案内2
「ふぁぁ、っとあれ?メリア起きてたの?もー起こしてって言ったのに!」
あくびをしつつ、ルシファーは首をぐるりと回す。
メリアとロノウェは何やら話をしていたようだが、ルシファーが声を掛けた瞬間に会話を止めこちらを振り返る。
寝てからどれくらい時間が経ったのだろうか。
そんなに何時間もは寝てはいない……はずだ。
確かなことは言えないが、なんとなくそんな気がする程度の考えではあるが……
日の光が入る場所が少ないバベルでは、どうも時間の感覚が無くなって困る。
ここに来てから三年が経つが、味覚と時間感覚は適応できていない。
慣れようと思えば思うほど、慣れないものだ。
異世界に来たからと言ってそうはとんとん拍子に物事は進まない。
「これは魔王様、失礼いたしました。今後はこのようなことが無いよう……」
「あ!私が悪いんです!ルシファーさんが気持ちよさそうに寝てるからもう少し寝させてあげよう、ってロノウェさんに無理を言ってしまって!どうか叱らないで上げてください!」
メリアに腕をぎゅっと掴まれ、ルシファーの眠気は吹き飛ぶ。
嬉しさ半面、不安がよぎる。
ただの小言がどうやらメリアには本気のように感じたらしいからだ。
かなり焦っている様子で、目をウルウルさせている。
別に起こさなかった程度で何も罰を与えるわけがないのだが。
メリアの目には、ルシファーがどう映っているのだろうか。一度聞いてみたい気もするが、この世界に来てから女性と話した経験が無さ過ぎて、どう切り出せばいいのかが分からない。
それに聞いてみたところで、嫌いだの生理的に無理だの言われたら、しばらくの間引きこもりになる可能性すらあるから恐ろしくて聞けない。
(つか、この流れは俺が悪者になってない?そりゃ役職は魔王なんだけどさ。)
「いや……全然怒ってないから大丈夫。そ、それより何の話してたの?」
ルシファーはメリアに嫌われないよう、無理やり話題を変える作戦に打って出る。下手なことを言って墓穴を掘るのだけは避けたいところなのだ。
まぁその行動が逆に首を絞めるのが、ルシファーという人物である。
二人とも軽く互いにチラッと見て、バツが悪そうな微妙な表情をする。
どうも変だ。
安心した様子を一切見せてくれない。
というより寧ろ、状況が悪化したという表情をしている。
(え、俺の悪口?!本人の目の前だから言い辛いっていうやつ!?)
あの返しがこんな結果をもたらすだなんて誰が予想できるんだよ、と思いつつ、自らの行動を振り返る。
メリアに出会ってまだ一週間も経っていない。
その短い期間に嫌われたとすれば、聖騎士絡みだろうか。全員生存での帰還は流石に無理だったし、そこに関しては勘弁してほしい、と言わざるを得ない。
殺し合いなんだから、自分が殺される覚悟はあっただろうし、何より攻められているのはバベル側なのだから。どちらも死なずに解決できるのは話し合いだけであり、もとより敵対心のある人間と悪魔ではそれは叶わなかっただろう。
そう説明したところで納得できる話ではないだろうし、うーむと考える。
(いや、ロノウェが愚痴を言っていた可能性も……)
もしそうなら大問題だ。
バベル全体にルシファー弾劾の動きが露わになったら、死は確実だからだ。
すぐに何が不満なのかを聞き、解決に繋げなくてはならない。
邪魔と言われた場合、ここを離れるかもしれないが、死ぬよりはマシだろう。
とは言え、行く先もないし困った。
まさか聖騎士のお世話になるわけにもいかないし(というか殺される)、外の世界に知り合いは……いつぞやベリアルと訪れた村くらいだろうか。
あの村のどこかの家に新しい働き手として、農作業をするのもありだ。
そんなことを考えながらルシファーは恐る恐る尋ねる。
「2人とも、怒らないから本当の事話して。俺に対する文句でも不満でも聞くよ?」
すると、2人はえっ?という顔をしたあと、すぐに慌てた様子で訂正する。
「魔王様に文句など!その様なことは決してございません!」
「そうです!全然そんな事は!」
「そうなの……?」
どうやら2人とも話してはくれないようだ。
それほどエゲツない内容だったに違いない。
ルシファーはうぅ、と心の中で涙を流しながらも立ち上がり、ソファーに座っているメリアとその横に立つロノウェの両名の肩に手を置き言う。
「もし本当に嫌なことがあったら言ってね!すぐに直すからさ!」
「いや、本当に違うんですって!ルシファーさんの過……あっ!?」
「俺の、『か』?」
メリアはしまったー、と目を伏せる。
ロノウェから『ここで話したことは内密に』と言われたのを思い出したからだ。
(か?か、って何?)
