過去!
「んで、どこまで話したの?」
「魔王様が転生なさってから四魔神の方々とお会いになる辺りまでです。」
「あぁ、まだその辺りね。」
「怖くなかったんですか?」
「んー、まぁもう一回死んでるし、生きてても生きてる心地がしなかったからね。あ、言っとくけど今は死ぬの嫌だよ?」
「……凄い精神力だと思います!」
「本当?ありがと~。」
ルシファー、メリア、ロノウェ、タンパの四名は五十七層『荘厳の間』を離れ、魔神アスモディウスが守護する六十層『轟圧の間』へと向かっていた。
向かっている、と言っても勿論歩いて向かうわけではない。タンパに転移門を開いてもらいそこを潜るだけだ。
ただ、『轟圧の間』の様に魔神がいる階層には全て対転移魔法が張られているため、直接は向かえない。
解除出来ればいいのだが、これは対転移魔法を無効化してくるような魔法を防ぐために、他の階層とは違い常時発動型かつ強力なものとなっているため、解除不可能なのだ。
いや、解除自体は可能だが、手続きが長く面倒というのが正確か。
とにかく、今は一度六十層の『轟圧の間』以外の場所に転移してから、歩いて向かうしか方法がない。
そんな訳で、のんびりと長い廊下を四人は歩いているのだった。
「というか、すみません。あまり過去のことは話したくないんですよね。」
「え、いや別にそんなことはないけど?」
「でも、ロノウェさんは『あまり過去のことを話したがらない』と。」
メリアはちらりとロノウェを見る。
ロノウェもルシファーの『そんなことない』発言に驚いているようだった。
「話す相手が居なかっただけよ。最近まで愚痴る暇すらなかったし。」
「なるほど。そうだったんですね。」
「だからどちらかって言うと、話せることがちょっと嬉しい。」
ルシファーはメリアに微笑みかける。
それはルシファーの本心だった。
以前バフォメットに愚痴を言ってみたが、本人は何とも思っていないようだったし、それ以降ルシファーが他人に愚痴を言うことは無くなった。
悪魔が他人の不幸・苦労・怒り・苦しみ、といったものを何とも思わないことに気付いたからだ(寧ろ喜ぶ者たちの方が多い)。
どうあがいてもバベルからは逃げようがないし、もう一度は人生を終えることが出来たのだから、と自分に言い聞かせて諦めてしまったのだ。
「ま、そんなわけだし、三年ぶりの気晴らしに付き合うと思って聞いてくれ。」
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「えーっとつまり、その魔神達の争いを終わらせてバベルをまとめるために俺が呼ばれたわけ?」
「はい、その通りでございます。魔王様のお力添えを賜りたく……」
転生してすぐ、ルシファーは自身が呼ばれた経緯をバフォメットら魔将たちから聞くこととなった。
彼らによると、初めは三体の魔神の内、誰が最強なのかというものを言い争っていたのだという。
(いや、それならそいつら三人で勝手に戦ってろよ……)
と、ルシファーが思うのは、その魔神達が自身と仲の良い魔将たちを、さらにはその部下たちをも巻き込んで、団体戦へと発展していたからだ。
規模はバベル内の悪魔たち総計数万に及んだ。
戦う場所として用意されたのは、バベルの九十一層より上の階層全てだ。
ロノウェによってそれらの階層の空間が歪められ、一つの階層として内部が横に繋がった。
内部も大きく造り替えられ、どこまでも続く荒野へと姿を変えていた。
床から天井までの高さも数十メートルあり、薄暗い闇夜と同じ程度の灯りが照らしていた。
これによって各自が全力で戦うことが出来るようになり、より一層激しさを増したのだという。
「初めに聞くけど、バベルの中で一番強い奴は誰?あと、権力が一番あるやつも教えて。」
「強さであればアザゼル様が最も強いかと思われます。」
「アザゼル?さっきまでの話に出て来なかったけど誰?」
「バベル建造当時からいると言われている魔神の一人です。恐らく強さに興味がないのでしょう。今回の内戦にも一切口を出していません。それから権力がある者ですが、それもアザゼル様ではないでしょうか。彼に言われれば、他の魔神の方々も否応なくその通り動くでしょうし。」
バフォメットが代表して答えるが、他の魔将たちも皆意見が同じであるらしく、異を唱える者は一人もいない。
ルシファーとしては、そこまで分かっていればあとは簡単だ、と言わんばかりの表情をした。
「なら、初めにそのアザゼルって奴に会いに行こう。どこにいるの?」
「荒野階層の手前、第九十階層『華楽の間』にいらっしゃるかと。」
「随分と華やかそうな名前だね。綺麗な場所なの?」
「さぁどうなのでしょう……」
バフォメットらは黙り込む。
お互いちらりと目を合わせるばかりで、何もその続きを話そうとしない。
やがて、渋々といった様子でバフォメットが口を開く。
「実は我々はアザゼル様を目にしたことがありません。……それどころか九十層に行くことが出来ないのです。」
「え?」
バフォメットによると、『華楽の間』のある九十層自体不思議な場所なのだという。
八十九層から階段を通じて上に向かっていると、気が付くと九十一層へと着いているのだそうだ。
そして、姿を見せることは全くなく、彼に会ったことがあるのは他の魔神ら三人のみ。
魔将クラスであっても目にした者はいないらしい。
「じゃあ何で九十層にいるって知ってるの?」
「私は魔神サタナキア様に聞きました。恐らく他の者も直属の魔神の方から……」
バフォメットが魔将たちの方を見ると皆頷いた。
魔神には顔を見せたことがあるが、他の者には一切見せない。
用心深い……とは考えにくい。
弱い者ならともかく、最強と言われる魔神達の中で抜きんでて強いなら、そのようなことをする必要はないからだ。
(だとしたら、本当は弱い?それを隠しているのか?魔神達が匿うほどの人物……いや、本当に存在して居るのか?)
ルシファーの頭の中で様々な想像を巡らす。
一つは弱者であるが他の魔神達には必要、あるいは何かしらの恩があり、守るべき対象となっている、という可能性。この場合は会うことはまず難しいだろう。
他の魔神に聞いて尋ねるのが早いが、彼らがルシファーのことを本当に魔王と信用するのか、或いは認めるのか、という問題が立ちはだかる。
魔将たちはルシファーが強いと思っているようだが、当の本人はそんなわけないだろと心の中で思っていた。
自分は転生者なのだから、何かしらの能力に目覚めているはず!と思っていたのだが、全く分からないからだ。
時間停止、空間切断、手を触れることなく相手を吹き飛ばす、というように頭の中で思いついたことを念じてみたものの、全く表立って何か変化したことはない。
そのため、魔神を制するために最も権力のある者の威を借りようとルシファーは考えていたのだが、それを借りるために魔神を制しなければならない、というぐるぐるとした状況に陥ったのだ。
第二の場合として、強者でありながら何らかの理由で隠れていることが挙げられる。
この場合は部屋自体に何らかの価値がある、もしくは人目に触れるのが嫌という理由が考えられるが、このときも会うのは難しくなりそうだ。
第三の場合は初めから存在していなかった場合だ。
他の魔神達が『俺を倒してもより強い奴がいるぞ』という脅しを込めて伝えていた、というのが理由となるだろうが、この場合は完全にお手上げだ。
あがきようがない。
だが、どういった場合にせよ、あまりにも情報が足りない。
となれば行動に起こすほかない。
ルシファーは手をパチンと合わせ、魔将たちに告げる。
「ずっと考えていても馬鹿らしいし、取り敢えず八十九層に行ってみよう。もしかしたら九十層に行けるかもしれないし。」




