、元の人間の頃から変わっちゃいないと思うぜ?」
「それはどうかな?君の転生前の人格と今の人格は大きく異なっていると思うよ?」
「転生前の俺なんか知らないだろ?」
「知っているさ。」
スパっとルシファーの反論を切る。
自信に満ちたその表情は、決して嘘偽りではないと言いたげだ。
「あぁ、知っているとも。僕が知りえない事なんかない。それが僕の能力だからね。」
「……お前は何者なんだ?」
「言ったろ?僕はアザゼル。このバベルにおける最強の一角を担う魔神の一体さ。それ以下ではない。それ以上ではあるけどね。」
不敵な笑いを浮かべ、それでいて自分と親しくなろうとするアザゼルを前に、ルシファーの頭の中は混乱を極めた。