一方、そんな事を知らないルシファーは『か』から始まる言葉を連想していた。
髪……はハゲてないし、金……なんてものはバベルには存在しないから何の問題もないはずだ。いや、メリアはもしかしたら給料が出ない事を憂いているのだろうか。
買いたいものが本当はあって、それを訴えている多能性は十分にある。
しかし、その時ルシファーの脳内にある考えがよぎる。
(待てよ……顔か?!言いづらいって事は……俺の顔が不細工という事!?)
あり得ないあり得ない。
俺はイケメンに決まっている、そう常日頃から当たり前のように思っているルシファーには、自分の顔が不細工だなんて到底信じられない。
だが、ルシファーにとってイケメンの顔であったとしても、メリアの好みでは無い可能性がある。
(むぅぅぅ!背に腹は代えられぬ!!)
「メリア、好みの顔を言ってくれ。すぐにロノウェに変えてもらうから。」
ロノウェの『変化の魔手』を用いて整形しようというのだ。
どう考えてみても使い方が無駄すぎるのだが、魔王という権力を行使して強行してもいいだろう、とルシファーは自分に言い聞かせる。
「え、顔……ですか!?何でです??」
「いや、だってメリア……俺の顔が嫌いって話をしてたんでしょ……」
「な……そんな話はしてません!!」
座っていたメリアがバンと立ち上がる。
メリアはルシファーと目を合わせたが、すぐに俯いてしまう。
一方のルシファーはそんなメリアの言葉が本当なのか判断しかねていた。
その様子を見かねたロノウェは静かに告白する。
「魔王様について尋ねられましたので、少々過去のお話ししていたのです。」
「あぁ過去……」
ルシファーは安堵とも不快感とも捉えることのできるため息をつく。
ロノウェとメリアが不安に思っていると、ルシファーはゆっくりと歩きだした。
「メリアはもう少しくつろいでて……ロノウェはちょっと付いて来い。」
「……了解しました。」
「わ、私が聞いたんです!ロノウェさんは本当に悪くなくて……!」
三人の間に緊張が走る。
ルシファーとその後を苦々し気な面持ちをしつつ続くロノウェの両名を、急いでメリアが止める。
メリアとしては、このバベルに来てから初めてできた親しく話せる相手がロノウェであったため、その彼が傷つくのを見たくなかった。
過ごした時間は僅かであるが、ロノウェからは人間のような温かみを感じたのだ。
彼は悪魔であっても、傷ついてほしくない人物だった。
メリアは急いでルシファーの袖をつかむ。
「……離してくれる?」
「ダメです!ロノウェさんが罰を受けるなら、私にも罰を……」
「そうじゃないの!!」
突然のルシファーの大声にメリアはたじろぐ。
「悪口言われてなくて安心したら……トイレに行きたくなっちゃったの!大きい方の!ってかヤバイ!漏れる漏れる!」
そう言い残し、ロノウェを連れて『荘厳の間』から飛び出していった。
その後、ロノウェの『変化の魔手』によりトイレを作ってもらい、すっきりした面持ちで軽快に話し始めるたルシファーに対し、恥ずかしさのあまり赤面し俯いたままのメリアの様子が余りにもおかしくて、以降思い出し笑いするようになったのは、ロノウェの誰にも言えぬ秘密となった。




